ぼくはHSPっぽい気質があり、それによって何かショックな出来事が起こると、ぐったりするほど疲れる。

そしてその疲れることが昨日起こった。

起こった原因としてはぼくの努力不足の部分があり、それはいつかくるだろうと思っていたものの、今ではないかなと思っていたが、いきなり来た。

なぜ準備していなかったのだろうという感じもするぐらい拍子抜けした。

そのときは、そこまでショックではなかったけれども、今じわじわとダメージがきている。

そして後悔もたくさんあった。

やってしまったことにたしては、仕方ないし、いずれくる前に僕の方から終わらせても良いかなと思っていたけど、

やっぱりショックだ。

そして、これからまた世の中に出ていかなければいけないので、若干の不安がある。

長い休暇を終えたような感じだが、長い休暇の時も結構しんどかった。

終わってホッとしている部分もある。

 

いやはや、これから本当に働けるだろうか?

不安がありつつも、進んでいかなければいけない。

 

ただ毎回毎回、これぐらいのダメージでダウンしている自分をどうにかできないのかなと思っているが、

特性はなかなか変わらないのである。

大きな喧嘩を夫婦でしてから違和感があり、なかなかもとの関係に戻すことができない状態であったが、徐々に取り戻しつつある。

原因は僕のコミニケーション不足と、相手の生理前の疲れだと思っている。

あとは彼女は変則的な時間の勤務なので、まとまった睡眠時間がとれず、寝不足のまま、日々を過ごして、となるとちゃんとかいふいまま仕事にいくことになり、疲労を抱えたままになるので、体の調子がすぐにおかしくなる。体の不調をかかえたまま、日々をすごしていると寝て起きた時に、体がだるかったり、痛みと共に目を覚ましたりで、寝起きがよくない。それでもって僕も仕事で忙しいので、適当にコミニケーションをとっていると相手はイライラしてくる。

当然僕も当たられるとイライラしてきて、ドライに対応する。すると相手は切れてしまって大げんかに発展するのである。

どうにもこうにも上手くいかないなーと思っていたけれど、ここにきて少し解決の光が見えてきた。

 

まず、相手が帰ってきたら、疲れているので、しっかりと体をほぐすマッサージをしてあげる。体温がしっかり上がり、血行が良くなるまで、やってあげる。そうすると軽く寝て起きた時の疲労の取れ具合が違ってくる。よい目覚めができるのである。もう一つは相手の話をしっかり聞く時間を作ってあげる。いつもはご飯を一緒に食べたら、少し勉強か仕事をしたくなるので、離れてしまうが、食後は一緒に寝転んでたわいもない話をする。その時にする話はどんな話でも良い。ぼくの愚痴をひたすらに相手に聞かせる形でもよい。ただ話してスッキリした後はしっかり相手の話をきいてあげる。相手もスッキリさせてあげる。気分がよくなっていそうであれば、少し仕事をするねと言ってその場を離れても良い。特に意識することは相手に満足してもらうことだ。

 

当たり前のことなのだが、仕事のことで頭がいっぱいの僕には普通の生活ができず、相手を傷つけてしまうことがある。

彼女を満足させること。そして今日は僕もたくさん話して満足すること。

ちゃんと団欒の時間を一緒に過ごすこと。それこそが人間生活の醍醐味だ。

昔やっていたことを思い出せ。その時は幸せだっただろうが。

 

色々いいことが起こってきている気がする。このまま気分良く過ごそう。

ふと、あの時違う道を選んでいたら今どうなっていただろうということを考えた。

最近はほとんど音楽を聞かないのだが、たまになつかしの曲がyoutubeでおすすめに上がってきたりする。

興味がなくスルーする曲がほとんどなのだが、たまたま聴きたくなっていた曲が上がってきたので、聞いてみる。

実に10年ぶりぐらいに聞く曲でその曲を聞くと大学時代の生活やどんなことを思っていたかなどがよみがえってきて、すごく懐かしい気持ちになった。今思い返せば、楽しいことが多く毎日がキラキラしていたが、あの時はあの時で必死で考えに考えて生きていた。大学四年間は側から見るとただあそんでいるようにしかみえない、しょーもない生活だと思うがその時の僕にとっては毎日が新鮮な世界だった。

普段はほとんど昔のことなど、思い出すこともないがその曲を聞いてすっかり思い出し、それから毎日ふとした時に、その時の情景が思い出されてくる。

 

そして今日はなぜか、ふと、大学に入学前に考えていた進路があり、その進路は僕自身の努力不足でその方向に進むことができなかったことを思い出した。

大学では、生物工学(遺伝子)を学んでいたのだが、本当は農学を学びたかった。自然と共に生活をしたかった。外に出てフィールドワークをしたかったのだ。ただ努力が足りず、行けるところということで生物工学の道に進むことにしたのだった。

 

生物工学の道に進んだものの、大学の4年間は僕にとって完璧だった。もう一度やれと言われたら、ぞっとする。あの時以上に楽しめる気がしない。たまに友達と話している時に、もう一回大学生活を送りたいわーと言うようなことを聞いたりするが、僕はあの時が完璧に楽しく、素晴らしい思い出として残っているので、もうやりたいとは思わない。そこに議論の余地はないのだけれど、今日ふと、もし農学部にはいっていたとしたら、どんな生活が待っていただろうな?と思った。

 

繰り返しで、大学時代にはまったく戻りたくないが、他の学部で他の人生を歩むことになっていたら、どんな人生を歩んでいたのだろう?農学部でたくさんフィールドワークをして、それ以外でも活動的に学生ライフを楽しんでいただろうか?

そして農家になっていたのだろうか?

 

まったく別のシナリオになっていた場合を想像するとそう言った人生もありだなーとも思っていたが、興味本位で大学卒業後の就職先なども調べてみると、結局どの学部を卒業しても大して変わらず、農業関連の会社に入っても、ものを作るか、ものを売るかの仕事につくようだった。

 

農学部で自然を満喫し、その後自然に関わる仕事をおこなっている世界線も考えてみたものの、収入面などで不満がでてきそうなことは容易に想像ができるので、結局一般企業に勤めることになっていたであろう。それでも、収入面より仕事内容で仕事を決めていたとしたら、ある特定の場所で地に足ついて、仕事をしていただろうか?ずっと同じ場所に住むのは自分自身の性格からなかなか想像し難い。ただ満足していないから、動くのであって、満足していたらそこでずっと生活し続けるのかなとも思う。

 

想像をどんどん膨らませると、他のシナリオで生きている自分がいて、そういった人生もありだし、実際にしてきた選択よりもシンプルで汚れなく、楽しい人生を生き続けていられたのかなとも思ったりした。

 

ただ、選択した今の人生もかなりエキサイティングで改善のよちがあり、面白いのである。