自分のペースで学びたい
たまたま同じ学科に、同年代&同じく主婦業兼務の女性が入学していたので、割と普段から親しくしたのですが。その友人は主婦歴が浅いこともあり、完全に家事重視。かつ、どうやら元々短大出身で(偏見ならごめんなさい)、大学も「授業をまじめに受けてることが大事」と思ってたみたい。「単位さえ取れればいい」そうで、習ったことを復習することもなければ、自ら深く学ぶという姿勢が全然なかったのね。というわけで、レポートやテストの時期になって急に焦っていました。
「単位」だけが目当てなら、いまどき、レポート代筆のバイトでも雇うなり、割り切って過去問暗記に専念するなり、いくらでも楽する手はあるだろうに、そういうのは「いけない」と思っているらしく。自分でやろうとして、6月後半になって、毎日のように私に聞きに来るように。
でもさー、助けてあげたいのは山々だけどさぁー。
さすがに私だって、家のことあるし。教職課程も取ってる私は、ただでさえ彼女よりも10単位近く履修科目が多いこともあって、(6月前半までならまだしも)この時期になって「レポートの書き方」とか「学校のパソコンの使い方」なんてところから世話をしている余裕はなく。でも哀しそうな顔でせまられると結局可哀想で無視もできないので対応してたら、段々ストレスになってきてしまいました。
まじキレそうになったのは「トコトコさんは器用でいいよね。私なんか不器用だから、全然駄目~」というエセ謙遜な台詞。
(ハナから勉強してない人間が、不器用だからという言葉を言うなぁ!)と面と向かって言えずに飲み込んでしまう私の方が、よっぽど不器用だわ、と思うのでした。
昔っから苦手なのよ、こういう人の対応が。私。
なんだかんだ、結局 自分のことは後回しにして世話しちゃってたタイプ。。。
でも今回は体調的にもほんとムリ。
ストレスで、私自身がレポート課題の本を読むことすら出来なくなってしまい。
泣きながら旦那様に相談したら「そんな友達は、はっきり迷惑だと言って、切っちゃいなさい!」との指導が。
まぁ、究極はそうするしかないとしても、現実の話、キャンキャン泣いてる犬をさらに崖から落とすようなことは出来るだけしたくないので、とりあえず保留。
、で、翌日学校の友人2人(こちらは20代)に相談。
そしたら、いっぱいいっぱいな私の状況を他の友達に知ってもらったことだけでも、急に随分キモチが楽になりました。不思議なもんだよね。
で、旦那様が最初にくれたアドバイス。助けを求めている彼女は、「助けを求め上手」なわけで。だったら私が助けなくても、実は誰かを上手に使って頼ることもできる。トコトコが自分を犠牲にしてまで無理して世話してあげることはないよ、という言葉に「そうだよね」と妙に納得できる余裕が出来ちゃいました。
そっからは、何とかまた本も読める集中力が戻り、レポートも書けるように復活。
せっかく学びたくて通い始めた学校だから。
最低限の自分のペースは乱さないように、でもって余裕があるときにはまた友達とも助け合いながら、楽しく過ごしていきたいなぁぁ、と思うのでした。
全ての試験終了まで あと1ヶ月。
頑張るよ~!!
文系だから、ってーのは言い訳ちゃう?
社会調査をするための方法論の授業っていうのがあって、分析をするためにさいごにちょろっとだけ数式が出てきます。
私が学ぶ社会福祉は、文系に属するらしく、結果、「平均を出す数式」なんていう中学生レベルの数学にも、皆、当然のように数式にアレルギー反応を示します。
こんなところに、日本の福祉が遅れる原因を感じます。
社会福祉の問題に立ち向こうとしたとき、問題を客観的に追う力は不可欠。
なのに、社会福祉の分野に関わる人のほとんどは文系で、数式が伴うような分析を受付けないのです。
大問題ぢゃぁありませんか!
数学ができないとだめ!って意味ではありませんよ。
数式にアレルギー反応があってもいいんです。
でも、だからといって、社会調査は苦手だとか、やりたくないと避けるのは だめだと思うのよ。
そんなんで社会福祉を勉強して、何をどう解決していくつもりなの? と疑問。
しかも数式が出てくるのは最後の最後の分析のところだけで。
それまでの9割は「調査方法の種類」なんていう言葉の説明や理論の解説です。
なのにそこんとこですら「何言ってるんだか、さっぱりわからない」と皆が口を揃えます。
社会調査=理系の授業、という勝手な思い込みが、彼女たちの思考を完全に止めてしまっているわけですね。
「文系だからわからない!」っていうけどさー、理論理解は君らの得意分野のはずぢゃんかぁ~!
