記憶の中のイメージについての回想、とクルマのことも。 -4ページ目
今日は、会社を出るのが早かった。
おかげで乗り継ぎの電車で座ることができた。
ベンチシートに腰掛けると、ぼくは文庫本を広げた。

「砂の女」 安部公房

もう少しで世も終える。いや、読み終える。
これを読むと、妙な浮遊感に襲われ、現実から引き離される。
気分が悪くなる。これは、まるで自分のことのようだ。

隣に女性が座った。感じのいい人だった。
特別、美人でもないが、品がよくどことなく芯が強そうな。
服装は、いまどきの女性という印象で、アクティブでフェミニンな。

ふわっとした、透明感のあるスカートだった。膝丈ぐらい。
座ると、膝頭が覗いた。
彼女は腕組みをした。
ぼくのほうへ突き出た右手の薬指に、指輪が光っていた。
ハードでロックなデザインだった。

ぼくは1ページぶんほど読み進めると、だるくなってきて本を閉じた。
そのまま目を閉じ、気を失ってしまった。
たぶん寝不足。きのう夜更かしして「砂の器」を何話か立て続けに見たからだと思う。

うとうとしながら、右となりの女性へ倒れそうになった。
何度か腕と腕が触れた。やさしく。
気付いたら数駅ほど過ぎていた。
隣の女性も眠っていた。

目を落とすとスカートがすこしめくれ上がっていた。
セクシー。
さらに、膝頭が離れていた。

白い素肌に青筋の血管が薄く透ける。
デンマークの磁器のような透明感、美しさ。そして儚い。

生々しさとは無縁な、清らかな妖艶さがそこにはあった。
そして、対面に座る一対の視線もそこに向けられていた。

薄いまぶた、と歴戦の兵を思わせる紳士がまどろんでいた。
何を考えるでもなく、ぼうっと見つめるその先に。
吸い込まれそうな。

僕は、その白い素肌に挟まれたわずかな空間に、永遠の美しさを感じていた。
まぶたに焼きついて、はなれなかった。

紳士は、表情一つ変えず、時たま視線を外し、また視線を注いだ。
瞳だけを向けて、視線を流して。


ぼくはその冷たく、何かを奪い去るような視線から、彼女を守りたかった。
あの紳士は、何一つ変わらぬ表情の下で、彼女を痛めつけているに違いなかった。

でもそんな完璧なポーカーフェイスが、うらやましくもあった。





車体色 アルファシルバー

知的なクルマだった。
アルファは熱いかと思ったが、意外にクールだった。

仕事はきっちり、したたかに。
ここぞとばかりに鞭打てば快音を響かせる。
強靭なボディーと、ストイックな印象のエンジンが組み合わさった159は、目隠しをされて乗ったなら、おそらくはドイツの生まれだと勘違いしてしまうのではないか。締め上げられた足回りと、路面からの入力をしっかりと受け止める硬い体と、アスリートのように鍛えられえた心臓。これを操るドライバーは、相応の頭脳を持ち合わせているのか。

週末の真夜中。湘南海岸を走る車はまばらで、エッジの切り立ったボディラインと深い造形のフロントマスクを持つ159は、湿った空気を切り裂いて突き進む。静かに、やさしく。

打ち寄せる波音の中を、ギリシャ彫刻が駆け抜ける。
そこには花火も、浴衣も、髪を結った女もいらない。
走るだけで、絵になる。
イタリア製セダン。

大人なクルマを印象付けているのは、ジウジアーロデザインのセンスの良い外観でも、良い落ち着いたインテリアでもなく、完成度の高いエンジニアリングがもたらす知的なドライビングフィールだ。

剛性感が高いステアリングに伝わってくる路面情報は、緻密で高い安心感をもたらす。エンジンは、低速から豊かな力を生み出し、回転はスムーズに上昇する。そのビートは耳に心地よいリズムを刻む。シフトフィールにも高級感があり、瞬時に変速が完了する。ブレーキはコントロール性が高く、思い描いた通りに仕事をこなす。アクセル、ブレーキ、ステアリング、シフトのどれをとっても不満はなく、ドライバーの想いをクルマにきっちりと伝え、クルマもその要求に正確に応える。


