システムがキーワード
福祉を学び始めてみたけれど。
ゼミ。卒論。ともなると、あまりに広いその興味をキューっと絞りこんで掘り下げていく必要がある。
私の関心事。
子どもと母親、その両方の成長についての関係性。
「欠損家族」という違和感極まりない言葉の社会的背景。
子どもが健全に育つための「家族」の最少構成員数。
ある個人を「障害がある」と定義することのメリットデメリット。
相手に「寄り添う」介護技術とは。
ニートになることの(社会全体の損は既知なので無視して)本人の成長への影響。
介護してもらうことを恥としたり、当然と考えたりする心情の背景。
介護に対しての考えの世代間ギャップに、どう社会制度が対応していくのか。
などなど。きりがない。
全部福祉の問題として検討できる話題だと思います。
んーー。。って思ってて。
まじ、どーしよーかー。って悩んでたんだけど。
今日、ある授業を聴いたのと、新聞である女性の記事を読み、
「私の関心事は、システムである」のだろう、と考えるようになりました。
私が以前学んだのは、皆が暮らす「まち」をハードやソフト両方の面からシステムとして捉えて問題解決を図ろうとする分野でした。
その後社会人としてやってきたのは、いわゆるIT。情報システムという分野。企業の利益を向上させるためにコンピュータを効果的に利用して業務革新をしていき問題解決を図る。
でもって、福祉。これもやはり、システムとして考えたいな、と。
そんなキーワードで、私の人生が繋がっていける気がします。
ってことで。最終理想論としては福祉社会システムを考えたい。
*俗な言い方をすれば「皆が幸せな社会」を目指したいわけよね。
そして、そのための一歩として、社会システムの最小単位といえる「家族」というものにターゲットをおいて、関係性・役割・歴史・社会制度 などなど勉強していけると面白いな、と。
1つ1つは目新しい研究素材ではないけれど。
システムという考え方を取り入れた歴史はまだ浅い。私自身の生い立ちや、異分野での経験が活かせることがあるかもしれない、という期待もあります。
もし、敢えて今までの「まちづくり」や「情報システム」と異なることを挙げるとしたら。それはちゃんと個々の人の顔が見える程度の客観性でありたい、ということ、かな。
すべての個々の人生を応援していけるのが、福祉だと思う。
だから、社会システムを考えていくときにマクロな視点が必須なことは当然なのだけれど、私はマクロ過ぎないで一人ひとりの個別性が保てる程度の「引き具合」で課題に取り組めるといいな、と考えます。
そんなこと(ある意味中途半端なスタンス)が出来るのも、学生の特権、って気もするし。
履修授業の選択って難しい
後期の履修登録。
編入の私は、専門科目は1年生の授業から3年生の授業まで、一応どれでも履修する権利があります。
とりあえず、卒業要件を満たすための授業を最優先に考えるわけですが。
教職も一緒にとってしまおうと考えている私の場合、それらを加味すると、「必要な授業」だけで、年間の最大履修可能科目数に達してしまいます。
つまり。
ほかに「あ。これも楽しそうダワ」なんて思っても、取れないわけです。
むむむ~。。
せっかく総合大学に来ているのに、ほかに興味ある分野の授業を取れないなんて、カナシイ。
まぁ、ほかに興味ある授業、として、教職の授業を受けているのだ、と考えれば、十分沢山取れてはいるんですけどね。
1つ欲が満たされると、次はもっとこうしたいのに、、なんて新しい欲が生まれてしまうもんですよね。
授業の選択って難しい~。
賢く学生を黙らせる手段って
ある講義の初日。
学外から来てくださっている先生は、看護学の専門家。長く看護士として現場にいらっしゃる現場のプロでもあります。
一方で受講する学生は、初めての先生の場合はやっぱ様子をウカガウのね。
一昔前は、様子をうかがうっていうと、しーんと静まり返ってジーっとどういう先生なのかを観察するのが普通だったような気がするんだけど、最近は違うみたい?
「とりあえず自分たちの好きなように過ごしてみる。怒られなければずっとそのまんま。怒られたら、その怒り方をみて、その後の対応を考える」みたいな方法をとる学生が結構います。
で、今日もそんな感じで、おしゃべりを楽しみながら先生の話を聞く面々。
先生はどーするのかなー、と、古い時代の私はジーっとみていたら。
「そういうわけで、足関節の可動領域が、、うんぬんかんぬん」と、”はじめて授業を受ける学生が知るはずもない専門用語”をわざと使って説明し、学生がどう動くかをウカガイ始めたのでした。
さすがプロ。
学生の行動にはまったく動じずに、学生を観察し始めたわけです。
「わかるー?そ・く・かんせつ。足の関節のことよー。知らなかったら私の説明にストップをかけてでも質問しないと理解できないわよー。」とかいいながら。
そしておそらく(うむ、今回の学生たちにはこの技が効果的だわ)と思ったのでせう。
その後徐々に先生の話はペースを上げ、(おいおい、どこで息継ぎしてるんだよっ。)とツッコミたくなるくらいのスピードに。
たとえると、声質は小宮悦子風、でも速さは黒柳徹子風、に一気に専門的な解説をしていきました。
その息継ぎのない勢いのある解説が終わった途端に何が起きたか?
