30代からの学生生活~tokotoko~ -4ページ目

鍛えられた成果

今日は教職の授業でグループ発表がありました。


レジュメは先週グループでピピっと作って、今日の発表もピロリっと終了。

平和だわ。。。


、と思っていたのは私だけだったみたい。


一緒のグループだった子は、例えばパソコン入力が苦手だったみたいで、

私が話を聞きながら「うーん、じゃぁこんな感じ?」と話をしてるそばから

どんどん画面上に文字や図画描写をしていったら、感動していた。

発表も、他の子は自分のパートの部分をしっかり原稿にしてきて、それを

読んでいたけれど、私はその場で取り繕うタイプ(苦笑)


こんな違いが出ているのは、たぶん私が前の大学での実習で、

プレゼン慣れし過ぎていたからでせう。

特に私がいたゼミでは、鍛えられたし。

   *「話の意味が分からない」とか「図が汚い」とか言われた記憶が、、(笑)


前の大学を卒業して10年。そんな前のことが、今でも役立っている。

   *一番役立っているのは、手の抜き方だったりして?

本当に恵まれた環境で学んでいたんだなぁ、、

と、今更ながら思ったりしました。

来年の実習に向けて

来年は、実習があります。

そのために今年、説明会やら、実際に来年どこに行くか、という決定をしないといけません。


私の学ぶ上での関心は児童福祉だけれど、社会人をやってきた経験とかを考えると、仕事としては児童福祉に限定するのではなく、いろんな人の「生活」を支えられたらいいなと思う。

だから、例えば病院の相談室に勤める医療ソーシャルワーカーにも興味あるし、母子生活支援施設とかでの職員もいいと思うし、他にも、子ども家庭支援センターでの仕事もいいなぁと思ったりする。


そんなこと言ってたら、決まらないよーーっ、ということで。

去年の実習生が書いた感想文とかを、読んでみてます。どーゆー経験してるのかなーと。


30歳過ぎちゃうと、公務員って選択は格段に減る。

福祉こそ、ある程度人生経験を経た人の方がいい面も多いはずだけど、なかなか現実には優遇されない。


もうちょっと悩もう~。うー。

へんな拘り

友達の結婚式に参加。

ずーっとニコニコ(ニヤニヤ?)してた彼の顔に、

私もめちゃめちゃ幸せな気分になりました♪♪


そんな披露宴の後。

久しぶりに会った同期の面々。

聞かれたのは「結婚してから、普通に手とかつなぐ?」ってこと。

「普通につなぐよ」って言ったら

「やっぱ、子どもいないとそーだよね、きっと」 と返されてしまった。


彼らはこの一言の厳しさを知らない。


それでも私は3年4年と経つうちに、そういう言葉に強くなった。


ちなみに、彼らは"子どもを介して"でしか、手を繋いだりしないらしい。

私は、子どもが出来たからって、もし夫婦が手をつなぐことが自然でなくなってしまったら、別れちゃいたいと思うなぁ~。 だってそれは私の考える「夫婦」ではないから。

子どもがいても、子どもを介して繋がる夫婦は、私には不自然。


どんなに離れても傷ついても、親子は間違いなく親子。特別な関係。

でも、夫婦は違うでしょ。他人になれる関係。

子どもがいることを夫婦でいる理由にされたら子どもの方が迷惑です。

私は小さな頃からずっとそう考えてきた。


夫婦が空気になってしまうのも不自然。

家族は夫婦がベースであり、そのベースがコミュニケーションを欠いてしまったら、それは同居であり、契約関係に過ぎません。

憧れないなぁ。。 

  #まぁほとんどの夫婦が、それで良しとしてるんだろから、

   個々の夫婦には何の文句もありませんが。


例えば、自分が誰かの奥さんであることや、あるいは自分には奥さんがいることを、一つの安心材料にしようとしている人は多い。そして、子どもがいることさえも、人生の一プロセスを自分は越えられたのだと、安心しようとしている人たちも。

でも。そんなことして何になるんだろうね。

そんな安心の何が嬉しいんだろう???