連続したカーブが迫り、それに挑もうするドライバー。
減速も十分でないまま、急カーブに飛び込む。
アップダウンが続く中、ステアリングを切り込み、アクセルペダルを踏みつける。

そんな無理なドライビングも、159は平然とこなす。タイヤの鳴き声も、走行ラインのぶれもなく、何事も無かったように走る。
まるで急カーブなどなかったかのように。

自分の運転スキルが上がったかと錯覚してしまうほど、クルマの完成度が高いため、気付かないうちにとんでも無い速度域に到達してしまっている。そんなことを繰り返してもなお限界に到達しないために、今度はドライバーのほうが限界に達してしまう。クールダウンが必要なのはドライバーのほうだった。


結局、最後までその力のすべてを引き出すことはかなわなかった。それどころか無理を強いて限界を探ろうとすると、「そんなに急ぐ必要がどこにある」と、諭すような反応さえ見せる。スローな人生でも提案しているのか、159よ。


各段にクオリティが高まったアルファは、熱い心とそれに応えるだけの器を手に入れた。自己主張は控えめながら、要求されればきっちりと仕事をこなす有能な相棒。コーナリングでの限界も高く、なおかつ大柄なボディのはずなのに、まるで小さなスポーツカーを運転しているかと錯覚するほどに心地よい一体感をもたらす。

159との濃密な対話にアドレナリンが放出し高揚感が体を支配する。どこまでも走り続け、すべてを忘れてしまいたくなる。
砂浜が白み始めていた。


懐の深い、ダンディーな紳士。
ドライバーにも、それを要求する。


車体色 ブライトカッパー


銀座を走ったけど、このモデルはすでに都会の街には溶け込んでしまっていた。
ムラーノはすでにはびこっていたのだ。

唯一の救いは、遠くからでもよく見える車体色だった。
明るいオレンジ色はムラーノの別の側面を際立たせる。
他の色には出せない、妖しさや正体不明な色香をかもし出す。
デザインのポイントは、なまめかしさとは正反対のクリーンなエロさにあると思う。
出身地が不明な印象を受ける危険さと、でも試してみたい衝動とが合わさって興味をそそる。

ムラーノは速い。
クールに加速する。
3500ccの排気量がもたらす加速力と、CVTによるシームレスでスムーズな変速。

2輪駆動車との比較試乗は行っていないので、評価はできないが
四輪駆動車の走行安定性はしっかりしたものだった。
特に高速走行時には、何の不安も無く車線を縫うように走ることができる。

前方の走行車両を、レーストラックのパイロンのごとく抜き去るような、下品なドライビングも簡単にこなしてしまう。


北陸の海岸沿いのサービスエリアに停めて
岩のりうどんをすすった。

平日のパーキングには、オレンジ色の車はこの1台しかいなかった。
注目度が高かったのは、周囲のひとがおじさんやおばさんばかりだったからだけではないだろう。

大きくて目立つこの車は、銀座では埋没してしまう存在かもしれない。
でも、どこかの地方都市に行けば、注目の的になる。

そうはいっても自分は、
都会的な風景にも
自然がたくさんあって、閑散とした地方都市にも
風景の中に溶け込んでしまう不思議なデザインの車だなと思った。

ちなみに、シートの出来はあまりよろしくない。




Scheveningen

そのとき僕の目は 目の前にいる人 に釘付けになっていた。


駅に停車して一通り人の降り乗りが済んで、扉がしまりかけたときだった。

奥のほうから 黒いTシャツに黒いベースボウルキャップをかぶったお兄さんがせかせか出てきた。

あと少しだった。実に惜しかった。ホームまで残す邪魔者あと一人のところで無常にも扉、閉まる。

やっぱりサッカー選手みたいに次々と人をパスするってわけにはいかねえのかねえ。


図らずも最後の壁になってしまった ネクタイの緩んだニンゲン は後ろから迫り来る若き血潮の気配を察することはできず、すんでのところで降りられなかった彼はうなだれた。

