海へと溶けたあの日の景色 | 雑踏水族館 -Crowd Aquarium-

雑踏水族館 -Crowd Aquarium-

日々の出来事や創作物を展開しています
是非、覗いていってください

呆然とここに立つ

見つからない、全然見つからない



何度ここに来ただろう

何度この夕日を見ただろう

何度ここで叫んだだろう


水面には燦々と光が揺らめいている

かつて、ここで見た景色と何も変わらない

綺麗で幻想的で、いつまでも眺めていたいと思った


今もそうかと聞かれたら、私は即答できないだろう


景色は何も変わらない

ここに敷かれた砂も何も変わらない

唯一変わってしまったこと、それは、弟がいないこと



あの日、連れ去られた

この綺麗な海に、この、綺麗な海に


もう助かっているなんて思っていない

どれだけ年月が経っているか

それを考えれば、彼が助かっていないことなんて分かってる


分かっているけど、認めたくない

認めてしまったら、もう帰ってこなくなる気がする


どんな形になってしまっても覚悟はしてる

たとえ汚れてしまっても大丈夫

だから、だから早く帰ってきてよ


アンタが攫って行ったんでしょ

早く返してよ!


そんなことを何どもこの海に叫んだって無駄なのは分かってる

海が悪いわけじゃない

そんなことも分かってる



でも、この感情を誰にぶつければいい

海以外、何にぶつければいい



何度も喧嘩をした

何度も叱った

何度も嫌いになった、でも


でも、それ以上に彼といつも一緒にで楽しかった

幼少からずっと一緒だった


もう一度、話したかった

もう一度、抱きしめたかった


そして、一度でもいいから、生まれてきてくれてありがとうって、生きているうちに言いたかった


砂浜に膝を付き、泣き崩れる

海に溶けた私の涙が、いつか彼の元へ届き、帰ってきてくれると信じて


この心(みみ)で聞こう

彼の“ただいま”の一言を

私は彼を叱ろう

“こんなに長い間何処へ行っていたの”って


そして言うべき言葉を掛けよう

“おかえり”と


それまで私は待っている

いつか一緒に見た、この景色と共に