父からの最大のギフト。 | ondalindaზ⋆∞のびのびとしたあなたを生きよう∞⋆✧

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OSHOタロットリーディング、内観、多次元的視点に関する各種講座、セッション、継続ワークをしています。
アルクトゥルスの光とアルシオンの波と共に✧

こんにちは。

ともこです。


今日は奈良は雨です。


久しぶりに出かけることなくゆっくりしています。

週に2、3度対面ワークやセッションで自宅に帰り、それ以外は実家で過ごしています。

電話やSkypeで仕事ができるのは、この2年は本当にわたしにとってありがたく心地よいことだと思いました。

どこの国にいてても、どの地域にいてても、自分の仕事ができたらいいなぁという想いはずっと昔からあったのですが、それもいつのまにか、より普通の感覚へと近づいてきているように思います。

宇宙に善悪や判断はなく、思い描いたらそれは意識の深いところで動いているんだ、、ということをいつも感じています。

そして善悪や判断がないからこそ、自分の無意識、潜在意識を、、、自分のことを知っていきながら、「わたしはあなた」「あなたはわたし」の感覚が育っていくことが 調和の創造の要になるのだとも。

 


父からの最大のギフトについて、少しイメージするのが難しいかもしれませんが、
わたしなりに体験したことをシェアしてみたいと思います。


 

 

父の人生最後の生死のテーマにおいて、

わたしが父からもらった最大のギフトは、やはり、自分のことをまた深く知ったことでした。


多くの人が、共感能力や、他者のことを感じることについて、楽しさよりも苦しさや大変さを感じています。

人間がそもそも備えている質でもあるので、それらは特殊能力ととらえるよりも、意識次元が上がるほどに、ワンネスの感覚が強くなり、自然にさらに共感能力は育ち、誰しもそちらへと進化していくのだとわたしは感じています。

そして、スタートはほとんどの場合、そのことによる「苦労」から始まります。

そして自分について悩み、人間関係や家族関係について悩み、それらがきっかけで自分をより知ろうとすることで、少しずつ共感能力を忌み嫌うのではなく認め、それを調和とともに生かすものとして開いていくのだと思います。

「苦労」で始まるのは、自分のずっと奥では それを愛とともに受け入れ、愛を持って生かしたいと願っているからこそ、そのレールを自分で敷くのだろうとわたしは見ています。


父の闘病が始まった2年ほど前、その年の夏には、わたしは父の寿命(最期)を父の亡くなった歳で感じていました。

そのことがわたしの最大の苦しみでした。

世の中には様々な医学的には困難な病気があり、治らない、助からない、と言われていも、治ることもあるし、助かることもある、それを奇跡と呼ぶならば、奇跡は起きることがあると わたしは信じています。

実際にそのような例は、調べるといくつもあったりします。

人に寿命や、生まれる前に決めてきたその年齢があったりするのかは分かりませんが、
父に関しては、どうしても浮かんでしまうその数(年齢)に、恐怖を感じたり、どう処理していいのか分からず、ずっと置いていました。

奇跡を信じたい気持ちとの間で、、でも「自分を観る」を四六時中自然にしている自分にとって、どちらが無理矢理思おうとしていることなのか、否応なしに感じてしまう、、というのか見えてしまう、というのもあり、

感じることをそうだと定めれることもできず、受け入れることもできず、ずっとどこか宙に置いていました。


何度か仲間には、「感じてしまう」ことを話していたようにも思います。



そして同時期に、友人の病気と、この世を卒業する、ということもありました。


彼女に対しても、その感覚があり、それが仕事の依頼を通して確信を持って感じさせられたときに、
自分のこの感覚を恨みたい気持ちになったりもしました。

自分を信じることをしなければ、自分が仕事も人生もまるごと通して していることが根底から崩れ、わたしがわたしの世界の中心にいることから外れてしまう、


わたしはひとりひとりが、ひとりひとりの世界の中心に、他者の椅子に座ろうとしたりせず、自分の椅子にしっかり座ることでしか本当の調和は起きないと感じています。

自分以上に誰かを崇拝したり、認めりするからややこしくなるのであって、まずは自分を生ききってこそ本当に人の気持ちも受け入れるようになるだろうし、「あなたはわたし、わたしはあなただね」って 自然に調和していくのだと思っています。


と言っても、その人が顕在意識という認識に上げてきていない、そのときはまだ認めてはいない(それも当然だと思うから)「最期の時」や「寿命」と呼ぶなら「寿命」を、わたしが先に感じてしまうことは、どう受け止めていいのかずっと分かりませんでした。

感じること自体 傲慢なように感じたり、非道に感じたり、
自分自身、自分にとってかけがえなく大切な人なのに、そんなこと認めたいわけがないし、
といって感じるものを無しにもできず、疑うことも自分への否定と生き方を根底から崩すことになるし、
それは違うと感じるしで、、、
宙に置いておく、ずっとそれしかできなかった。

それは自分の死や病、その疑問や恐怖、執着と絡んで、
なかなかそこを含めてしっかり言葉にすることも難しく、
「なんで、こんなことを感じなきゃいけなんだろう、、。」とこーちゃんにぼやく程度が精一杯でした。