その光景は微笑ましかった。平和だなーと思った。

触るとチクチク痛そうなヒゲと 細い金属フレームの眼鏡と 日焼けで炎症を起こしている腕と そこに巻きついている黒い文字盤の時計が 控えめな印象とあいまって記憶から消えていって欲しいと願わせる。そんな彼はおそらく30代。一極集中でエナジーを注ぎ込むタイプだろうか。でも、もう忘れた。



ところで、冒頭の 目の前にいる人 とは女性のことである。

始発駅で電車に乗り込んだあと、いることに気付いた。

年のころは若く見積もって40歳。もしかしたら50歳に近いかも。

上の話は その女性が降りた直後に起こったことなのでした。



男性は、齢増すごとに魅力的になると言います。

逆に、女性は新しい方がいいと言います。畳もね。


その女性は同年代と思しき男性と楽しそうにおしゃべりをしていました。

頬と目の周りが赤みを帯びており、その表情には瑞々しさがありました。

僕は、目を奪われてしまいました。

だって、かわいかったから。


きれいなひとなら、いくらでもいます。いくらでもってほどでもないですが。

かわいいって、言えるような人なかなかいません。あの年齢で。

年齢と言うか、衰えグアイというか、老けグアイというか。

垂れグアイというか、うまい具合というか。


目じりのしわや、口元のしまりの無さや、頬の垂れ。

決め手は白髪が混じっているのに豊かな髪と艶。

あれにはやられました。これがまたうまいグアイにカラーリングされていまして、優しさをかもし出しているんですよ。アップにまとめて、うなじが露出。

会話の中で見せる屈託の無い笑みの中に見え隠れする憂いを帯びた瞳に僕の心は奪われてしまいました。


あの年で、かわいさと色っぽさを併せ持つなんて反則ですよ。バイオレーション警告です。

通常は年を重ねるごとにかわいさから、大人の色気に変化していって、だんだん総合的な魅力ごと低下していくもんでしょ。

その人の中には子供と大人が同居していて、その二つが混然一体となって相乗効果で、年齢を重ねても魅力を失うどころか、年とともにさらに磨きがかかっていく感じなんですよ。恐ろしい。


子供と大人が同居してるなんて、聞くとすればアイドルとか若い女優とか、そんなもんでしょ。

同居なんてふつう、喧嘩の連続ですよ。うまくいくわけがない。

しかも子供と大人ですよ。親子でもなければありえませんよ。犯罪ですよ。


男性が先に降りて、彼女は静かになった。

目を閉じて窓によりかかっていた。

彼女が目を閉じていたおかげで、僕はじっくりその表情を眺めることができた。


どんな形容も意味を成さないのがくやしい。

せっかく記述しているのだから少しでも伝えられればと思うのですが、どうやら無理そうです。


あんな人は見たことがない。もう二度と遭遇はごめんだ。

「あぁ、そういえば前にあんな人いたなぁ」

なんて過去のことのように思い出すのは嫌なんです。

魅力的な人だったから、イメージはそれだけ完結してほしいんです。

あとから、それに関連して新しいイメージを加えたくない。

そんなことならいっそ、二度と思い出さないほうがいい。


その女性は、男性が降りた駅から2つ目の駅で降りていった。


僕は、読んでいた本を開いて、「60年代の名車 日野コンテッサ」 の記述を読み直し口元が緩んだ。

頭の中では あの女性 が浮かんでは消えてなかなか読み進むことが出来なかった。


そうこうしているうちに降りる駅を通り過ぎ、僕はひとつとなりの駅で降りて歩き始めた。

改札を出て、人もまばらな階段を下りた。時計を見ると日付が変わっていた。



最後にひとつ断っておきます。

「それって単なる熟女マニアじゃないか」

と言われれば、否定はできません。



VECTOR W8
「世界に19台、日本に2台のうちの一台が売りに出ていました」
S.I..S 2006 @   TOKYO BIG SIGHT


とある展示会にて。

名刺の入った名札を首から下げて歩いていました。
前から歩いてきた紳士が会釈をしました。何か言っています。
ですが聞き取れません。
この顔、どこかで見たような、見たこと無いような。

