慈雨の音 流転の海 第六部

宮本輝 著


いよいよ第六部まで来てしまった。
すでにこの長編を読み終えるのが寂しい。

昭和34年~35年。
戦後の混乱が終わり、自動車が増え、そしてあの、北朝鮮への帰還が始まる時代。

伸仁ももう思春期に入りつつある。

松坂熊吾の家族だけでなく、この長い小説に出てくる人出てくる人、みんな濃密な生活があり感情移入してしまう。
尼崎の蘭月ビルは特に凄まじい。
あのカオスの中で多感な時期を過ごした伸仁を見守り諭し支える大人たちの力量も試されるというものだ。

私が一番好きなのは、ノブちゃんの母、房江。
更年期の、自分自身のコントロールの難しい時期だからこそ応援したくなる。
働くことを厭わない彼女の、日常の小さな幸福にホッとする。
頼む、熊吾。殴らないで!絶対に!
越後妻有里山現代美術館キナーレ

新潟県十日町市


数年ぶりの来訪。

原広司の設計によるキリッとした建物は、普段はもっぱら入浴のために訪れるのだが、昨年見逃したレアンドロのPalimpsert空の池を見たくて、イベント雪あそび博覧会へ。

10時の開館とともに入場すると私ひとり。
わーい!

とはいえちょっと寂しいな、と途方に暮れかけたとき、スタッフさんが声をかけてくれた。
そうそう。現代アートって、誰かとおしゃべりしながらだとより楽しい。
ありがとう。

もちろんひとりでも楽しい。
クワクボリョウタのLost#6をひとりで長時間堪能した。最高の時間。

800円というチケット料金は、作品をサラリと通り過ぎるには高いが、これだけじっくりゆっくり過ごすなら高くない。
バルでお茶したあと、目的の作品を上からながめ(残念ながら雪が溶けたあとに花粉が積もり美しいとは言い難いものの)満足。

写真だとちょっとキレイに見える?


ののはな通信

三浦しをん 著


なんて可愛らしい乙女な装丁かしら。
部屋の本棚に飾って眺めていたい本だ。

のの(野々原茜)とはな(牧田はな)の文通の形で綴られる恋の物語。

読みながら、自分と恋人のことがいつも頭に浮かんでいた。
「私は心がみにくい」
はなの手紙。
ああ、私も。私も心がみにくいよ。読みながらそう省みる。
私は、彼のことを大切にしているのではなく、彼に恋する自分の気持ちを大切にしているだけだ。
反省。
ってな具合に。

本のちょうど真ん中辺で昭和という時代が終わる。
そして第三章。ふたりのやり取りが20年を経て再開される。
手紙がメールに変わっている。

2つの時代を描いた物語は、たいてい戦前戦中と戦後だとか、幕末と維新後とかだったのに、ああ、昭和と平成はこんなにくっきりと色分けできるものなのだなぁと感慨深い。

そして最終章。
東日本大震災。
あぁ、そうだ。
時代の分け方に、震災前と震災後もあるのだった。
決定的な前と後。


運命の恋に十代で出会い、それからそれぞれ別の道を行くののとはな。
離れていてもずっと信頼しあえる関係。
二度と会えないかもしれないが、それでも強く結ばれた関係。


装画 布川愛子
装丁 鈴木久美

ののはな通信ののはな通信
1,728円
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浮世の画家
AN ARTIST OF THE FLOATING WORLD

カズオ・イシグロ 著
飛田茂雄 訳


そわそわする。
カズオ・イシグロの小説を読んでいる間ずっとそわそわ落ち着かない。
『わたしを話さないで』もそうだった。
違和感と不安。決してドラマチックな事件が起きているわけでもないのに、続きを読まずにはいられなくなる。

小説とはあくまで語り手からみた、物語の一つの側面に過ぎないものだ。
そのことを思い知らされて、読者としてどの位置から物語を眺めたらよいのか不安になるのかもしれない。

作家本人のもつちょっとしたユーモアは、英国人的な気配もあるし、日本人的なユニークさもいい。


ROMA ローマ

アルフォンソ・キュアロン 監督・脚本・撮影

Netflixで製作されたアルフォンソ・キュアロン監督の新作が劇場公開された。嬉しい!

監督の心の中にある70年代のメキシコは、きっとこのモノクローム映像のように、切ないほどに美しいのだなぁ。
鳥が鳴き、犬が飛び跳ね、電話が鳴り、子どもたちが笑う。

住み込みの家政婦クレオと、一家の子どもたちとの日々があまりにも普通で穏やかで、「あぁ、このまま何も悪いことが起こらないで~」と願ってしまう。
起こるんだけどね。

監督の目線がどこまでも優しくて、是枝作品にも重なる。

映画館を出てこのポスターを観たらまた泣けて泣けて。


私は、マリア・カラス
Maria Callas


CDでしか知らなかったマリア・カラスの歌う姿、話し方、恋をしてる顔。
その美しさと危うさに、すっかり虜になった。

歌姫とは彼女とこと。
舞台で歌うために生きた人。

声だけでなく、はっきりした顔立ちも高い身長も、すべてがどんな由緒ある劇場にも負けない。

マリア・カラスのプッチーニはこの世のものとは思えない素晴らしさ!

