いささめ

いささめ

歴史小説&解説マンガ

資料
平安京全図 平安京北東部拡大図
第一集
784年~810年 安殿親王と薬子 相関図
第二集
810年~826年 北家起つ ~藤原冬嗣の苦悩~
第三集
826年~843年 中納言良房 相関図
839年~840年
中納言良房 外伝  あこな
第四集
843年~866年 応天門燃ゆ 相関図
861年~863年
応天門燃ゆ 外伝  山崎の踊り娘
第五集
866年~882年 摂政基経
第六集
883年~909年 左大臣時平
第七集
909年~949年 貞信公忠平 相関図
第八集
949年~970年 天暦之治 相関図
第九集
970年~990年 戦乱無き混迷
第十集
990年~1016年 源氏物語の時代 相関図
第十一集
1016年~1031年 欠けたる望月
第十二集
1031年~1064年 末法之世
第十三集
1064年~1099年 次に来るもの
第十四集
1099年~1127年 天下三不如意
1127年~未公開
特別編
平安時代をマンガで解説 京子先生の平安時代講座 人物紹介
システムエンジニア山城京一の P・F・ドラッカー講座
京子先生の教え子たちのとぼけた日常 E組日記
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 白河法皇にとって清和源氏が利用できる存在になったと同時に、藤原摂関家も藤原道長の時代から清和源氏と私的な接点を持っていた。ただ、摂政藤原忠実が清和源氏との接点を持とうとせず、清和源氏に武力の発動を命じたこともなかった。

 というタイミングで、一四歳の若き少年のもとに清和源氏が結集した。

 白河法皇にとっても使い勝手の良い武力が登場したと実感できた瞬間であったが、藤原摂関家にとっても、特に藤氏長者である藤原忠実にとっても実感できた瞬間だった。

 実感できると、それまでできなかった行動をとれるようにもなる。

 それまでの藤原忠実であればデモ隊が自分の邸宅前に押し寄せても何もできず、時間が過ぎるのを待つか、あるいは要求を受け入れるしかできなかった。しかし、デモに対処できる武力があると実感できると、対処の仕方はいくらでもできる。少なくとも、要求を黙って受け入れる必要はなくなる。

 それどころか、藤原忠実はここでデモ集団中のデモ集団である比叡山延暦寺に逆らう姿勢も見せるようになったのだ。

 比叡山延暦寺をはじめとする有力寺社は、寺院の僧侶や神社の神官だけでなく、寺社に仕える民間人も抱えている。そうした人たちが田畑を耕して得た収穫だけでもかなりの規模に及び、宗教のためではなく豊かな暮らしのために寺社の門をくぐる者が多数いたほどである。自社の抱える荘園内の需要を超える生産が行われることも珍しくなく、そうした製品は荘園を超えて流通に乗り、多くは平安京をはじめとする都市へと運ばれて行った。都市での売買による収入も寺社にとっては有力な収入であり、収入を増やすために荘園と荘園で働く者を増やそうとする寺社も珍しくなかった。荘園を増やせば収穫が増え、人を増やせば働き手が増える。ついでに言えば武器を持って暴れるデモ集団の勢いを増やせる。



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