演説妨害罪に関する判例の紹介 | 下関在住の素人バイオリン弾きのブログ

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(1)前置き

 

このたびの参議院議員選挙において、首相が応援演説している際にヤジを飛ばした人を警察が排除したという報道がなされている。

 

そこで、この記事では、演説妨害罪についての判例を紹介したい。

 

(2)要約

 

次の(3)で紹介する判決は、選挙に関して演説が行われている際に、これを妨害する意思で行われ、現に妨害の結果を生じさせた一切の行為は、演説妨害罪にあたるとしている。

その妨害行為によって生じた結果が演説の継続を不能にさせるような重大な場合であると、演説に支障を来たしその進行を困難にさせるにとどまるような軽易な場合であるとを問わず、演説妨害罪は成立するとしている。

そして、応援演説者に罵声を浴びせ、約1分間連続して拍手した行為のみで、演説妨害罪は成立するとした。

つまり、判例は、演説による選挙運動の自由を厳格に保障するため、演説を妨害する支障を一切排除する目的で、演説妨害罪の成立を広く認めていることになる。

民主主義社会において、選挙は政治過程の根幹を形成するものであり、その選挙において候補者及び選挙運動者(応援弁士を含む。)の選挙活動の自由は最大限尊重されなければならないことからすると、当然のことであるといえよう。

 

(3)大審院判決昭和7年5月17日大審院刑事判例集第11巻635頁

 

国立国会図書館が公開している。こちらのページの414コマ目からである。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1449628

 

「判示事項

 

連続拍手と演説妨害罪

 

判決要旨

 

選挙に関する演説を妨害するの意思をもって連続拍手をなし、よって演説の続行を困難ならしめたる行為は、衆議院議員選挙法第115条第2号の演説妨害罪を構成す」

 

事案

 

この判決は、原審が被告人3名について演説妨害罪で有罪としたのに対する上告を棄却したものである。

被告人3名は、選挙の演説会場において応援弁士に「バカ野郎」「嘘つけ」等と罵声をあびせ、約1分間連続して拍手をし、制止されたのに対して格闘を始め、制止しようとした人につかみかかり、演説会場を混乱に陥らせて、4,5分間演説を続行不能にしたものである。

 

要旨部分の原文書き下しは以下の通り。片仮名は平仮名になおし、適宜句読点を補う。

 

「よって案ずるに、演説会における聴衆が演説の進行中その言論に関し賛同もしくは反対の意見を表示する極めて簡単なる語辞を発することは、既に久しく世上実際に行わるるところにして、近来進みて演説を妨害するがため諸般の不当なる言動をなすの悪弊ますます頻繁なること一般に顕著なる事実なりとす。しかれども、衆議院府県会等の議員選挙その他公選の投票にあたりては、選挙運動は主として言論もしくは文章をもって公正にその所見を発表するの手段によらしむべきものなるがゆえに、衆議院議員選挙法は演説による選挙運動の自由を厳確(ママ)に保障するの必要を認め、これを妨害する一切の支障を排除するの目的をもってその第115条第2号中の演説妨害罪を規定したるものなること法文上まことに明晰にして、従いて、議員候補者なるとその選挙運動者なるとを分かたず、選挙に関して演説をなす際これを妨害するの意思をもって行われ、現に妨害の結果を生ぜしめたる一切の行為は、右法条所定の演説妨害罪を構成し、その妨害行為によりて生じたる結果が該演説会場を混乱に陥れて演説の継続を不能に終わらしむるごとき重大なる場合と、これによりて該演説者の演説に支障を来たしその進行を困難ならしむるに止まりたるごとき軽易なる場合とを区別せざる法意なりと解すべきものとす。

