
●『韓国・反日小説の書き方』(写真 左)1996年
一冊は2002ワールドカップの頃、韓国のバラエティ番組に多く出演し、
全羅道方言を駆使した暖かいキャラクターが人気だった日本人、
水野先生(元全南大学日本語学科客員教授)の本。
野平俊水というペンネームで書かれています。
水野先生は私と同世代で、韓国語を大学で専攻したという共通点もあり、
好感を持って見ていました。
韓国が本当に好きでないと、あのような生き方はできないと思います。
言うことは言わないと、お互い真の理解はできないというポリシーは伝わるし、
ちゃんと本にも書いてありますが、それはほんのちょっと。
あとはタラタラと韓国の悪口。
それも共感はするし嘘ではないんですけどね。
これは間違いなく80年代後半から90年代前半の韓国の姿でした。
日本に対するステレオタイプの見方が以前ありました。
私も覚えあるし。そうなんだけど。
例えば、昔、ですけど、韓国には日本に対するイメージの定番がいくつかあって、
*日本は(いつも)混浴なんだってね~。(私もこれは2001年に聞かれた)
*日本は朝鮮半島の統一を望んでいない。(私もこれは1992年に断言調で聞かされた。
統一されると経済的に大国となり、日本にとってはそれが脅威になるかららしい。
‘日本’が何を指すか知らないが、一般の日本人は何の関心もないよ[当時]、と言い返したが。)
*日本の女は「開放的」(そう思い込んでる人が多いので、昔も今も若い女性は注意して下さい!)
*「退廃的な日本文化」の流入を阻止しなければならない。
(88年留学時何度も言われた。日本の漫画や歌謡曲などを指しているみたいだった。
隔世の感がする。今はMVなど、韓国の方が「退廃的」だし。)
*「日本の文化侵略」という固定観念
*「日本の経済侵略」という固定観念
その頃は、概して日本人は韓国や朝鮮については無関心で、
韓国人は日本に対し、マスコミが流すステレオタイプの像を信じきっているようでした。
(それしか情報源がない時代だったので仕方ないが。)
そんな中で韓国が好きになり、単身韓国に渡った私や水野先生は
自分が片思いだということを知るのです。
好きな人がいるけど、その人は自分のことを誤解している部分がある。
もっと日本の本当の姿を知ってほしいという苦しくなるほどの想い(답답함)を、
水野先生はこのような裏返しの告発(?)で表現したのだと思います。
「おまえら、でたらめ書くな~!」と。(可愛さあまって・・・というやつ?)
でも結局それをわかってもらえなかった。
その中にある「愛情」をわかってもらえなかった。
2006年、水野先生は十余年住んだ韓国を後にします。(韓国人の奥さんも三人のお子さんも一緒に?)
水野先生は歴史もよく勉強されているようだし、
韓国を批判ばかりしている人ではない。
日本人としての立場をきちんとわきまえているし、それはこの本にもちゃんと書いてある。
たぶん私と同じ系統の感覚を持った人だけれども、
それを表現する方法がまずかったのでは。
本の目的は真の相互理解のためなんだけど、
読んでいるうちに単なるコキオロシのような印象を持ってしまうのよね。
もっと別の構成はできなかったのか。
それに、私なら少なくとも『諸君』のような右寄りの雑誌に寄稿することはない。
どこまで許せるかの度合いが水野先生と私とはビミョウに違うかなと漠然と思う。
あと、日本で本を出す際に偽名(ペンネーム)を使ったのも
誤解を与える原因だったと思います。
韓国ではコメディアンのような明るいノリで活躍し、
日本では一転、偽名で韓国バッシングをしている、と。
でも基本的に彼はいい人だと思う。
また機会があれば、大阪の方にも来て、在韓時代の講演でもしてほしいです。
今はまだ難しくても
いつか水野先生の真意が韓国でも理解される日が来ると思います。
●『朝鮮を知る辞典』平凡社 1986年
右は80年代後半に買いたいな~と思いながら高いので買わなかった分厚い本。
難点は、あいうえお順になっていることと、ハングル表記がないこと。(アルファベット表記のみ)
家に一冊あってもいいかと思うが、インターネットのある現在、その価値は80年代の郷愁?