渡邊恒雄(読売争議・マスコミ三悪人)5-3 | けいきちゃんのブログ

🌸渡邊恒雄(読売争議・マスコミ三悪人)

 

原子力発電で湯川秀樹博士委員辞任

 ☆日本は、原子力発電を始めるにあたり原子力委員会を設置

 *委員長が正力松太郎、委員の中には湯川秀樹さんもいた
 *湯川さんは、原子力発電、急ぐ必要はないと慎重論

 *正力委員長は、原子力発電に、前のめうになっている
 ☆結局、アメリカのGEの原子炉を導入で決着した

 *湯川さんは強引なやり方に抗議をして委員を辞めた

 

⛳正力松太郎氏のつまづき

 ☆終戦の2カ月後「読売争議」が起こる

 *戦争に協力をした新聞社は、戦後一転して自己批判を始めた

 *社員が従業員組合を結成して読売新聞の戦争責任を追及

 *正力松太郎社長の退任と全役員の総選陣を要求する

 *正力社長はそれを一切拒否し組合幹部を解雇する

 *正力社長は、GHQより戦争犯罪人として公職追放

 *これにより組外側が勝利する
 ☆現在の読売新聞は保守を代表する新聞

 *戦争が終わった頃は、組合幹部の多くが共産党員の新聞

 *その後「左に寄りすぎている」としてGHQが介入

 *共産党系の連中は追放された


⛳渡邊恒雄氏大野伴睦の番記者を命じられる
 ☆渡邊さん優秀なので政治部に所属になり、渡邊さんの運命が変わる
 ☆政治部では大野伴睦の番記者を命じられる

 *大野さん自民党の副総裁などを歴任した重鎮

 ☆渡邊恒雄氏、がいかにして大野さんへ食い込んだか
 *渡邊さんがオフレコだと断っ上でデスクへ報告した内容

 *デスクが独断で書き、翌日の紙面に特ダネとして出した
 *大野さん激怒して「お前とは二度と話さない」と通告する

 *後日大野さん他社の記者からデスクが勝手に書いたと知らされる

 *大野さん渡邊さんの人柄に改めて惚れ直す


⛳渡邊さんが大野伴睦に可愛がられた要因

 ☆渡邊さんの生い立ちも関係していた

 *渡邊さんは若くして父親を亡くしている

 *大野伴睦という人は父親のような存在に映ったのでしょう
 ☆岸内閣のとき、内閣改造に際して

 *総理大臣は、副総裁の大野に相談する

 *渡邊さんは、中曽根康弘はどうかと大野に薦める
 *大野が岸総理に「中曽根康弘を科学技術庁長官に」と頼む

 *中曽根さんは初人閣を果たした

 ☆中曽根さんは、渡邊さんには頭が上がらない

 *のちのちまで二人が密接な関係を保っていった

 

⛳マスコミ三悪人

 ☆政治記者と政治家の密着は、渡邊さんだけではない

 ☆NHKにも島桂次という辣腕の政治記者いた

 *彼は大平派に食い込んでいた

 *大平派の集会では大平の横に偉そうな人物がすわっている

 *議員を誰彼となく呼び捨てにして指示を与えている
 ☆朝日新聞には、三浦甲子二(テレビ朝日専務)がいた

 *河野一郎の番記者として辣腕をふるった

 ☆渡邊、島、三浦は「マスコミ三悪人」と呼ばれていた

                      (敬称略)

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⛳出典、 『日本の戦後を知るための12名』より

 

 

 

渡邊恒雄(読売争議・マスコミ三悪人)

(ネットより画像引用)