女王陛下のお気に入り
THE FAVORITE

ヨルゴス・ランティモス 監督

オリヴィア・コールマン
エマ・ストーン
レイチェル・ワイズ


なんと美しい。室内装飾、衣装、庭園と森。
本物の重厚な美の存在感。
その下地があるからこそ、この物語に真実味が出てくる。

宮廷で繰り広げられる醜い女の争いさえも、ブーリン家の姉妹に較べたらずっと上品だし節度がある。
女王を意のままに動かせるサラを演じたレイチェルワイズは今も美しいし、野心家の若いアビゲイル役、エマ・ストーンは言うもがな。

そしてこの映画で最も評価され絶賛されたオリヴィア・コールマン。
オスカーを手にしたスピーチには泣けた。
アン女王の孤独と不安を、中年女性の醜さをさらけ出して演じていた。

男たちのダメダメぶりが滑稽で、ストーリー全体見る通しても常にコミカルな要素を欠かさないのがヨーロッパ的。

日本でもお金かけて、こういう大奥モノを製作してほしいものだ。

ファーストマン
FIRST MAN

デイミアン・チャゼル 監督
ライアン・ゴズリング 主演

ニール・アームストロングを演じたライアン・ゴズリング。
やっぱりいい俳優だ。
あの静かな瞳を見ていると、いつの間にか引き込まれて、ただただ彼の微笑みを待ってしまう。
彼がほんの少し口角を持ち上げただけで、もう嬉しくなってしまうんだ、女は。


宇宙飛行士の映画だけど、映画のチラシに書いてあったような「大迫力のエンターテイメント作品」というのとは一味違う。
そのコメント前の「未だかつて誰も見たことのない」はその通り。

宇宙に行くということが命をかけた危険なミッションだということを肌で直感する。
いや当たり前なんだけど、ドラマチックなエンターテイメント作品だけを観ているとうっかり忘れてしまう。
宇宙がどんなに怖いことかを。
メリー・ポピンズ リターンズ
Mary Poppins Returns

ロブ・マーシャル 監督
エミリー・ブラント 主演

残念!!
なぜ吹き替え版しか上映してくれないのかー!
エミリー・ブラントやベン・ウィショーの声を聴きたくてたまらなかったー。涙。
吹き替えがそんなに悪いわけではないけど、最初から最後まで違和感が付きまとい、世界に入りこめなかった。

でもエミリー・ブラントは完璧なメリー・ポピンズ!
メイクもヘアも衣装も、表情、姿勢、すべてがパーフェクトにメリー・ポピンズだった。
美しく毅然としていて、あぁ、こんな女の人になりたいと熱い思いがこみ上げる。
最高です。
歪んだ波紋

塩田武士 著


ほんの10年くらい前までは、
ネットよりテレビ、テレビより新聞を信じていた。
NHKのニュースで言ってるのはさすがに嘘ではないだろうと思っていた。
朝日新聞が捏造するとか考えなかった。

そうじゃない、って、何か決定的な事で確信したのではない。
ひとつひとつ、小さな違和感が積み重なり、ある日気づくのだ。

ありとあらゆる情報の中にフェイクがあり、
毎日のニュースの中にはほんの僅かな真実があるだけだと。


考えてみればわかる。
大新聞社だろうが地方紙だろうが、週刊誌だろうが、そんなに特別な人が記者になっているとは思えない。
キー局の社員が高給取りだとは聞くけれど、だとしてもどれほど優れたということもないだろう。
だとすれば、そういう普通のサラリーマンの記者たちばかりが世の中の真実を知るわけはないし、正しいことだけを発信するとも思えない。


とはいえ、じゃあ彼らの情報を聞かなければいいかというと、そうもいかないのだ、これが。
直接自分の耳に入らなくたって、世間にジワジワしみ込む。
しみ込んだものが風にのって流れ着く。
そこ此処に留まる。
いつの間にか、本当のことのような顔をしてこにいるようになる。

だから、
違和感を違和感としてちゃんと感じ取ること。
そういう違和感はたいてい間違ってない。
あと、
テレビのコメンテーターみたいな当たり障りのない発言を、うっかり自分でも口にしないこと。
テキトーな会話のつもりでも、自分の口で発していると本当にそう考えているように自分自身錯覚してくる。
せめてこの2つくらいは気をつけよう。


カバービジュアル 西野壮平
ブックデザイン 鈴木成一デザイン室
歪んだ波紋歪んだ波紋
1,674円
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