原判示事実によれば、被告人は、福岡県県会議員選挙につき社会民衆党より立候補せる森実繁の政見発表演説会を傍聴中、応援弁士野口栄次が全国労農大衆党の主義政策を非難したる際、被告人は、共同して該演説を妨害せんことを企て、演説者を罵詈し、約1分間にわたり連続拍手をなしたるより社会民衆党党員本田伊三郎なる者これを制止せんとし、被告人国松に退場を求むるや、同人はこれに反抗して格闘を始め、被告人数木は国松に応援して本田につかみかかり、もって右演説会場を混乱に陥らしめ、前後4,5分間、野口栄次の演説を続行不能に至らしめしものなりというにあるをもって、被告人3名は、共同して判示演説会において応援弁士野口栄次の演説中同人を罵詈し、約1分間にわたり連続拍手をなし、よって同人の演説の続行を困難ならしめたるにほかならざるがゆえに、前段説示のごとく、被告人3名の右行為のみをもってするも、なお前記演説妨害罪の成立に欠くるところなし。

いわんや、被告人らは、右行為に引き続き、主催者側より退場を求められたる際、これに反抗して格闘に及び、もって演説会場を混乱に陥らしめ、野口栄次の演説続行を不能ならしめたること前記のごとくなるにおいてをや。

本件被告人の所為は、前示演説妨害罪を構成すること論なきところなるをもって、原審がこれに対し府県制第40条衆議院選挙法第115条2号を適用処断したるは正当にして、論旨は理由なし。」

 

要旨部分の現代語訳は以下の通り。

 

「そこで検討すると、演説会における聴衆が演説の進行中に、その言論に関し賛同または反対の意見を表示する極めて簡単な語辞を発することは、既に久しく世上実際に行われているところであるが、近来進んで演説を妨害するために諸般の不当な言動をなすという悪弊がますます頻繁になっていることは、一般に顕著な事実である。しかし、衆議院府県会等の議員選挙その他公選の投票においては、選挙運動は主として言論または文章によって公正にその所見を発表するという手段で行わせるべきであるから、衆議院議員選挙法は演説による選挙運動の自由を厳格に保障する必要を認め、これを妨害する一切の支障を排除する目的で、その第115条第2号中の演説妨害罪を規定したものであることは法文上まことに明晰である。したがって、議員候補者であると、その選挙運動者であるとを区別せず、選挙に関して演説が行われている際、これを妨害する意思をもって行われ、現に妨害の結果を生じさせた一切の行為は、右法条所定の演説妨害罪を構成し、その妨害行為によって生じた結果がその演説会場を混乱に陥れて演説の継続を不能に終わらせるような重大な場合であると、これによってその演説者の演説に支障を来たし、その進行を困難にした程度にとどまるような軽易な場合であるとを区別しない法意であると解すべきである。

原審が判示した事実によれば、被告人は、福岡県県会議員選挙に社会民衆党から立候補した森実繁の政見発表演説会を傍聴中、応援弁士・野口栄次が全国労農大衆党の主義政策を非難した際、被告人は、共同してその演説を妨害することを企て、演説者を罵詈し、約1分間にわたり連続拍手をしたことにより、社会民衆党党員・本田伊三郎という者がこれを制止しようとして、被告人国松に退場を求めたところ、同人はこれに反抗して格闘を始め、被告人数木は国松に応援して本田につかみかかり、もって右演説会場を混乱に陥らせ、前後4,5分間、野口栄次の演説を続行不能にというのである。

被告人3名は、共同して判示演説会において応援弁士・野口栄次の演説中同人を罵詈し、約1分間にわたり連続拍手をなし、よって同人の演説の続行を困難にさせたにほかならないから、前段説示のように、被告人3名の右行為のみでも、なお前記演説妨害罪の成立に欠けるとことはない。

ましてや、被告人らは、右行為に引き続き、主催者側より退場を求められた際、これに反抗して格闘に及び、もって演説会場を混乱に陥らせ、野口栄次の演説続行を不能にしたことは前記の通りであるから、この場合に演説妨害罪が成立することは、疑う余地がない。

本件被告人の行為は、前示演説妨害罪を構成すること論をまたないところであって、原審がこれに対し府県制第40条衆議院選挙法第115条2号を適用して処罰したのは正当であり、弁護人が上告理由として述べている論旨は理由がない。」