こちらはすかさず会釈返しっ、と思いきや後方から声がしました。
「あっ、どうも!」
私を見ていると感じられた前方の紳士の視線は、私の後方の青年に向けられたものでした。
紳士の目には透視能力でもあったのでしょうか。そうでも思わなければやっていられません。

もしもその時、球審がいたならば、私の会釈は微妙なところでアウトだったに違いありません。

そんなとき、はずかしい。
こんな思い出 パシフィコ横浜。


SHEREMETYEVO AIRPORT シェレメチェボという名の空港 (非参考画像)


ドリームジャンボを買った。

名前の通りのおっきな夢の飛行機、ではない。なかにはそんな人もいるだろうが。


バラバラバーラーで10枚買った。

そしたら売り子のお嬢さん(と言われなくなってかれこれ??年、と思われる)からポケットティッシュを手渡された。

「億万長者が152人」と書いてある。統計によれば、そのうちのおよそ150人が自らの人生を破滅させてしまうという。

ある銀行員が言った。「宝くじなんて、大きな金額が当たる人ほど悲惨ですよ。臨時収入ぐらいがちょうどいいんです。欲は出さないことですね」

うそです。


意味も無いのになんとなく「みずほフィナンシャルグループ」で買ってしまった私は、窓口に並んでお客の対応をしている行員たちをぼーっと見つめてしまった。それでもあなたは「お金」ほしいですか。

そう聞くとどんな答えが返ってくるのだろう。その答えは「NIPPON GINKO」の行員に聞いても同じだろうか。背広姿で自転車を一生懸命漕いでいる信用金庫のお兄さんに聞いても同じだろうか。

果たして銀行員は「ドリームジャンボ」を買うのだろうか。


宝くじを買ってこんなことを考えるとは思いもしなかった。

今までは、「当たったら何に使うんだろう」がメインで、あとは「人生破滅しないだろうか」がサブだった。

それはやっぱり今でも変わらないのだが、ちょっぴり変化があった。


トリップ中に、あれやこれや買っても結局100万円から200万円あれば済んでしまう。現状の生活水準で欲しいものが限られているから、「欲求の飛躍」ができないのだ。まあ、家は別だがね。


頭の中で妄想を膨らませて前頭葉を喜ばせても、白目をむいてよだれをたらすだけで、どうせ買わなきゃ当たらないんだよなあ、で終わってしまう。買わないで来たのである。

それが買ってしまうと面白いもので、毎日妄想が暴走するようになる。

買ったんだから当たるかもしれない。当たらないだろうけど、まっそれはおいといて。家買おうか、なんて考える。あー、あほらし。でも、あの香水くさいシェレメチェボ空港にはもう一度行ってみたい。


3000えん出して、抽選日までの何日間かが、ちょっと違った毎日になるなんて。宝くじって不思議な紙だ。同じ紙でも「NIPPON GINKO」が刷ってる紙とは大違いだ。だって価値があるかないか、手にした時点では分からないんだから。別の見方をすれば、手にした人によってその価値は変化するともいえるわけで。


だから思う。受け取り方は色々あるだろうけど、自分で買った宝くじがこの先どういうことになるのか、それを考えるのが楽しみだと。夏に入るころにもらえる「お心遣い」があまりにもお気持ち程度でしかなさそうなので、ならば自分で「お心遣い」をば、と試みている次第であります。妄想です。


抽選の日に当選番号を確認してみると、みごとにハズレてしまった、とする。そして私は思うだろう。よかった、当たらなくて、と。で、たぶん「また買おうっと」と独り言を言っているに違いない。あー、あほらし。


デンハーグ


たとえばここが遠いところだったとする。
木々に新芽も見られない時節だったとする。

自転車に乗ってこの一本道の先まで行こうかなと考える。
この青いのはいかにも頑丈そうにできているな、と観察なぞしてみる。
その行為は、とくに意味はないように思える。

でもそれは、よくある自転車とはどこか違うような気もする。
かごもないし、なんだかハンドルのあたりがすっきりしている。
でもまあ、壊れているわけじゃなさそうなので、またがってみる。
で、こぎだした。

