47都道府県制覇の旅
2026年5月2日~7日の鳥取・島根旅行記を綴っています。

 小泉八雲とセツを感じる場所へ

八雲が愛した石狐を見に行った後は、

小泉八雲記念館へ向かいます。

 

松江の城下町にある堀を小船でめぐってる。

気持ちよさそうですね。お堀から松江の街を見るのも素敵だろうな。

 

古き良き街並みもまた風情があります。

 

早速小泉八雲記念館へ。

小泉八雲って誰?という方のために、簡単な説明を載せておきます。

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パトリック・ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、1850年6月27日にギリシャで誕生(イギリス国籍)。

16歳の時、遊戯中に左目を失明。19歳の時、単身アメリカに移民し、貧困生活で苦しんだ後、ジャーナリストとして活動しはじめる。その後、アメリカで開催された万博で出会った日本文化や英訳『古事記』などに影響を受け1890年4月に来日。

同年8月には松江で英語教師になり、1896年9月から帝国大学文科大学講師になるも1903年には解雇される(後任は夏目漱石)。その後は早稲田大学で教鞭を執ります。

この間、1896年には松江の士族の娘、小泉セツと結婚し、日本に帰化。三男一女に恵まれます。著作家としては、怪談『耳なし芳一』『雪女』などを残した明治の文豪として有名となり、翻訳・紀行文・再話文学のジャンルを中心に生涯で約30の著作を遺しました。1904年54歳の時に心臓発作で死去。

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NHKの朝ドラで八雲の妻、セツさんがモデルとなった「ばけばけ」が放送されていました。

 

ということで入館しましたが、中は撮影NGなので入口の写真のみです。

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八雲が実際使っていたものや書籍、セツ自作の辞書などドラマのシーンを思い出す品々が飾られていました。

みんな熱心に見ていたなぁ。さすが朝ドラ効果。

 

その隣りにある小泉八雲旧居へ

 

明治24年6月に夫婦でこの家に転居し約5ヶ月を過ごしました。

 

庭のある侍の屋敷に住みたいという八雲の希望に適った旧松江藩士の武家屋敷。

庭が美しいですね。

 

八雲の書籍「知られぬ日本の面影」の第16章「日本の庭」の舞台となった三方に庭が見える部屋や彼が好んで眺めた庭などが当時のまま保存されています。

 

八雲が使っていた机と椅子のレプリカ。

これ、椅子に対して机がだいぶ高いんです。と言いますのも、ハーンは片目で執筆活動を行っていたため、机すれすれまで顔を近づけていたんですね。

 

こんな風に。

特注で作らせた机と椅子だったそうです。実際座って体験しましたが、だいぶ机が高かったですね。胴長短足じゃないとキツい造り。

 

北側の庭は八雲が特に気に入っていたというお庭が。

手前には小石が敷かれ、池中には睡蓮が浮かび、マツやツツジが植栽されています。

 

この窓はもしかして…

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このシーンのものかな。

聖地巡礼。小泉八雲とセツというより、トミーさんと高石あかりファンみたいになっとるけどな。


実際にここに暮らしていたと思うと感慨深いです。

 

八雲の銅像。

これもまた本人っぽくない泣き笑い


近くの武家屋敷。

この辺りはとても素敵な場所でした。

 

何気なく歩いていると夫が「この橋ってアレじゃない?」と。

アレとは??

 

あ、言われてみれば…!!

オープニングの!!


まさにこのショットの場所だったのです。

偶然発見しました。夫よ、スバラシ。

 「ばけばけ」展へ

その後は、カラコロ工房へやってきました。

 

ラッキーなことに「ばけばけ」展が5月10日まで延長されてた。ギリギリセーフ。

連続テレビ小説「ばけばけ」の世界観を体感できるドラマ展。

 

吉沢亮演じる錦織友一。

未だに「国宝」を読んでるので何気に一番嬉しいパネル。

 

衣装も展示されていました。

(意外とちっさい)


北川景子と堤真一の衣装。

 

大好きだったおじじ様と義両親。

 

ブードゥー人形。

 

そして高石あかりとトミーの衣装。

この衣装はよく見たよ。

 

やはり最後にはしじみ汁。

お椀を持って撮影できるようになってるけど、これは家でもできるわおいで泣き笑い

 

せっかく松江まで来たので、ドラマ展を見ることができてラッキーでした。延長していてくれてアリガトゴザイマス。