ミネソタに留学していて、一番驚いた出来事の一つがありました。
外国から次年度に大学へ入学する学生のための英語教室でのことです。
最初に英語のレベルを確認するためのテストがあり、その成績によってクラス分けがされました。
そして、同じクラスになった日本人の方がいらっしゃいました。
話をしてみて、さらに驚きました。
なんと、その方は私の実家から歩いて10分ほどのところに住んでいる方だったのです。
ミネソタで、日本人に会うだけでも珍しい。
その日本人が、福岡の、しかも実家のすぐ近くに住んでいる。
世の中は広いのか、狭いのか、よく分かりません。
その方を、ここではIさんとします。
Iさんは当時、50歳を過ぎていらっしゃいました。
自宅で英語の先生をしており、これまでにもアメリカから来た英語教育補助員や、教会関係の方を自宅に泊めたことがあるそうです。
その中で、たまたま自宅に泊めたアメリカ人女性から、
「ミネソタ大学の語学教育はとてもいいから、行ってみたら?」
と勧められたそうです。
当時、ミネソタへ留学する日本人はほとんどいませんでした。
インターネットも今ほど便利ではありません。
そんな時代に、Iさんは福岡空港までご主人に見送ってもらい、その後は一人で成田からアメリカへ旅立ったそうです。
ミネアポリス空港は、都心部から少し離れています。
バスはありましたが、当時は空港から市内へ向かう鉄道もありませんでした。
土地勘もない。
状況もよく分からない。
しかも時差は12時間。
よく一人でミネアポリスまでたどり着いたものだと思います。
しかも驚いたことに、到着したその足で留学の手続きを済ませ、その後は寮の近くを散策したというのです。
私だったら、空港に着いたところで、
「もう今日はここまででいいでしょう」
となっていたと思います。
クラスが始まり、しばらくすると、Iさんは少し落ち着かない様子でした。
何となく表情も暗く見えました。
そして、ほどなくして、
「今のクラスは自分には荷が重いので、下のクラスにしてもらうことにしました」
と言われました。
自分で判断して、クラスを一つ下げてもらう。
これは、簡単なことではありません。
少なくとも私は、なかなかできないと思います。
せっかく上のクラスに入ったのだから、何とかついていかなければ。
人からどう思われるだろう。
そんなことを考えてしまいそうです。
Iさんは、自分に合った場所を自分で選び直しました。
これも、すごいことだと思いました。
その後、クラスの最後に、全員で感想や記録をまとめることになりました。
そこには、にっこり笑ったIさんの写真がありました。
途中でお会いした時、
「今のクラスで楽しくやっています」
と話されていたのが印象に残っています。
帰国後、私は何度かIさんの家を訪ねました。
実家から歩いて10分ほどですから、すぐに行けます。
家の軒下には、切った大根が干してあったり、いろいろな食べ物が作られていたりしました。
玄関の呼び鈴を押すと、Iさんが出てこられました。
簡単な挨拶をして、
「近くに来たので寄ってみました」
と伝えました。
その頃、Iさんはご主人のお母さんが車で少し行ったところに住んでいるため、毎日のように介護に通っていると話されていました。
当時の私は、
「そうなんですね」
くらいに聞いていたように思います。
今になって思えば、とんでもない話です。
今、私も福岡から週に一度、実家へ行っています。
母の入浴の手伝いをしたり、腰が痛いと言えば湿布を貼ったり。
時にはカレーやハヤシライスを作ったり、草刈りをしたりします。
週に一度でも、それなりにやることがあります。
少しの時間でも、介護というのは大変です。
毎日通っているとなると、なおさらです。
あの時、Iさんが笑いながら話していたことを思い出します。
あの人は、あの頃からすごいことをしていたのだなあと、今になって思います。
その後、数年たってから、Iさんはご夫婦でワシントンへ旅行に行かれたそうです。
ワシントン・モニュメントの塔を見たと、うれしそうに話されていました。
その後は、
「もう歳だから、外国には行けないわ」
と笑っていらっしゃいました。
ミネソタまで一人でやって来て、アメリカの大学で英語を勉強し、帰国後は毎日のように介護に通い、その後には夫婦でワシントンまで旅行に行った人です。
「もう外国には行けない」
と言われても、私にはどうも説得力がありませんでした。
実家に帰った時、時間があると、散歩がてらIさんの家の近くを歩くことがあります。
あの頃と変わらないように思える道を歩いていると、ふとIさんのことを思い出します。
歩いて10分。
あれほど遠いミネソタで偶然出会ったのに、今はまた、歩いて10分の距離にいます。
それなのに、なぜか私は玄関の呼び鈴を押せません。
近すぎると、かえって遠いものなのかもしれません。
いつか、散歩の途中に、もう一度呼び鈴を押してみようと思っています。