いやあ、久しぶりだね、K子ちゃん。何年ぶりだろう。
そうねえ、15年くらい前の同窓会で会ったきりでしょう。元気だった、M君?
うん。あなたは?
元気よ。すっかりオバさんになったけど。
そんなことないよ。15年前とぜんぜん変わらないね、と言ったら嘘になるけど、そんなに変わってはいないよ。
そんなに、というのがどの程度なのか、それが問題ね。でも、M君はぜんぜん変わらないわよ、と言ったら嘘になるけど、今でも中学生の時の面影がはっきり残ってるよ。
たぶん、ぼくは、あの頃から精神的にあんまり成長していないからだろうね。同窓会じゃ、男子と女子が別々に固まってたから、ほとんど話もできなかったね。
そうね。あのクラスは、もともとあんな感じだったしね。幹事のY子が、M君は埼玉に住んでるって言ってたけど、まさか、こっちに戻ってきたんじゃないでしょ?
実は、4日前にぼくのおやじが急に亡くなってしまってね。それで、しばらく帰ってきてるだけなんだ。また近いうちに埼玉へ戻るけど。
あら、まあ、そうだったの・・・。悲しかった?
あまりに突然のことだったんで驚いたけど、おやじは眠るように安らかに息を引き取ったらしくて、ぜんぜん苦しんではいないみたいだから、それほど悲痛な感じはしなかった。
それは不幸中の幸いね。私の父も去年の夏に死んじゃったけど、3ヶ月以上も入院してて、つらい闘病生活の末に亡くなったから、なんだかとても可哀想だった・・・。
そうだったの・・・。
それだけじゃなくて、父が遺した不動産やら何やらをめぐって、私の二人の兄たちと、それに私の主人も加わって、いまだに骨肉の争いを繰り広げてるのよ。2ヶ月に一回くらいは家裁に集ってるわ。本当にうんざりする。
まあ、別に珍しい話じゃないよ。
M君の家では、そんなことはないでしょう?
ないと思うけどね。それより、K子ちゃん、ここへは買い物に来たの?
そうだけど、別にあわてて買い物をする必要はないわ。M君は?
ぼくはもう買い物を済ませて帰るところだったけど、なつかしい顔が見えたからね。
本当、なつかしいわ・・・。ねえ、M君、中学の卒業式の次の日に、二人で○○公園に行ったの、覚えてる?
もちろん覚えてるよ。なにしろ、ぼくにとっては、生まれて初めてのデートだったから。
そう言ってたわね。でも、なんであのあと、二度と誘ってくれなかったの?
えっ? 誘って欲しかったの?
うん。電話を待ってたよ。
だって、ぼくと一緒にいても、つまらないだろうなと思ったから・・・。
どうして?
あの日、公園で、ぼくはずっと緊張のしっぱなしで、言いたいこともろくに言えなくて、なんだかすごくぎこちないデートだったでしょ?
たしかに、いつもはあんなにおしゃべりだったM君が、今日はずいぶんおとなしいなとは思ったけど。
ほんとにあの日は舞い上がってたんだよ。なにしろ、ただの十五のガキだったし、デートの心得みたいなものも、まったく知らなかったしね。それに、K子ちゃんと二人きりだったから・・・。
私がM君と手をつなぎたいなと思って右手を差し出したとき、その手を握り返してくれなかったのも、緊張してたから?
うん。それに、なんだか、とても恥ずかしかった。
ねえ、さっき、言いたいことも言えなかったって言ったけど、何か私に言いたいことがあったの?
まあね。
教えて。何を言いたかったの?
あのさ、K子ちゃん、買い物しなくていいの?
教えてよ。それを聞いたら買い物に行くから。
じゃあ、教えるから、笑わないで聞いてくれる?
面白かったら笑うかもよ。
面白いかもね。実は、ぼくが言いたかったのは・・・。
何?
K子ちゃんが川崎から転校してきて、みんなの前であいさつしたとき・・・。
うん。
ぼくはなぜか、自分は将来この子と結婚する、という予感がしたんだ。
えーっ!?
つまり、そのことをK子ちゃんに言いたいなと思ってたんだ。
それって、つまり、プロポーズ?
いや、そんなつもりはなくて、ただそんな予感がしたことを話したかっただけ。
でも、もしもそんなことを言われてたら、私もその気になってたかもよ。
そして、もしかしたら・・・、なんて、この話はもうやめようよ。お互いに、まったく別々の人生を歩いてきたわけだし、まあ、要するに縁がなかったんだろうから。
そうね。たしかに、縁がなかったみたいね。
あの日のことは、二人だけのなつかしい想い出にしておけばいいんじゃないの?
うん・・・。ところで、M君、幹事のY子が、来年あたりにまた3年1組の同窓会をやりたいようなことを言ってたけど、出席できそう?
どうかな。出席しないかもしれない。だって、こうしてK子ちゃんと話ができたことが、ぼくにとっては最高の同窓会だったような気がするから。なーんちゃって、ちょっとキザかな。
ううん、そんなことないよ。私も、M君と久しぶりに話せてすごく嬉しいし、なんだか、あの日に帰ったみたいな、とてもなつかしい気持ちになれた。
年を取ると、若い頃のことが本当になつかしくなるよね。たぶん、何年先になるかわからないけど、次の次の同窓会には出席すると思う。その時は、おたがいにジイさんとバアさんになってるだろうから、二人で、今日のことをなつかしく思い出したりするかもね。
それより、ねえ、ジイさんになったM君と、バアさんになった私とで、こっそりあの公園へ行ってみない?
うん、それはいいね。そうしよう。
そして、私がもう一度、右手を差し出すから、その時は握り返してくれる?
もちろん、握り返すよ。そして、あの初めてのデートのとき、ほんの少しだけ勇気を出してK子ちゃんの手を握り返さなかったことを、あとになってぼくがどれほど後悔したか、そのことも話してあげるから。
でも、もしも握り返してくれていたら、私たち、ずっと付き合っていたかもしれないね。
そうだね。ずっとずっと、付き合っていたかもしれないね・・・。