データからその数字の意味を読み取る力、は、国語力なんじゃないの??
心の窓を開いて、まずはトライしてみる気持ちが大切ですねん。
がんばろぉよ、みんなぁぁ。
そしてもう一つ。
社会に接している分野の勉強には、理系も文系もない、と思います。
経済学部とかは、割と昔から理系の人もいる方だけどね。
心理学や社会学にももっと理系の人がいていいはずだし、福祉だって理系の知識が活かせる分野ですよ。
何でも 文系、理系、なんていうおバカな二分は止めよーよね、そろそろ。
焦っただけよね、きっと、、
旅行先から帰った義父母から「おみやげ取りにおいで~」とお誘いがあったので、わーい♪と歩いて向かうある日の夕方。
すぐ近所のレストランが閉まってる。
へー、今日はお休みなのね、と何気なく読んだ看板の文字に違和感が、、、。
「日本のディナーはお休みさせていただきます」
ん???
日本のディナー?
確かにこのお店はイタリアンだけど。。。
「本日のディナー」よね?きっと。
焦っただけ、よね?きっときっと。
レポート徒然
大学の先生で、レポートの書き方について「お前ら(学生のこと)、レポートの書き方も知らんのかぁ!」とカツを入れる方が結構います。
いやはや、そんなこと言われてもたぶん大半が知らんよね。
高校までの授業でそんなこと習わないし。日本は、学校以外で必然性がなくても自主的に学ぼうなんていう意思が生まれるような教育制度でもないし。
まぁ、怒ること自体は「まずはレポートの書き方くらい勉強しなさい」という教えなのだと思うので、私は全然問題ないと思うのですが。
何が学生を混乱させるかというと、その「最低限大学生の基本だ!」とまで言われるレポートの書き方が、先生によってかなり違う、、という事実。
ある先生が「表紙がないレポートなんてレポートじゃない!」と言っていたからと言って、別の先生がそう考えているわけじゃなく、「表紙なんてつけてどーする!」と怒られたりするわけですね。
つまり、先生が言うところの「基本の書き方」というのは、先生が師事した教授の好みの書き方であったり、その当時の”レポートの書き方”という本にたまたま書かれていた書き方であったり、所属する学会での提出ルールとしての書き方、でしかないわけです。
結局、いろんな先生の授業を受ける学生側は、どう書いても必ず一回目は怒られる。
一度大学生活を経験済の私的には、「先生によって好みがあるのは当然」なので要所になりそうなところだけ先に質問したりして、無難にこなそうとするんですが。まだ純な1年生や、以前の学校でレポートというものを書いたことのない編入生友達とかは、「え?!どうすればいいの?どうやって習えばいいの?」と素直に混乱中。
せめて大学内で標準レポート形式を決めとく、ってくらいのサービスがあってもいいのかも?
ま、でも、「世間の言う標準がいかにいい加減なものか」もしくは「世界標準のない物事の いかに多いことか」を知るには、このままがいいのかも。
ルールがないと生きていけないようでは、人生おもしろかないやぁねぇぇ。
学食でカミソリって、、
お昼休み。
急いでいたこともあり、学食でささっと食べてささっと出ようと思い、カレーを注文。
一番てっとり早く1つ空いてた席のところで、目の前の女子学生さんに「空いてます?」と声をかけて座りました。
ここまではフツーでしょ。
カレーももう半分以上食べ終わった頃。
目の前に座ってた女子学生さんがおもむろに折畳みの鏡を取り出しました。
彼女は限りなくすっぴんだったので(あ、お化粧するのかしら~)と思ってたんですけどね。まぁ、それもちょっとどーかとは思う行為ではあるけど、これはまだイマドキなのね、で済ませておきましょう。
彼女はなんと、おもむろにカミソリを取り出し(T字ではありません。まっすぐなやつ)、眉毛を剃って整えたり、口周りの産毛を剃り始めたではありませんか!
ここ食堂だしー。
皆食べてるしー。
いやー、百歩譲ってOKにしたとしてもさー。
すぐ後ろの席の人が(例えば)今すぐ席を立とうして椅子を引いたりしたら、彼女の椅子に当たって、彼女は血まみれですよ!!
きゃぁぁ~!見たくなぁぁ~い!!
彼女はそんな私の恐怖の眼差しには目もくれず、淡々と作業を進めておりました。
途中で友達に声をかけられたときには「うちのママがね~、」とか「パリから一人で帰ってきたときの飛行機がねぇ、、」なんて話をしてたので、経済的には割りと恵まれた環境で育ってきたっぽいんですけどね。残念ながら何かが欠けた環境で育っちゃったのね。。