先週週末から、今シーズン最強の寒波がやってきた。土曜日の早朝は何と-7℃。

 この町の観測史上最低温度の更新だそうだ。もちろん、寒くて海辺には近寄れず、やっと今週水曜日の朝になっていつもの海岸へジギングに出かけた。


 

 今は大潮まわりの新月。見上げると星はまだ姿を隠さず、数だけが少なくなっていた。

 そして、空と海が透明に近い、優しく柔らかな青みを帯びていた。

 


 明け方の海辺の変化は非常に早く、すぐに水平線の遥か彼方から、湧き上がるように橙色の曙光が昇ってきた。
 
 

 
   それが見る見る濃くなり、あっという間に辺り一面がオレンジ色に染まっていく。

 海水温が高いのか気温が低いのか、海面には見事な海霧が漂っている。

 

 神々しくも幻想的な情景を目前にし、圧倒的な濃い橙色の曙光を全身に受け、私はある感動を受けた。
 自然とともに、生きているという実感。

 結局この日も何の生体反応もなく、釣れないジギングの日々は続いているが、たとえ釣れなくても私の充溢した気力は一向に衰えることなく、保ったままだ。
 

 
 朝食後、いつもの海岸線を歩く。漁船が港へ猛スピードで帰っていく、そんな見慣れた光景。 
 

 
  何の変哲もない漁村の漁師小屋。
 

  
 いつもの散歩道の、当たり前の光景が今年は違って見える。
 全ての景色が薄い膜が取れたように、印象派の絵画のように、鮮やかに目に焼き付いてくる。

 それは、元日の初詣で、寂寥とした心で過去を振り返らず、新たな人生をやり直すと誓ったことによる心境の変化からなのか。
 



 いつものスーパーにカツオがなく、珍しい紋スマ(スマカツオ)があったので楽しみに、早速捌いて食べる。




  色は鮮やかで、味もしっかりしていたが、少し歯触りが硬い。脂の乗りとモチモチ感が足りない。
 


    正月に食べれなかったキンコも頂く。
 美味い。
 

 
  水曜日の朝、何気なく見ていたかんたろうの様子がおかしい。何度も、左後ろ足を浮かす仕草を繰り返す。
 そして、少し足を引き摺りながら歩く。



 
 心配なので近くの動物病院に連れて行った。
 結果、骨にも爪にも異常はなく、軽い捻挫か打ち身だろうということで、痛み止め等の投薬で様子を見ることとなった。


 この病院、かんたろうにとっては実は二回目。最初の受診は一緒に暮らし始めて三ヶ月後、便秘と食欲不振で連れて行った。
 そのとき、地域猫ということもあって、身体検査や全ての血液検査もお願いした。
 不安だったが、全て正常値だった。



一緒に暮らし始めた頃の、かんたろう。お腹が凹んでいる気がする。


 それから半年少々で一キロ以上太ったと言われた。体重が重くなったので同じように動いても捻挫等のリスクが大きいとも言われた。
 これ以上太らないようにという警鐘を鳴らしているのかもしれないと、少し笑いながら先生は呟いた。
 


   おやすみ、かんたろう。
 足の痛みは良くなったようだ。 

 暖かくなったら一緒にダイエットしよう。
 
 

 年が明けて一週間が過ぎようとしている。

 元日の朝、近くの漁師町を散歩すると、大漁旗があちこちで見られた。



 この海辺の小さな町に引っ越してきて、始めて過ごす正月だ。
 漁師町特有の勇ましい光景に、何故か心ときめく。




 ふと見上げると、いつもの恵比寿神社も何やら賑やかで、神々しい気配に包まれている。早速、早足で向かう。




 そのままそれが今年の初詣となる。手を合わせ、神に今も生きていることを深く感謝し、祈る。



 今年はもう辛かった過去を、寂寥とした心で振り返るはやめよう。

 これからの私は新たに生まれ変わり、目標の達成に向けて、夢と希望を持ち、この大自然と共にときめきに満ち溢れた、そんな人生をやり直すのだ、と神々の御前で深々と頭を下げて誓った。