「もしそうなったら、危険信号。注意力散漫です」

風を感じて、気持ちよく走っていたとする。
そのうち、交差点にさしかかったとする。
もうそろそろ止まろうかなと思う。
思うというか、手が勝手にブレーキレバーを握る。
握る、ことができない。
この自転車にはブレーキレバーが無い。

さあどうする。
この自転車は至って正常だ。
どうやって止まるのでしょう。

まさか止まらない自転車、なんてことはない。
ちゃんと止まります。

たとえば、ここには大きい人が多かったとする。
大きな人は足が長いから、地面に足をこすりつけて無理やり止まる。
なんてことはない。
この自転車はそんな大昔の骨董品ではない。

へんな妄想は現実逃避とみなします。

こんな自転車があたりまえの所があります。
大きい人が多いところです。
遠いところです。

自転車に乗っているとき人はふつう、ハンドル、サドル、ペダルの3点で接触しています。
ということはこの3点で自転車を制御するわけです。
加速も、減速も、転回も、バランスも。
まず、ハンドルでは止まれないってことはわかります。
次。まさかサドルにブレーキがついてて、おしりで操作して止まるなんてことも無い。
残るはペダル。
ペダルをどうにかして止まるんです。

たとえば、その仕組みがコースターブレーキという名前だったとする。
その自転車はペダルを逆回転させて後輪のブレーキをかけて止まるとする。
どっちにしてもブレーキはあまり効かなかったとする。

でもスピードの出ない自転車だったので問題なかったりする。

実は 長谷川等伯を見たくて東博に行ったわけじゃないんです。
「ゲルマニウムの夜」を見に行って、一角座でチケット買ったら、東博のも付いてたからついでに行ったんです。
かなり前の話ですけど。
だから余計に驚きました。あの絵のすごさに。博物館出たあと、竹林どっかに無いかなって思いましたから。

それとは別に、すぐそばにあった東京芸大のところの東京文化財研究所黒田記念館 へも入ってみてきました。
黒田清輝ですよ。淡い印象で健康的な女性を描くあの黒田さんですよ。

そこで「湖畔」を見てきたわけですよ。えっちですねぇ。このひと。かなりいぃですよ。
湯上りのようなそうでないような。うちわを携えて視線をはずして。でもこっちが気になって。
胸元の開き具合から受ける印象とは逆に、彼女のまなざしからはその聡明さがうかがえます。
その差がうまい具合に私の心をつかむわけですよ。
そのとき決めました。
「タイプは?」と聞かれたらこう答えようと。

黒田清輝の湖畔、と。
残念ながらなかなか通じませんが。

上野はこれからの季節気持ちのいい散策コースですし、ただで入れる美術館としてはかなり満足感ありますぜ、ここ。


目の奥のほうから涙があふれ、瞳をおおい尽くす。そんな体験をしたことがある。
東京国立博物館にある長谷川等伯筆の紙本墨画松林図を目の前にしたときだった。

私の両の目は、その水墨画を一枚の絵画としては認識しなかった。静止画であるはずのそれが、霧の中で絶えず風に揺れ続ける松の林として目に映り、ひとつの風景がそこにあるようだった。
濃霧の中に霞む弱々しい松林が、横切る霧の濃淡によりその見え方を絶えず変化させている。しなる幹が左右にゆれて風の強さを感じさせ、吹かれる枝葉が互いに擦れ合う音がしているようだった。

私はその展示室に入ったとき、「筆ひとつでこんなことができるのか」と身震いがした。私の両の目は眼前にあるものを懸命にとらえようとした。しかし自らではとらえきれるものではないと感じたのか、突如眼球が振動し涙を流し始めた。私は動揺して、目に映る光景を理解しようとした。一端、頭の中で整理しようと思ったが、目の前の圧倒的な存在感に心を奪われ、長い間まぶたを閉じられずにいた。結局落ち着くまではかなりの時間がかかったが、この風景画が伝えてくるものは心を揺さぶる臨場感そのものであって言葉ではないと、そう考えるようになってようやく自分の感覚に落とし込めたと思える。ここまでおよそ三週間だった。つまりそこまでの作品だったということか。

