キリスト教は、禁欲を求め、利子を嫌悪した | けいきちゃんのブログ

🌸キリスト教は、禁欲を求め、利子を嫌悪した

 

キリスト教・仏教は禁欲を求めた
 ☆宗教は禁欲的傾向が強いものと、そうでないものに分かれる

 ☆禁欲的なのがキリスト教と仏教、そうではないのがイスラム教
 ☆キリスト教のカトリック神父や修道士は独身でなければならない

 ☆正教会の聖職者のトップは必ず独身

 *独身者と妻帯者の間に序列がある

 ☆日本の仏教の場合

 *明治時代以降、僧侶の妻帯が法的に認められたが

 *もともとは出家が基本

 ☆キリスト教と仏教の聖職者には、欲望の禁制がある

 *これが宗教のスタンダードではない

 ☆イスラム教には聖職者と言われる人はいないが

 *イマーム(指導者)もウラマー(法学者)は妻帯もする

キリスト教での禁欲の経緯

 ☆「原罪の観念」に行き着く

 *それが、ユダヤ教の聖典が『トーラー』

 *ユダヤ教では「モーセ五書」を『トーラー』と呼びます
 ☆『創世記』に、最初の人間であるアダムとイブの物語が出てくる

 *2人は楽園「エデンの園」にいた

 *神が食べてはならないとした「善悪の知識の木の実」

 *蛇の誘惑によリイブが食べてしまう

 *イブがアダムにも勧めて食べさせた

 *自分たちが裸でいることが恥ずかしくなったというもの
 ☆ユダヤ教ではこの物語をこれ以上追究しなかった

 *原罪の観念は生まれませんでしたし、イスラム教も同様です

 ☆キリスト教では

 *最初の人間が性的行為を知ったことで罪が生じ

 *遺伝を通して代々受け継がれているとし、蛇は悪魔だとされた

 *人間は生まれながらに罪深いとした

 ☆キリスト教では、恐ろしい教義をつくり 上げたものです
 *初期のキリスト教ではそのような考え方をしていません

 ☆原罪の方向に向かい、特にそれを強調したのが

 *ローマ帝国の教父アウレリウス・アウグスティヌスです

 ☆イエスの死後の弟子のパウロの影響を受けたアウグスティヌス

 *原罪という観念がつくり出された

 ☆人間は罪深いというのがキリスト教の根本の考え

 *罪深い人間がいかにして罪を贖うか

 *「贖罪」が重要なテーマになります

 ☆キリスト教の歴史は原罪と贖罪の歴史と言える

 ☆統一教会は、原罪の観念を独自に解釈し
 *献金や霊感商法で金を得ることを

 *神に金を返すこととして正当化し、贖罪になるとした

キリスト教では、儲けることは悪いこと
 ☆お金に関しては、貪欲という問題が出てくる

 ☆人間の貪欲さを罪として捉えることが

 *キリスト教的な金銭感覚をつくり上げるうえで重要なものになった

 ☆金を稼ぐことは、商売が正しいことなのかが問われた
 *商売とは、物を購入して付加価値をつけて他に売る行為

 *生産をしていませんし、差額によって儲ける

 *商売自体が間違ってているとキリスト教では考えた

 ☆キリスト教での利子の問題

 *利子の禁止は近世まで貫く大きなテーマとなっていく
 ☆利子は神が創造したものではない

 *利子を人間が勝手に設定して取ることは許されない
 *その様な伝統、キリスト教のなかで形成された

 ☆仏教には商売がだめ、利子を取ってはいけない考えはない

 

キリスト教世界で、利子問題の解決方法

 ☆商売や利子を合法化するかの難題に頭を悩ませた

 ☆難題を切り抜け、うまくすり抜けたことで

 ☆現在では商売や利子が当たり前のものとなった

 ☆地中海て活躍した商人コトルリ「商業技術の書』を著した

 *彼はこの本のなかで商業が人類にもたらす恩恵を列挙して

 *商売がいかに必要で有益な営みであるかを説き

 *商人の高貴さと尊厳を謳い上げている

 ☆商人が自分の行為に自信を深めた

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キリスト教は、禁欲を求め、利子を嫌悪した

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