タイの物価は日本の2/3ほどで、日本と比べると安いと言われているがそれはある意味合っていて、ある意味間違っていると思う。

あっている理由としては、確かにすべて現地の生活に合わせたら安くなるからである。

ぼくの奥さんはタイ人なので、一般的なタイ人が住むコンドにすんでいて(1R)1ヶ月の家賃は大体2万円ぐらいで、食費も4〜5万円ぐらいなので、確かに日本に住んでいるのと比べるとやすいと思う。1ヶ月二人で10万円も使っていないような生活をしている。

ただこれはだいぶ抑えた生活をしているし、ほぼ現地人の生活を行なっているからである。

 

もしこれがバンコク中心部だとしたら、1Rでも最低5万円ぐらいはかかってくる。

生活必需品はもし日本で過ごしていたものと同じものを使いたい場合、日本の輸入品を買うことになるので、日本で買う価格の30-50%上乗せされた値段になる。高い...

ご飯も毎日屋台で一食200円ぐらいのものをたべていれば安く住むが、日本食を取り入れたり、タイ料理以外を取り入れると、日本にいた時と同じぐらいの金額がかかってしまう。

そして、これは僕がタイで生活していて思うことだが、自炊をしようとしたり、自炊のためにちょっとしたものを買おうとした場合、日本よりかなり高くつく。スーパーマーケットにいって食材や調味料をかおうものなら簡単に4000円やそれ以上の金額がかかってしまう。スーパーマーケットは基本、日本のそれよりもかなり高くと思う。

ちょっとしたものも、日本では100均があるから安く済ませられるが、こちらにはものの悪い雑貨屋ぐらいしかなく、モールに行くと、ダイソーなんかがあるが、100円ぐらいの値段ではなく、日本で100円のものがだいたい250円ぐらいで売られている。ある程度のクオリティーものを生活に取り入れようとするとかなり高くつくのである。

 

このようなことから、タイは安いと思い込んでタイに移住してくるのはなかなか危険だと思う。

タイで安く過ごすというのは日本で得られていた生活のクウォリティーをおとすことができる場合のみ可能である。

 

 

できることとできないことをいかに理解してもらうか?

そのような壁に打ちあったった。

 

自分のできることは他人にもできると思い、もし他人ができないとなるとなんでできないのだろうを思ってしまう。

そして、その時に、できる側の人が思うことは『さぼっているのではないか?』ということである。

理論は簡単で、自分は造作もなくできる、しかも短時間で。この作業に難しい部分はないばずた。なので、みんな時間通りにおわるはずだと。

しかし彼はできていない。

できるばずのものが、できていないので、それは多分、サボったからだ。

サボったと認識しまうと、あたりは強くなる。

なんでできなの?となってしまう。

 

そうなってくると、できる側はイライラ、できない側はかどなプレッシャを感じさらにできなくなっていく。

全くもっていいことがない。

 

できる人にあなたはうまくできるけれども、他の人はそうでもないと言うことをどうやって理解してもらうのか?

もしくは自分ができることが相手にはすごく難しいことをどうやって理解するか?

答えはないけれども、このような能力の差と認識の差がある以上、問題や喧嘩に発展してしまう大きな要因だと思う。

 

その最たるものが男女の脳のつくりだと今日思った。

なんで同じようないきものなのに、こうも違った考え方をするように作られたのだろう?

男女は惹かれ合うのに、一生理解できない生きものなのが辛い。

後味が悪い映画を見た。

その映画はネットフリックスにあった。

ピクンとみようということになって、み始めた。

なかなか、面白い流れで見る人を飽きさせない作りになっていた。

そしてすべての疑問が解決され、問題が表面化し、最終的に問題を抱えていた主人公はその問題から解放された。

そこでおわってもよかったのだが、さいご5分ほど続きがあり、

その物語では、悪を演じていたものと会いにいくのである。

悪を演じていたものの、その人は主人公を育てた親であった。

その親と最後に話、悪とはいえ感謝の気持ちを伝えて終わると思っていた。

しかし、現実は違った。

主人公は仕返しをしたのである。

悪役の親は夢が潰えて、もう気力がなく寝たきりの状態なのに...である。

どうしてこのような結末にしようとなったのか?

見終わった後の、後味の悪さが残るのに。

ほんとにどうしてだろう?

 

最近はSNSなどで興行も左右されるとみて、最後主人公が予想もしない悪い意味で裏切った行動を起こすことで、

人々が議論して、話題にすることを考えたのかなとも思う。

 

できればスッキリした気分で映画を見終わりたかった。