Ce qui n'est pas clair n'est pas Francais. | In The Groove

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a beautiful tomorrow yea

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私は、フランスを改革する。旧いフランスと決別する。大統領になりたくて大統領になったのではない。改革するために必要だから、大統領になったのだ。

―二コラ・サルコジ(2007年11月、エリゼ宮にて)


昨年のブログでも記したとおり、秋の夜長にイタリアとフランスに関連する書籍を数十冊斜め読みしたわけだが、今まで知らなかった部分が見えてきて、とても勉強になった。とりわけ、世界的に有名なブランドを抱えている両国ゆえ、いろいろな書籍の中に、「ブランド」といった言葉を多く目にする機会があったのだ。


ブランド」とはもちろん英語で、フランス語ではラ・マルク(la marque)、ファッション関係ではときにラ・グリフ(la griffe)商標という意味だ。元々は牛などの家畜を放牧するときの焼印だったのだが、消費社会の到来とともに商標名になり、そこに高級というニュアンスが加わったのが、現在、私たちが使っているブランドの意味だろう。(鳥取絹子)

1957年にアメリカの「TIME」誌のインタヴューで、クリスチャン・ディオールは「現代社会には高級ブランドが重要」と述べた。

今日のような、均質性や類似性が重視される機械文明の時代には、ファッションこそが人間性・個性・独自性を表現できる究極の“避難場”となります。ファッションの世界では、「みすぼらしさや凡庸さから救われる」という理由だけで、突拍子もない発想が歓迎されます。もちろんファッションは一過性の利己的な快楽ですが、それでも我々が生きている退屈な時代には、そんな贅沢をほんの少しずつでも護っていかねばなりません。

―クリスチャン・ディオール


ルイ・ヴィトン、エルメス、カルティエといった高級ブランドは、19世紀に身分の低い職人が王族のために最高に美しい工芸品をつくったことから始まった。19世紀後半にヨーロッパで君主制が没落し、産業革命の時代を迎えると、市場の担い手は欧州の貴族から米国産業界の大物の一族(ヴァンダービルト家、アスター家、ホイットニー家など)がつくる閉鎖的な社交界へと移っていった。

―ダナ・トーマス

とはいえ、1960代以降にファッションの民主化が進み、日本国内においても、1980年代頃から欧州のブランドはとても身近なモノになったようにも思えるのだ。1980年代後半、当時俺が高校生の頃、東京はバブルの絶頂期にあり、誰もがヴィトンのモノグラムのバッグを持っていた時代であったのだが、時代が変わったという理由だけではなく、今では恥ずかしくて、ヴィトンの製品は何ひとつ持たなくなってしまった。


フランスのブランドに関しては、昔からエルメスやカルティエ以外にはあまり興味がなかったのだが、2000年以降は、(デヴィッド・ボウイにインスピレーションを受けた)エディ・スリマンが作り上げた「ディオール・オム」のスーツだけには注目していた。単純に、ボウイが世界ツアーの衣装に身に纏っていたから、ただそれだけ


フランスって、ブランド大国のようにも思われているみたいなのだが、ここ数十年、世界的に有名となった新しいブランドは何一つ生まれていないのだ。イタリアやアメリカ、イギリスからは数多く新しいブランドが生まれており、メンズ市場だけに注目してみれば、イタリアは世界一のモード大国だろうね。ファッションだけに限らず、デザイン力でイタリアに勝る国はないと思う一方で、イタリアには問題が山積みだ。


また、日本人が大好きなフランスを代表するシャネルにしろ、ルイ・ヴィトンにしろ、ロゴマークを強調したモノ(バッグ、財布、ネクタイほか)ばかりが氾濫していて、悪趣味で退屈に思えて仕方がないのだ。実際に、フランス人がモノを買わない主義だというのは、ほとんどの日本人には知られていないと思われるが・・・昨年、「モノ」「お金」「消費」とフランス人の複雑な関係を、書籍を通してのぞいて見たのだが、フランス人は倹約精神が宿った民族のようにも思えた。パリの20代から30代の平均月収は1,894ユーロ(税込手取で27万7,000円/2004年時点)なので、東京にくらべると、少し安いようにも感じる。
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昨年4月に、丸の内の東京国際フォーラムで開催された「アートフェア2009」に出展された野口哲哉氏の「シャネル侍」ひとつとっても、ロゴに頼りすぎた感は否めない作品だったし・・・。

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最近話題となっている、シャネルの「なんちゃってタトゥー」にしても、訳が分からないのだ。低迷するシャネルにとっては、話題づくりのひとつなのかも知れないが(笑)。


しかしながら、フランスのすごいところは、「国家ブランド」を国外に向けて「発信していく力」(発信力)だと思うし、強烈な「個性」を放つ国家であり、俺の眼には独特の存在感を醸し出しているように映るのだ。


旧い日本への決別をし、改革を推し進めるといったビッグマウスの民主党政権に代わってから、未だ何一つ変わっていない現状に、少しばかり頭の良い国民は気付き始めたと思われるが、胡散臭さだけは変わらず、ずば抜けているように感じる。このままでは、日本は劣化していく一方なのだ。(ブログ冒頭で記したサルコジの)フランスやヨーロッパ諸国、新興国の中でも発展著しいインドや中国などの未来は少しは明るいようにも思えてくるのだが、錯覚なのだろうか。