私は異質で、マイナーな考えの持ち主だから、そんな安心なら要らないと考える。

子どもにとっても、親がそれぞれの幸せな道をイキイキと歩いている姿を見せた方が、子どもにはよっぽど素敵に見えるんじゃないかとも思う。

そういえば、こないだ宇多田ヒカルがトーク番組で「両親は6回離婚と結婚を繰り返していた」と語っていた。そしてそれを司会者と共に「素敵な関係だ」とも言っていた。

私も、そう思う。


自分が自分であるために家族がいるのではなく、自分が自分だからこそ家族がいるのだということ。

子どもは大人を見ているということ。

子育ては子どもの面倒をみることじゃなく、子どもの育ちを見守ることだということ。

親が一人の大人としての「自分の生き方」をすることが、最良の教科書だということ。

  #もちろん、反面教師になることも多々あるとして(苦笑)

そんなへんぴな拘りが、私には大切。



生きることと生かすこと

体外受精にトライ。

結果は惨敗。


全身麻酔をしての採卵をするため、負担も考えて一度にある程度沢山の卵を採ろうとするのだけれど、10個も取れた卵子のどれもが質が悪すぎて、お腹の中に戻すまでにも至らなかった。

私には、自分自身が生きる程度の能力はあっても、別の人間を産み出し生かすほどまでの力は(少なくても現状の体調では)無いということを実感した。


人生最大の夢は、限りなく遠い。

ってゆーか、むしろもっと気楽に考えている人の方が簡単に実現していて、最大の夢なんて言ってるから難しい遠いものになっているんだろう、と、自分で自分を笑ったりしている。

最近はそれくらいの余裕も出てきた、ってことか。


女に生まれたのだから、一度は出産を経験したいという女性は多い。

でも私は極端な話、出産はしなくてもいい。なぜなら私の夢は、子どもを育てることだから。

自分が女性である証が欲しいからじゃなく、自分が一生の愛を注ぎたいだけだから。

そういう意味では、もちろん養子でも何の抵抗もない。

ただ今は、自分の遺伝子が、だんな様の遺伝子が、育つという奇跡を体感してみたい。その注力のためには、養子がまだ選択肢に挙がる時期ではないというだけのこと。


今回初めて点滴を経験した。全身麻酔も初めてだった。

術後は卵巣が腫れて、1週間寝たきりだった。そんな生活も初めてだった。

高校卒業して、子育てが人生最大の夢になったときから、料理も洗濯も何もかも初めてばかりで、全部「未来の子どものために」って、頑張って身につけてきた。

いまだに「初めて」をいくつも経験している。

私は「未来の子ども」のおかげで、どれだけ成長してきただろう。

妊娠もしない前から、もう感謝ばかりしている。


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あなたたちを現実社会に産み出して生かせてあげられない私を、ごめんなさい。

でもちゃんと、私はあなたたちから学び、考え、頑張って生きてます。

だから、もうちょっと頑張らせてね。 誰より未来に期待して、会えることを願っています。

なんとかめどが

新学期。この2ヶ月、学費の確保が最大のテーマ。


既に前の大学の進学のために、旧育英会から奨学金を借りていた私には、もう一度借りられる権利はないし、できればこれ以上借金は増やしたくないしさー。

と思って、学校に掲示される民間の奨学金に申請しまくったけど、学内審査でどれも落とされてしまった。

自宅通学扱いになるので限りなく不利。 自ら住宅ローン払ってるんすけど、って思うけど、それは逆に「資産投資」とみなされ、投資が出来ているのに学費が払えないとはどーゆーことだ!と 怒られてしまう。いやいや、都内だと、賃貸料払うよりローン払う方が断然安いんすよ、今は。という主張は、当然成り立たない。


20歳前後の子どもしか考慮されていない大学の規定では、まったく当てにならないと諦め、調べまくる。


かろうじて自治体がやっている社会福祉就学者向けの貸付を発見、締め切りぎりぎりで応募。

このたび貸してもらえることになりました。よかった。


学業を諦めるのは簡単。休学して一度働けばいいじゃん、という主張も正解。

でも、今の私のチャンスを応援してくれる人がいる。

それに応えるのが、私の仕事だと思っている。