漢方の世界には、ときどき「秘伝」のような処方が紹介される。
「この症状には、この二つの漢方薬を合わせるとよい」
「この病気には、この処方が驚くほど効く」
漢方の会などで、そうした話を何度も聞いてきた。
実際に私自身も、興味を持って患者さんに処方してみたことがある。
しかし、正直なところ、紹介されたほどの効果を感じることはできなかった。
インフルエンザに対する処方、コロナに対する処方、鼻涙管や耳管の閉塞、パニック障害、めまい、ふらつき――。
いわゆる「秘伝」として紹介される組み合わせを試してみても、自分の診療では、なかなか同じような結果にならなかった。
もちろん、私の使い方が悪かったのかもしれない。
患者さんの状態が違っていたのかもしれない。
漢方には「証」があり、同じ病名でも同じ処方が合うとは限らない。
そう考えると、一つの症例で劇的に効いた処方を、そのまま別の患者さんに当てはめることの難しさを感じる。
一方で、長く使っているうちに、自分なりに「これは手応えがある」と感じるようになった漢方薬もある。
例えば、麦門冬湯は、のどの痛みを訴える患者さんに使って、効果を感じることが多い。
参蘇飲は、風邪が長引いているとき、特に上咽頭の症状が残っているような場合に、私自身は使いやすさを感じている。
小柴胡湯は、肝臓の調子を整えるように感じることがある。
清肺湯は、痰がなかなか切れない患者さんに使うと、痰が出しやすくなるように感じる。
これらも、もちろんすべての患者さんに効くわけではない。
しかし、「一人の患者さんに劇的に効いた」という話ではなく、自分自身が何人もの患者さんに使いながら、少しずつ手応えを感じてきた処方である。
漢方を長く使っていると、結局のところ、人から聞いた「秘伝」よりも、自分の診療の中で何度も確かめてきた処方のほうが残っていく。
華々しい秘伝ではない。
しかし、実際の診療では、そのような処方のほうが役に立つことが多いような気がしている。
漢方は、知識を覚えるだけでは使えるようにならない。
「この病気にはこの漢方」と覚えることも大切なのだろうが、実際に患者さんに使い、効いたのか、効かなかったのかを自分なりに考える。
その繰り返しの中で、少しずつ自分の処方が残っていくのだと思う。
私にとって漢方とは、秘伝を集めることではなく、患者さんの診療を通して、自分自身が確かめていくものなのかもしれない。