そのとき僕の目は 目の前にいる人 に釘付けになっていた。
駅に停車して一通り人の降り乗りが済んで、扉がしまりかけたときだった。
奥のほうから 黒いTシャツに黒いベースボウルキャップをかぶったお兄さんがせかせか出てきた。
あと少しだった。実に惜しかった。ホームまで残す邪魔者あと一人のところで無常にも扉、閉まる。
やっぱりサッカー選手みたいに次々と人をパスするってわけにはいかねえのかねえ。
図らずも最後の壁になってしまった ネクタイの緩んだニンゲン は後ろから迫り来る若き血潮の気配を察することはできず、すんでのところで降りられなかった彼はうなだれた。
その光景は微笑ましかった。平和だなーと思った。
触るとチクチク痛そうなヒゲと 細い金属フレームの眼鏡と 日焼けで炎症を起こしている腕と そこに巻きついている黒い文字盤の時計が 控えめな印象とあいまって記憶から消えていって欲しいと願わせる。そんな彼はおそらく30代。一極集中でエナジーを注ぎ込むタイプだろうか。でも、もう忘れた。
ところで、冒頭の 目の前にいる人 とは女性のことである。
始発駅で電車に乗り込んだあと、いることに気付いた。
年のころは若く見積もって40歳。もしかしたら50歳に近いかも。
上の話は その女性が降りた直後に起こったことなのでした。
男性は、齢増すごとに魅力的になると言います。
逆に、女性は新しい方がいいと言います。畳もね。
その女性は同年代と思しき男性と楽しそうにおしゃべりをしていました。
頬と目の周りが赤みを帯びており、その表情には瑞々しさがありました。
僕は、目を奪われてしまいました。
だって、かわいかったから。
きれいなひとなら、いくらでもいます。いくらでもってほどでもないですが。
かわいいって、言えるような人なかなかいません。あの年齢で。
年齢と言うか、衰えグアイというか、老けグアイというか。
垂れグアイというか、うまい具合というか。
目じりのしわや、口元のしまりの無さや、頬の垂れ。
決め手は白髪が混じっているのに豊かな髪と艶。
あれにはやられました。これがまたうまいグアイにカラーリングされていまして、優しさをかもし出しているんですよ。アップにまとめて、うなじが露出。
会話の中で見せる屈託の無い笑みの中に見え隠れする憂いを帯びた瞳に僕の心は奪われてしまいました。
あの年で、かわいさと色っぽさを併せ持つなんて反則ですよ。バイオレーション警告です。
通常は年を重ねるごとにかわいさから、大人の色気に変化していって、だんだん総合的な魅力ごと低下していくもんでしょ。
その人の中には子供と大人が同居していて、その二つが混然一体となって相乗効果で、年齢を重ねても魅力を失うどころか、年とともにさらに磨きがかかっていく感じなんですよ。恐ろしい。
子供と大人が同居してるなんて、聞くとすればアイドルとか若い女優とか、そんなもんでしょ。
同居なんてふつう、喧嘩の連続ですよ。うまくいくわけがない。
しかも子供と大人ですよ。親子でもなければありえませんよ。犯罪ですよ。
男性が先に降りて、彼女は静かになった。
目を閉じて窓によりかかっていた。
彼女が目を閉じていたおかげで、僕はじっくりその表情を眺めることができた。
どんな形容も意味を成さないのがくやしい。
せっかく記述しているのだから少しでも伝えられればと思うのですが、どうやら無理そうです。
あんな人は見たことがない。もう二度と遭遇はごめんだ。
「あぁ、そういえば前にあんな人いたなぁ」
なんて過去のことのように思い出すのは嫌なんです。
魅力的な人だったから、イメージはそれだけ完結してほしいんです。
あとから、それに関連して新しいイメージを加えたくない。
そんなことならいっそ、二度と思い出さないほうがいい。
その女性は、男性が降りた駅から2つ目の駅で降りていった。
僕は、読んでいた本を開いて、「60年代の名車 日野コンテッサ」 の記述を読み直し口元が緩んだ。
頭の中では あの女性 が浮かんでは消えてなかなか読み進むことが出来なかった。
そうこうしているうちに降りる駅を通り過ぎ、僕はひとつとなりの駅で降りて歩き始めた。
改札を出て、人もまばらな階段を下りた。時計を見ると日付が変わっていた。
最後にひとつ断っておきます。
「それって単なる熟女マニアじゃないか」
と言われれば、否定はできません。