自分がずっとやってきた方法を全部忘れて、新しいやり方で作品作りを始めた。
全てが新しくて、楽しかった。初めてコンテストに出た時のように、毎日発見があって自分でも伸びていくのが分かった。
モデルはちーちゃん、ゆりさん、どちらでも行けると確信があった。
そんな時、お仕事で忙しいだろうと思っていたともさんから電話があった。
「私で日本一になって欲しい」

悩んだ。誰にお願いすればいいのか。
3人ともやる気充分だった。
師匠達に相談して、髪質の最も良いともさんにお願いする事に決めた。

ちーちゃんとゆりさんは「分かりました!頑張って下さい!」と応援してくれた。負けられない。
絶対に負けられない。

岩楯先生について行くのに必死だった。だいぶ新しいやり方に慣れてきた頃、岩楯先生が「ちょっとウィッグ作ってみるわ」と言われた。

2日後、先生は見たことないようなグラデーションカラーが入ったウィッグを2体見せてくれた。長さも量感も俺のウィッグとピッタリ合っていた。セットしてあったスタイルは、俺の100倍くらい完成度が高かった。

自分でやってたから分かる。岩楯先生はこの間2日間寝ていない。そして見ているだけでなく、俺といない時もずっとずっと考えててくれて、もしかしたら練習とかしてくれてたかも知れない。

部下、後輩、誰かに自分の全てを伝えたいと思っている人がいたら、大切な事だから覚えておいて欲しい。
ここまでやるのが、本当の「指導」です。
「こいつの為」と本気で思った時、初めて相手も「この人の為」って思える。
結果に対して、ああだったこうだったと言うのは誰にでもできる。
それまでの果てしない道のりを、一緒に過ごし、笑い泣き、感じて、一緒に闘う。これが本当の「指導」

自分がいなくても立派に生きていけるようにしてあげる。これが本当の「愛」。

練習はさらに激化していった。
俺は間違いなく日本一練習していた。
そして日本一感謝していた。
また東京大会の時期が来た。( T_T)

mix○でモデルさん探した。返信がバンバン来て、かなりの人に会った。髪質が最高でかなりのスピリチュアルビジネスウーマン、ともさんにお願いする事にした。
ともさんはヘアモデルなどやった事がなかったという。「何かに導かれた」という元ミス横浜。
そして2年連続の東京優勝。

ともさんが泣いていた。嬉し泣きと思ったけど違った。俺の本気についていけなかったのに結果が出て、自分の甘さに気付いて悔しくなったんだって。正直良くわからなかった。
でも、翌年この気持ちの強さが分かる事になる。

関越はちーちゃんにお願いした。事情があってわざとルール違反をした。競技前に減点をくらい、10位だった。減点が無ければぶっちぎりで最高得点だった。
ちーちゃん悪かった。俺勝てるって本気で思ってた。今でもあの作品が好きです。
減点があったせいで、曖昧だったカラーのルールが明確になった。
「ネオンカラーは一部分でも減点」

その夏、また最高のモデルさんに出会った。175cm。スタイル抜群で髪質も申し分なし。

優勝できると思った。ライバルはもういない。そして本番。ミスはあったけどなんとか作品はできた。優勝は俺が頂いた。これで日本一。嬉しい。俺はよくやった。
俺は…俺は…俺は…

自分の事しか考えてなかった。 優勝を確信して会場の外に出ると、キラキラ光ってる作品があった。
関西の絶対王者、山田さんだった。
凄え上手い。負けたと思った。

でも審査結果は分からない。ひたすら祈った。最後まで呼ばれないように祈った。

そして準優勝。最初の「と」の時点で世界が揺れたような気がした。大阪府組合 山田さん対、東京都組合 友部。

「と」で俺の負けが決まった。
表彰式で誰よりも泣いてくれたのは、前年度チャンピオン丸山さんだった。感謝。
アリーナに戻ると3歳のマナワが抱きついてきた。
「ごめんなあ~。パパ負けちゃったよ。」と言うと、マナワは信じられないくらい落ち着いた声で

「パパは負けてない。負けてないよ。」と言った。
本当に最後にすると決めていたのに、この一言でまたやると決めた。

陽さんごめんなさい。さっさん、俺は諦めない。約束したもんな。

早速陽さんに話した。
「やったほうがいいよ!あと一回だけやったほうがいいよ!」と言ってくれた。
また泣いた。

その後、人生を変える指導者に会った。前から交流だけはあったけど、直接の指導は受けた事が無かった、師匠の一番弟子。工藤の兄貴の兄貴。
全国大会準優勝5回、当時誰もが認めた日本一のテクニシャン、岩楯先生。

体験した事の無い闘争の日々が始まった。それまで全力でやっていたと言っていた自分が恥ずかしくなるほどだった。

本当のコンテストを俺は始めた。
東京大会優勝者は関越ビリでも全国に行けるという特典がある。

だからって手は抜けない。
全力でやった。この時の関越よりいいカラーが入ったのはこの後一回しかない。
それくらい綺麗なカラーが入った。
でも今君に負けて準優勝。
そして2008年度全国大会。

鬼のように練習した。誰にも負ける気がしなかった。ただ1人をのぞいて。

東京大会2年連続最高得点。
関越2年連続優勝。
全国大会2年連続準優勝。
東京の絶対王者、丸山一樹さん。(実名すんません!)

俺は気合の塊。ふと丸山さんを見た。


無表情。神様みたいな顔。

今考えるとチャンピオンになる人は皆当日そんな顔をしている。

勝てる訳無かったんだ。

俺は自分の為だけに優勝を目指した。
自分の為だけにやると限界も自分で決めてしまう。
大切な誰かの事を思ってやるとその限界の遥か向こうまで行ける。
そしてそれを知った人はみんな、穏やかな神様みたいな顔になる。

俺と丸山さんの勝負。結果は丸山さんが全国優勝、俺は島根県の天才、田邊君に負けて3位だった。

俺はダセーなさっさん。ごめんな。
最後にするとみんなに約束したコンテスト人生。これが限界です。


それから、

やっぱり諦められない。
もう一回だけ。もう一回だけ。

でも情けなくて恥ずかしくて誰にも言えなかった。俺は12月、静かに練習を始めた。
ばれないように静かに少しずつ練習を続けていたある夜、陽さんに「またやるんでしょ?」と言われた。

「いやぁ実はさぁ」と言って言葉が詰まった後、陽さんは真剣な顔で
「やりなよ。次は優勝だよ!」と言った。

何も言えず、ただ涙がボロボロ出てきた。