今週になって気持ちの良い晴天とぽかぽか陽気が続いているが、この海岸のうねりは中々収まらない。
 晩秋の澄み切った夜明けの空に太陽が燦々と輝く。その曙光は大きなうねりに遮られながらも海一面を橙色に染め上げている。


 秋も深まり、夏至の頃には大島から昇っていた太陽も、今や遙か南の水平線上から顔を覗かせる。
 当たりもない日々が続いていたが、今朝やっと竿を引ったくっていく大きな当たりがあった。しかし、すぐに針が外れてしまった。


 その直後、少し離れた左側の釣り人が大きなメジロを釣り上げていた。


 雲ひとつない晴天の上、汗ばむほどの陽気だったので、朝食後、冷凍のエビとカニを持って近くの地磯へ出かけた。


 簡単に弁当を作る。
 気候の良いこの季節に磯の上で食べる弁当は、まさに生きることの喜びと充実感を与えてくれる至福のひととき。


 一応、石鯛狙いのつもり。
 深まる秋の昼下がり、憂愁漂う海辺を嬉々として贅沢に過ごす。
 さすがに石鯛は釣れなかったけれど、頻繁に竿先を揺らす当たりがあり、弁当も美味かったのでとても幸せな気分に浸れた。


 帰宅途中、恵比寿神社の祠に寄り、「生きている」ことを神に深く感謝し、手を合わせて祈る。




 相変わらずトンは悪戯ばかりしている。


 叱ると、キョトンとした汚れのない真っ直ぐな表情で見つめてくる。


 かんたろうもトンの悪戯が過ぎると怖い顔して怒る。


 かんたろうの機嫌をとるトン。


 機嫌を取りながら、疲れたのか変な顔をしたまま寄り添って寝ている。


 トンが来てから、かんたろうの赤ちゃん返りが酷くなるばかり。
 夜中何度も甘えた声で起こしにきたり、ひとりになると大声で泣いて呼んだりする。


 おやすみ、かんたろう。
 心配するな、いつも一緒だ。


 先週は週末にかけて晴れ間が続き、海もうねりがやっと収まりベタ凪状態だった。
 晩秋の哀愁を帯びた曙光が、見晴るかす四方の光景を鮮やかな赤みを帯びた橙色に染め上げてゆく。



 水平線から昇りゆく見事な日の出に向かってジグを投げ続けるが、この日もこの海からの生体反応は得られなかった。



 土曜日も日曜日も、魚はいないのに釣り人はいっぱいだった。



 寂寥感漂う静かな秋の海に、釣り人の淋しい背中が泣いている。



 昨日の月曜日は大雨。そして海も大荒れ。
 仕方ないので近くの漁港周辺を散策する。
 眼に映る全ての景色が、淋しさと哀しみに彩られている。


 遥か日本の南海上にある台風20号の影響で早くも大きなうねりが出だした。
 また、当分海に近づけない。



 初対面から四週間目のかんたろうとトン。


 お互い少しは冷静になってきたが、寝ているかんたろうにいつもトンがちょっかいを出す。
 嫌がるかんたろう。


 しかし、仲良く見つめ合う時もある。


 悪戯ばかりして、夜中は大暴れのトン。遊びたい盛りなのだろう。
 おかげで睡眠不足が続く。


 かんたろうも、昼間は死んだように眠りこけている。
 

 おやすみ、かんたろう、トン。
 秋の夜は長い。

 夜明けがすっかり遅くなった。
 五時半過ぎてもこの暗さ。そして急に寒気が訪れた。この日は寒くて竿を持つ手がかじかむほどだった。


 相変わらず、うねりは収まらない。台風も前線も天気図にはないのに、何故かうねりは大きくなるばかり。
 砕ける波の向こう側、昇りゆく朝日の曙光に晩秋の寂寥感が漂う。
 その光景を眺めていると、何もかも失い憂悶の日々を送っていた二年前の、あの哀しい秋の記憶が甦ってきた。


 次々と大波が襲い砕け散るこの早朝の海岸には生命反応が全くなく、ただ悲愁に満ちた儚い波飛沫が淋しく飛び散っているだけだ。
 釣れない日々は続く。



 車で一時間ほどの少し離れた街に買い物に出かけた帰り、ラーメン屋の店外にある自動販売機で冷凍の博多ラーメンを買った。
 キクラゲとネギを入れて、とても美味しくいただいた。それにしても冷凍ラーメンの24時間自販機とは、感心する。これもコロナ禍ゆえか。


 貰い物のマスカット。
 自分では高くて買えないので本当に嬉しかった。



 かんたろうが偉そうにトンを見下ろしている。


 昼間、暖かい陽だまりの中でふたりは戯れ合う。


 すると、ついにかんたろうがトンの体を優しく舐め始めた。


 そっと舐め続けるかんたろうに、トンもうっとりと気持ちよさそうな表情を浮かべる。


 その夜、突然の寒波に襲われ、毛布を出すと仲良く寄り添って寝ていた。


 おやすみ、トン。
 いっぱい食べて早く大きくなれよ。


 トンと遊びすぎたかんたろうは、身も心もヘトヘトなのか、熟睡していて呼んでも揺すっても起きない。

 おやすみ。
 よく頑張った、もう大丈夫だ。