2000年の夏、私はアメリカから帰国しました。
J-1ビザはまだ残っていました。
ですから、もう少しアメリカに滞在することもできました。
ところが、帰国前にちょっとした出来事がありました。
歯の詰め物が取れたのです。
それだけのことです。
でも、そのとき私は、
「これをいいきっかけにして、帰国しよう」
と思いました。
アメリカにもう少しいることもできる。
アメリカの歯科治療を受ける、知らない世界に踏み込む機会でもありました。
けれど、いつまでもいるわけにもいかない。
歯の詰め物が取れたことが、私にとっては一つの踏ん切りになりました。
今振り返ると、人生の転機というのは、必ずしも大きな出来事としてやってくるわけではないのだと思います。
案外、こんな小さな出来事がきっかけになることもあります。
帰国前、シンシナティでフェアウェルパーティを開いてもらいました。
アメリカで知り合った人たちが、私のために送別会をしてくれました。
そのとき、アメリカの人たちの生活について、また一つ面白い経験をしました。
街中の退役軍人病院で働いている人でも、住んでいるところは郊外。
しかも、かなり山の中にある家だったりします。
病院で働いているときには、街の中にいる。
ところが仕事が終わると、車で郊外へ帰っていく。
日本の感覚からすると、「こんなところに家があるのか」と思うような場所でした。
私は初めて、そういう山の中の家に行きました。
家にはレモン水が作ってありました。
大きな容器に入っていて、自由に飲んでいい。
アメリカらしいなと思いながら、料理を取りに行きました。
ところが、そのときです。
蜂に刺されました。
しかも、一度ではありません。
その後、別の蜂にも刺されて、結局2回。
「これは大丈夫なのか」
と、さすがに心配になりました。
アナフィラキシーショックが起こらないかと様子を見ていました。
幸い、何も起こりませんでした。
無事だったことに、ほっとしました。
今となっては笑い話ですが、帰国前の最後の思い出としては、なかなか強烈なものでした。
2000年の夏に帰国しました。
そして、その年の9月には、ミネソタで白人警官が黒人男性を射殺した事件をきっかけに暴動が起きました。
さらに翌2001年には、9月11日の同時多発テロが起こりました。
当時はもちろん、そんなことが起こるとは知りません。
ただ、後になって振り返ると、
「自分は、ちょうどその直前に帰国したのだな」
と思います。
もう少しアメリカに残っていたら、何かが大きく変わっていたかもしれません。
もちろん、そんなことは分かりません。
でも、結果的には大きな混乱が起こる前に、私はスムーズに帰国することができました。
人生には、後から振り返って初めて、
「あのとき帰ってよかったのかもしれない」
と思うことがあります。
そのときには、ただ歯の詰め物が取れただけだったのですが。
帰国後は、まず民間病院で勤務しました。
その後、国立病院九州医療センターで働くことになりました。
ここで働くことになったとき、私はその先の人生がどうなるのかなど、もちろん知りませんでした。
アメリカでの留学を終えた。
日本に帰ってきた。
また精神科医として働く。
それくらいにしか考えていなかったと思います。
ところが、この九州医療センターで、私はその後の人生を決めることになる、非常に大きな示唆を得ることになります。
そのときは、まさかそれが自分のその後の人生を決めることになるとは、夢にも思っていませんでした。
人生というのは不思議なものです。
そのときは何気なく選んだ場所。
何気なく受けた仕事。
何気なく交わした言葉。
後になって振り返ると、それが人生の方向を変えるきっかけになっている。
2000年の夏、私はアメリカを離れました。
歯の詰め物が取れたことをきっかけに、帰国を決めました。
そして日本に戻り、九州医療センターへ。
ここから先に、私の精神科医としての人生を大きく変える出来事が待っていました。