「おぉーーっ。」
、と低い感嘆の声というか、ため息というか、が多くの学生の口から出て、教室中に広がりました(笑)
つまりは、「この先生、なんだかスゲーっ」と思われたわけですな。
プロとして、学生にも認められた先生は、その後の授業も完全に先生のペースで進められたのでした。先生が自分の身体を指しながら動作の説明をする際には、一番後ろでおしゃべりばかりしていたはずの学生が、(その位置では見えないために)イスの上に立って見たり。
先生の勝ち。
学生の心をつかむのは、現場で様々な看護士や患者さん達を取り纏めていらっしゃった方からすると、オチャノコサイサイ、なんですかね~。
スバラシイ。
こんなこと書くと、「そうか、専門用語で一気にまくしたてればいいんだ!」と勘違いする先生とかもいるかしらー?当然違いますので、あしからず。
社会福祉分野の成長には
社会福祉を学んでいて、一つしっくりこなかったこと。
「社会福祉を勉強しているんです」というと、決まって
「どの分野?」と聞かれます。
そして、そう聞いた方の頭の中の”どの”というのは、
「児童福祉?障害者福祉?高齢者福祉?」という3つです。
私自身は、答えるときに面倒くさいなぁと思ったら、
「児童福祉です」と答えます。
どれ?って敢えて選べと言われたら、それだから。
でも答えつつ、とても違和感がありました。いつも。
で、あるとき、学校の先生と話をしているときに、
やっぱり同じ質問をされたので、
「先生なら、私の疑問を受け入れてくれるだろう」と思い
「何で3つに分かれるんですかね?」って聞いてみました。
もちろん私も、児童、障害者、高齢者それぞれに特徴があり、
独自の研究や政策が必要なことはわかります。
そんなことを言ってるのではなく、
「なぜ、助けが必要な人についての研究をすることが社会福祉」
みたいになってしまうのか。
「なぜ、社会全体がターゲットにならないのか」
が不思議なわけです。
そりゃ社会学だ、行政学だ、っておっしゃる方もいるでしょうが。
でも、それぞれの学問分野が成熟すればするほど、それらの領域は
近づくであろうし、何より現実の社会が成熟すればするほど物事は
複雑化し、あらゆる分野との協働が必要になります。
その意味で、社会福祉という分野は、これまで以上に「社会全体」
との繋がりが模索されるべきではないかと思うのです。
えーっと。話の導入部分が長すぎますね。
実は私、以前の専攻分野が都市計画でして。
「区の都市開発計画」とか「駅前の整備」などなど、
1つ1つの建物のこと(いわゆる建築)ではなく、
「まち」という単位をどうしていくのか、ということに
ついて考えていく勉強をしていました。
その際、どうしてもハード(建物や道路など)に偏りがちな
部分がしっくりこなくて、職業としては選びませんでした。
時が過ぎ、今は「まちづくり」に対して福祉の視点が
必須な時代になりました。
最近 私が以前いた研究室の先輩方と話す機会があったときに
「高齢者向けに、まちを循環するバスを通そうとしている
んだけど、、。」なんていう話題をいただいたこともあります。
ハードの分野の人々が、どうやって人々に近づいていくのかを
必死に模索しているのです。
これはぜひ、福祉の分野のプロと、ハードの分野の人々が
協働していくべきだと思います。よね?
でも聞いてみたら。
ハードの分野の皆さんが話す相手は、役所の土木や都市計画の担当。
福祉の分野の皆さんが話す相手は、役所の福祉や総務の担当。
接点がない、のだそうです。
なんぢゃそりゃぁぁ、と思います。
でも、それ以上に「福祉の分野の人で、社会(政治経済経営など)の
ことを、異分野の人々と一緒に議論できる人たちってどれくらい
いるんだろう??」って考えると。
なんだかとても少ない気がしています。
おそらく議論をしても、「児童福祉の分野では、、」とか
「高齢者の場合は、、」と、すぐに自分野の話に繋げてしまうことでしょう。
「これからのまちづくり」について、ある専門分野のご意見番としてだけ
ではなく、メインの議論に加われるような人が、社会福祉分野からも
出てきてほしいなと思います。
余計なことかもしれませんが、
そうでないと、社会福祉を研究あるいは学ぶ者の地位もあがらないと思うよ。
新学期がはじまりました
今日からいよいよ新学期。
学校は学生でいっぱい。そりゃそうか。
どんな授業を履修するか、ってことで話題は持ちきりなんだけど。
私の場合は、取る科目数が多い都合で、1年間の分は春に全部決めてます。
ちうわけで、なんとなく余裕~。
春は ”何をすればいいの?”ってことから始まって
すべてが疑問、疑問の毎日で、バタバタ、バタバタ。
でも、今期はさすがに慣れてきました。
はい。今学期も頑張ります~。