具体的な事例を挙げるとするならば、国力の根源である人口が、少子化傾向によって深刻な局面を迎えている。移民を提言しているバカな政党がいるが、根本的な解決策にはならないだろうし、外国から移民を大量に受け入れたフランス、ドイツ、イタリアなどの欧州諸国は、現在大変な事態に陥っているのだ。国のアイデンティティーの問題よりもむしろ、貧しい国から移民を大量に受け入れると、治安問題が深刻化してくるわけで、日本の外国人犯罪の大半は、中国人と韓国人が占めている現状を、国はどう考えているのだろうか。俺のブログに中国や韓国の話題が登場しない理由は、基本的に嫌いだから、ただそれだけなのだが・・・“五感”を刺激されるようなことが何もない国というのも珍しい気がする。


一方で、世界から、“MADE IN JAPAN”は信頼の証みたいに思われており、ハイテク技術と信頼性の高い高品質な製品とアフターサーヴィスの代名詞ともいえる。日本の科学技術や産業技術は世界最高レベルにあり、特許申請数も世界で一、二を争っている工業大国なのだ・・・家電・・・クルマ・・・などなど。


文化面では、「ミシュランガイド」日本版の登場によって、東京が世界一の美食の都ということを、フランス(ミシュランガイド)が世界に発信してくれたのは有難い話だよね。また、(私的には全く興味がない)日本のアニメや漫画、ゲームなどは、世界的に認められているように、国はこういった日本のカルチャーにもっと先行投資していったほうが良いように思うのだ。一方で、日本のファッション、音楽、映画の分野は諦めたほうがいいんじゃないのかなと思えてくるし、ユニクロはファッションブランドではなく、中国製の粗悪品の大量生産品に過ぎないわけで、いい加減、気持ち悪いCMを大量に流すのはやめてほしいものだよね(笑)。


ところで、今月はまだ1本も劇場まで足を運んで映画を鑑賞していないのだが、今週末(16日)から、ココ・シャネストラヴィンスキーの恋を描いた作品『シャネル&ストラヴィンスキー』(写真:一番上)が公開となるので、足を運ぼうかと考えている。


シャネルの創設者<ガブリエル・ココ・シャネル>は、ルイ・ヴィトンよりも貧しい階層の出身で、1883年にフランスのソミュールで、病気がちの母と、行商人で浮気者の父のもとに3人娘の1人として生まれた。世界で一番有名な香水といえば、シャネルの「No5」をイメージするが、この製品の利益は驚異的な40%もあり、競合他社の利益の4倍以上に上るのだ。香水産業の舞台裏に触れた書籍も面白かったが、ここで言及するつもりはない。


シャネル(私的には、香水のイメージ)やルイ・ヴィトン(私的には、バッグのイメージ)、エルメス(私的には、バッグのイメージ)などから、私的にファッションのイメージは未だ浮かんでこないわけだが、デザイナーの生き方にフォーカスした映画はとても興味深くて、ある意味、“五感”を刺激されるのだ。彼女が生きていた時代と、アルマーニが生きている現代社会とでは大きく異なり、比べられないとは思うのだが、私的にはアルマーニのほうが偉大な存在であることは確かだろうね。とはいえ、愛人をやらないと生きていけなかった苦労人、シャネルの人生には少なからず興味があるし、数少ない女性デザイナーのひとりであるというのも注目すべき点であるのかな。


何だか支離滅裂な内容になってきたが、フランスに関連する書籍に目を通してみると、フランスと日本は似ているといった表現をよく目にしたのだが、ヨーロッパ諸国から「フランス人は、自己満足、威張っている、自慢屋」といった評判のようなのである(笑)。俺の知人の中には、フランス系のラグジュアリーブランドに勤務するフランス人が数名いて、六本木や南青山でシャンパン片手に会話したことが何度もあるのだが、先述したようなイメージはまったく感じられないとはいえ、アメリカ人やイタリア人とは全く異なるタイプのようにも思えるのだ。


とはいえ、18世紀に生きていたアントワヌ・リヴァロールが、有名な言葉を残している。


明晰ならざるものフランス語にあらず

―アントワヌ・リヴァロール


付け加えると、続きがあるのだ。


なお明晰ならざるもの英語、イタリア語、ギリシア語またはラテン語なり

―アントワヌ・リヴァロール


ヨーロッパ諸国から「フランス人は、自己満足、威張っている、自慢屋」と思われている理由が、何となく伝わってくる言葉でもあるわけだが、フランスに関して書かれた本では、元「Newsweek」誌のパリ支局長<テッド・スタンガー>の書籍「なんだこりゃ! フランス人」は特に面白かったね(笑)。


 フランス人は本当にアメリカ嫌いなのであろうか? フランスの新聞を読み、フランス人と付き合えば、それはすぐにわかる。そう、フランスは、ヨーロッパでもっともアメリカ的生き方を嫌う国である。

 いっぽう、我々アメリカ人はどうであろうか? 本当にフランス嫌いなのであろうか? 自国の主張に異を唱えるのは友好国ではありえないと決めつける新保守主義の論説委員が書いた記事の悪口に見られるごとくに。イラク問題によって生じた一過性の反仏感情はさておき、アメリカ人はフランス人のことを本当はどう思っているのであろうか? 新世界を怒らせるこの頑固者たちのことを、オハイオ州コロンバス出身の一アメリカ人はどのように見るべきなのであろうか?

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