口コミの中には、ときどき「冷たくあしらわれた」「傷ついた」「きつく言われた」といった言葉が書かれていることがあります。
そうした言葉を見るたびに、やはり考えます。
あのときの言い方は、もっと別の言い方があったのではないか。
もう少し時間をかけて話を聞くことができたのではないか。
診察を終えたあとに、後悔することもあります。
ただ、改めてここで言いたいのは、決して患者さんを邪険に扱おうと思って診察しているわけではない、ということです。
もちろん、結果としてそう受け取られてしまったのであれば、それは私の伝え方にも問題があったのだと思います。
けれども、少なくとも、こちらに悪意があったわけではありません。
以前、ある方が受診されました。
新しく働き始めたものの、職場の環境は厳しかったそうです。
バックヤードは狭いスペースで、そこが従業員の休憩場所になっていた。
一緒に働く相手からは、いつもきつく注意される。
仕事を始めたばかりなのに、毎日が苦しい。
そんな話を一通り聞きました。
そして私は、おそらく次のようなことを話したと思います。
「せっかく入ったばかりなので、辞めるというのは心苦しいかもしれません。でも、あなたが苦しいと感じていることは、あなたにとっての事実です」
「注意されていることについて、自分でも『確かにそうかもしれない。少し直してみよう』と思えるのであれば、もう少し続けてみてもいいかもしれません」
「でも、そう思っても耐えられないほど苦しいのであれば、そこはあなたが無理をして居続ける場所ではないのかもしれません」
今、同じような状況の方が来られても、私はおそらく同じように話すと思います。
涙を流さずにはいられないほど追い詰められている様子だったため、薬も処方しました。
しかし、残念ながら、その後その方が来院されることはありませんでした。
診察では、ときどき難しいことがあります。
同じように苦しい話をされ、診察室ではさめざめと泣いておられた方が、その後、「しばらく仕事を休みたいので診断書を書いてください」と電話をされることがあります。
もちろん、休むことが必要な場合もあります。
しかし、仕事を休むということは、診断書を一枚書けばそれで終わり、というほど簡単なことではありません。
まず職場の方と事情を話し、勤務時間を減らすことができないか。
担当を変えてもらうことはできないか。
少し休みを取って、環境を調整することはできないか。
そうしたことを考える必要もあります。
そのため、「まずは職場の方と話をして、環境を調整することはできませんか」とお伝えすることがあります。
すると、「冷たくあしらわれた」と受け取られることもあります。
おそらく、患者さんが望んでいる答えと、私が考えている答えが違うことがあるのでしょう。
患者さんは、「休ませてほしい」「診断書を書いてほしい」と思って来られる。
一方で私は、「本当に今必要なのは何だろう」と考える。
その結果、すぐに希望どおりの答えを出さないことがあります。
それが、ときには冷たさとして受け取られるのかもしれません。
医師であれば、患者さんの希望をすべて受け入れるべきなのでしょうか。
私は、そうは思っていません。
できることはしたい。
力になりたいとも思っています。
しかし、できないことまで「できます」と言うことはできません。
患者さんの希望にすべて合わせることが、その人のためになるとも限らないからです。
それでも、言葉が足りなかったのではないか。
もっと優しく伝えることができたのではないか。
そう思って後悔することはあります。
これからも、きっとあると思います。
だからといって、患者さんを傷つけようとして診察しているわけではありません。
冷たく見えることがあるのだとすれば、それは、私の伝え方がまだ十分ではないということなのだと思います。
患者さんの希望を何でも受け入れることと、その人のことを真剣に考えることは、必ずしも同じではありません。
その難しさに迷いながら、これからも一人ひとりの話を聞いていきたいと思っています。