それは11月の終わりごろまで。

11月の終わりに、初めてスーパーバイザーとして私の世界に座っていただいてるあゆみさんに、真面目に打ち明けてみたら、

「ともこ、それはともこの共感能力じゃ。」 と言われて、衝撃を受けました。

わたしが人の寿命を感じるとかいう特異な才能があるのではなく、

 

その人が実は自分ですでに潜在的には感じている最期や時期に わたしは共感し、情報として受け取っていたのか、、と衝撃的でした。 それが起きる2年近くも前から。

けれど、その人自身がそのことを顕在意識ではもちろん受け入れてはいないので、わたしにとってはどうしていいのか分からなかった、ということです。


でも、今まで何度か人に言っていたことがあって、

 

「昔から、今のその人の表面的な状態が全くそのような感じではなくても、数年後にこんな感じになるんじゃないかなぁ、、、と感じていることがそうなることがとても多くて、自分が結局感じているだけで何もできないのが苦しいから、だから、“今”自分を観たい人には、一緒に観てほしいと望み、聞きたい人には私の感じていることを話そうと思った。それが仕事で自分を生かそうと思った一番の理由。」
そう言っていました。

それがわたしの自分でオリジナルで仕事をしようと思った理由です。


だから、それと同じことが起きていただけなのだ、、と分かったのですが、

「命の最期」というテーマになると、自分がすごく重荷に感じていたんだ、、と思いました。

 


しかしそれが父のおかげで反転しました。



12月に入って、ふっと繋がったことがありました。


それは、当初からずっと感じていた


父の最期の年齢 と

「痛いのは嫌。」という言葉でした。


言葉というか、

「父を失うことは怖くはないのだけど、
痛みを感じるのは嫌や。」 と

ずっとわたしは何人かに言っていました。


「痛いのは嫌」 「痛いのは嫌」 ってずっとわたしは最初から何故か思っていて、
それも父の気持ちで、共感能力で起きてたんや! と 突然腑に落ちて、すべてに合点がいきました。



父がずっと潜在的に感じていたところだったんだ、と。


父は実際に、痛みを感じるよりも先に衰弱していきました。


なので、闘病の間もしんどさと痛みを避けることを一番にしているようにしか見えない父の病気との付き合い方と、今までの父から「お父さんは痛みは一番苦手やと思うから、自分で老衰みたいな方向を選んでいるのかなぁ。」と母とも話していました。

最期の過ごし方というのを父は前もっては考えたくはない人だったので、言葉では表現しなかった、それについて考えるのも聞かれるのも望んでいないとわたしは感じていました。


なので、「痛いのは嫌」というのが父のそもそもの最初からの想いなのだ、そこに最初からわたしは共感力で感じとっていたのか、と分かったとき、


はじめてこのレベルの共感能力を喜びで受け入れることができました。


そのことを一番心がけて、父を看ていけばいい、それが父の願いなのだから、と何をすればいいのか視界が晴れた気がしました。 幸い、痛みをどうにもできない、、という状態ではなかったので、これからの一番の指針が分かった気がしました。
 

父に対してずっと、「自分の人生で自分の病気なのだから、自分でどうしたいか決めて。それを表現してくれないと、、。」と思っていた自分のこだわりも、消えてくれました。


感じているんだから、父の希望を最初から感じていたんだから、

 

本人がそうすることを望んでもいないのに、

 

無理矢理 「ちゃんとした言葉」で表現してよ、って思わなくていい。


自分を深く知りその自分を受け入れたら、
それがわたしのあり方と違っても、
父が父のあり方でいることを心から受け入れることができた。

やはりわたしが「自分というもの」を深く受け入れることと、
父が父であることを受け入れることは同じなんだ! と思えました。




「言われなくても、感じているんだから、わたし すればいいのよ、思うように、かんじるように。」

ずっと自分の人生や自分の病気について、「どうしたい」と言葉で言ってくれない父にはがゆさを感じては、自分が自分の感じるようにすると父をコントロールすることになるんじゃないか、、って懸念して、コントロールすることをすごく恐れていました。


自分の感じることを受け入れたら、それはコントロールだと感じなくなる、、

ということをこのレベルでまた感じることができました。



そのときから、わたしは「舵取り」という立ち位置が怖くなくなりました。



自分がそれを認めたら、それぞれがそれぞれのポジションに入り

父は父で、
母は母で、
わたしは娘でただ思うようにやる、感じることを言う、その流れがただ自然に始まりました。



父も後悔しない、
母も後悔しない、

最期をやりきることができる、

そう確信し、
父が亡くなる5日ほど前に、

「わたしはお父さんもしあわせに逝けると確信してるし、
お母さんも後悔しないって確信してる。

そこは心配はもう何もしてない。」

と母に話していました。 

母も同じ想いだとその時、感じました。



 

これは
父のくれた最大のギフトでした。
 

自分のことを深く深く知り、受け入れる。

もっと複雑な想いをいろいろ発信している父だったら、
わたしはこの共感能力のメッセージからこの体験はできなかった。


父は“今”に生きるというところでは非常にシンプルでした。

鬱っぽくなることもなく、ただ毎日の生活をできるだけ変わらず続けました。

変わらない生活を続けることに力のはいった努力をするわけでもなく、ただシンプルに“今”と過ごす父に
共にいた家族は随分気持ちの上で楽に過ごさせてもらったと思います。




父への祈りと共に、美しいバラをいただきました。

ありがとうございます。




 

 

 

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