 帰って、朝食の準備。独りで食べる人生初めてのお雑煮。そして質素なおせち。





 正月三箇日は人混みを避け、家に籠って釣具の手入れや、箱根駅伝やお笑いなどテレビを見てダラダラと過ごし、新年四日の早朝に今年初めてのジギングに、いつもの浜へと出かけた。




 やはり魚の気配は全くないが、まだまだ大勢の釣り人で賑わっていた。
 平日の荒天以外の日はほとんど通っているのに、昨年の12月からこの浜で一度も生体反応を得たことがない。一体いつになったら釣れるのだろうか。





 昼夜逆転気味の、最近のかんたろう。
 毎日のように、夜中に私の耳元で小さく「にゃー」と囁き、濡れた鼻先を顔につけてくる。
 驚いて目覚めて電気をつけると、「遊ぼう」と誘ってくる。



 また、夜中トイレに行って帰ってくると必ず蒲団の真ん中に陣取り、睡眠の邪魔をしてくる。

 明日からはこの冬一番の、最強寒波がやってくるそうだ。寒いから、おとなしく蒲団にに入って一緒に寝よう。




 すると「嫌だ」と、不気味に笑う。
 

 おやすみ、かんたろう。

 いつも、一緒だ。

 長かった一年も今日、遂に終わりを迎えようとしている。

 今朝も夜明け前にいつもの海岸にジギングに出かけると、山蔭から皎々たる望月が覗いていた。




 闇の中から一筋の光を求めて、何かを待ち続け、寂寞たる心持ちの中、初めて独りきりで過ごした心が凍るほど淋しかった今年の正月。
 


 あれから一年が経った。
 本当にいろんな辛いことのあった一年だった。

 それでもどうにか大好きな石鯛釣りにも何回か行けた。

 そこそこ釣れた時もあった。

 ジギングの青物やちょい投げのキス釣りでもいい思いをしたこともあった。
 




 そして今、私はこの海辺の小さな町で猫とひっそりと暮らしている。
 そして、どうにか生き続けている。

 感謝を込めて、正月は釣具の手入れに励もう。


 
 一匹の猫と出会い、一緒に暮らすこと、それがひたすら憂愁に身を任せていた私の生活を一変させたのだった。

 どうしても、私は、かんたろうより先に死ぬ訳にはいかない。
 

 今、彼は新しい遊びに夢中だ。




 台所に上がって流れ落ちる水道水に興味津々。 手で触ってみたり、舐めてみたり、何度も繰り返す。





 クリスマスは近くのスーパーで小さなケーキを買ってきて独りで食べた。
 本当に美味かった。幸せな気分に包まれた。
 初めて独りで食べるクリスマスケーキ。淋しいはずなのに、不思議と何の感情も湧かず、哀しい感傷に耽ることもなかった。




 昨日は、スーパーで思い切って広告の品の本鮪の赤身と中トロの短冊を買い、ついでにタコも買って寿司飯を炊いて握った。



 マグロは旨い。まさしく寿司の王様。
 今日は、残った寿司飯と刺身と正月用に買った煮〆でばら寿司を作り、蕎麦と食べる。






 ちょうど一年ほど前、正月過ぎの公園でのかんたろう。年末から正月の間は人が多くて会えなかった。
 とても辛かったことを思い出す。
 この日久しぶりに会った。不安だったが、呼べばすぐやってきた。
 お腹空かしていたのだろう、無心で食べていた。




 今、彼は公園を思い出すのか、最近、隙を見ては土間に降りて、冷たいコンクリートの地面に背中を擦り付けてはひっくり返る。





 こんな感じで、勢いよく転がり回る。



 はしゃぎ過ぎ。


 

 今夜は初めての二人だけで過ごす、記念すべき大晦日。




 来年は期待に溢れた希望の年となるよう渾身の願いを込め、さっとマジックでかんたろうの絵を描いて、冷蔵庫に貼り付けた。

 おやすみ、かんたろう。

 どうだ、似ているか。