水墨画の頂点を極めたひとつの作品のために展示室は薄暗くされ、霧と松林の中にいるような感覚を味わえるようになっていた。全体像を眺められる位置にはソファーがありじっくりと鑑賞もできた。館全体的にみて、その一角だけが異様な空間で人々が立ち止まり、無言で見入っていた。いや、魅入られているのかもしれない。だからこそ人はそこから動こうとせず、次に行かなければならないことを悲しく感じたのではないだろうか。現在、平常展での展示予定は未定である。

松林図屏風(しょうりんずびょうぶ)
東京国立博物館 所蔵
6曲1双
紙本墨画
長谷川等伯筆(はせがわとうはくひつ)
各縦156.8 横356.0
桃山時代
国宝

映画『ゲルマニウムの夜 The Whispering of the Gods』 を見た。

東京国立博物館敷地内に昨年十二月に開館した映画館「一角座」でだ。
わざわざ独自で映画館をひとつ立ち上げるほど気合の入った映画だ。
現在日本の腐敗した映画界を再生させるためには固有の場所が必要だったのだ。
製作総指揮の荒戸源次郎氏の思いは強く、深かった。

公開に至るまでの話を知れば、この映画館に行って見たい、この映画を見てみたいと思うだろう。
この映画の原作が花村満月の芥川賞受賞作である『ゲルマニウムの夜』であることを知らなかったとしても。
私は、そのような特異な経歴を持って誕生した映画館に行って見たいと思った。
原作の小説を読んだことはなかったが存在は知っていた。
しかし私にとって上映される作品が何であるかは大した問題ではなかった。
私は「一角座」へ行って映画を見るということをしたかった。

そのような考えで館内の座席に着いた私は、その時点でもうほとんど満足していた。
あとは目を開けて二時間弱の間ただ座っていればいいのだ。
しかし始まるまでの間に目に留まったものがあった。
館の造りだ。
明らかにコスト重視とわかる内装は、鉄骨むき出しで外部と隔てるものも金属のパネル一枚ではないかと思われ、工期も相当短かったであろうことがうかがえた。
そのことは私をがっかりさせるどころか、反対に感銘を与えた。
それほどまでして、この映画を上映し、映画界を変えたいのかと。
強い思いが感じられた。
大きなスポンサーをもつけずにここまでたどり着くには苦労と困難という言葉をいくつ記さねばならないだろう。
そのときまではさほど期待もしていなかったが、上映開始直前になってようやくこの映画をしっかりと受け止めてやろうという気になった。




映画館を出るときに、これは見る価値のある映画だと思った。
その思いは冒頭の印象的なシーンから終わりまで続いた。
他の映画と違う。
他と違う映画館で上映しなければならないものだ。
そう思った。

端的に言えば、衝撃的な映像が連続する内容だ。
種類は別として感情を強く喚起するもので、見て無感想の者はいないだろう。
しかし主人公の根底にある素直な気持ちがわかれば、作中の常軌を逸した行動や社会も理解できる。
それはもしかしたら私のような、この映画に外枠から興味を引かれた人間だけが思うことかもしれない。
花村満月ファンはまた違う視点をもって見るのかもしれない。

誰にでも薦められるものではない。
そんなことを言ってもどうにかなるわけでもない。
見る人は見るのだ。
しかし半年間上映し続けるとはいえ、座席数百では良くて五万人、悪かったら三万を切るかもしれない動員数にすぎない。
これで映画界を変えられるのか。
私にはわからない。
わからないが見てよかったと思う。
よく言う大スクリーンとか音とかいう設備や鑑賞環境などが理由ではない。
ひとりの映画人の思いの詰まった「一角座」で見ることが、この映画を見るということと切り離せないと見終わって感じたからだ。
付け加えるならば、土曜日と日曜日は製作者と監督と出演者が、上映終了後に一言二言語ってくれることも、この映画が見る側と一体感を感じられるひとつの理由だと思う。