ということで、ほぼ宣伝のような感じですが、今日やります(笑)




公式サイト
にも、放送日と放送内容が載っているのが非常に便利になりました。




昔はテレビとかの番組検索しながら必死で探してたんですが、いい時代になったということですね(笑)




そういえば、子供たちが学校から不思議な紙を持ってきました。




その名も、




「テレビ&ゲームを一日しないデー」




というもの(笑)




初めて見たときは、思わず「えっ」と思ってしまいました。




どうやら、内容を見ると、




「毎月10日はご飯の時にはテレビをみない。その日はゲームもしない」




とのこと。




思わず、うちの次男坊からも、




「そんなの毎日やってるのに、不思議だよね」




という始末。




それだけ、最近の家ではご飯の時にテレビを見ること、ゲームをさせることが当たり前になっているという




ことみたい。




確かに、携帯ゲーム機とかを子供に渡したら、やめろっていうまでずっとやり続けるもんね(笑)




それよりも、身体を動かすことをたくさんやったほうがいいのに、って思います。




ご飯の時は、テレビをつけなければ、家族同士の会話が自然と始まるし、




何より、食べ物の味を味わいながら食べるようになる。




ながら食べや、ながら・・・というのは楽だし、それだけ便利なように思えるけど、




1つのものを味わうっていうことは、そこで感じることが出来ないのは、非常に不便なことだと思う。




「何かをしていないと、何かが出来ない」




という状態になってしまうのだから。






そんなことを考えると、ゲームセンターCXの有野課長は、ながら食べをしながらゲームをしている。




それは、




「大好きなイカとかを食べながら気分転換しなきゃ、同じゲームを何時間も出来ないよ」




ということだと思う(笑)




1つのことを続けるために、気分転換のためにすることなんだと思う。




だからイカを食べる(笑)






普通の親がゲームセンターCXを観たら、




「お菓子食べながらゲームして、おでこに冷えピタまで貼ってまでゲームするなんておかしい!!!」




っていうと思う(笑)




そりゃ、普通に考えれば、当然だから(笑)




でも、これは「有野課長のゲームへの挑戦番組」というものなので、(確かに我慢大会みたいになってる




ことが多々あるが・・・(笑))




それが許されているのだなぁ、と思う。






それはそうと、今夜10:00!!!!




F-ZERO感動の後編を見逃すな!!!!




ということで、私は見ます(笑)





























何をするにも、肩甲骨を意識して、操作して色々なことをするようにしている。




今もパソコンで文字を入力しながらも肩甲骨を色々な方向に動かしてみる。




そうすると、少しずつ違いがわかるようになる。




まず、利き腕とそうでない腕との動きの違いだ。




実は私は、利き腕側の肩甲骨の動きが悪い。




ペンや箸を持つのは右手なのだが、力作業はすべて左手。




いわゆる、右手持ちに強制されたタイプだ。




もちろん、親に小さいときに(笑)






そのせいか、右腕では背中をかなり触れるのだが、左腕では違和感を感じてしまう。




その違和感とは、




「本来出来ると思っている動きと実際に動かしている時に感じる感覚の差」




なのだが、それがよくわかる。




肩甲骨を動かそうとするとわかるが、最初は肩甲骨というのはまったく感覚がない。




だから、動かそうとしても動かせない部位になる。




そして、動かしていると思っているのは実は肩だったりして、肩甲骨は動いていないケースが多い。




これも、そういうことがありがちだ、ということを言われないと、もしくは気がつかないと、わからない。






それでも毎日少しずつでも続けて動かすようにする、もしくは動かすようにしていくことで、




感覚は出来てくるようになる。




もちろん、正しくやっていれば、という問題もある。




そこでお勧めなのが、自分で自分の動きをビデオをとる、ということだ。




私が行っていた道場のある人は、自分の動きをビデオに録画し、それを見て形のよさ、動きのスムーズさを




何度も研究していた。




そして、自分で悪いと思えば、どんなにいい動きに見えてもその動きは捨てるようにしていた。




つまり、自分自身を客観視してみている人だったのだ。




当然ながら、組み手などをやっても、強い。というより、うまい。




そして、その人は、相手の動きの変化を読み取るのもうまい。




私がひそかに突きを打ち方を少しだけ変えたのに、すぐにそれに気づき、いい点、悪い点を言ってくれた。




と、昔の思い出を思い出しながらも肩甲骨を動かす。




イメージとしては、左右に開く、というよりは、扇状に下から上に上がっていくイメージだ。




人によってイメージの持ち方は違うのだけれど、




その人がいいと思ったイメージで動かしてみればいいと思う。









信じるということは、ものすごく深い。




たとえば、武術などの世界で言えば、




身体の小さな達人が、身体の大きな人をひょいっと投げてしまう。




「そんなことありえない」




と思ってしまう。




つまり、これは




「自分の信じている力の世界では、小さい人が大きい人を物理的に投げることは理解できない」




ということなのですが、ようは、




自分の世界の常識を信じていることから、新しい世界の常識がそこに追加されそうになると、




信じることが出来ない、つまり、受け入れることが出来ないのです。




では、信じる?とはなんだろうか?




「あなたならやってくれると信じている」




という言葉でいえば、ここでの「信じている」は、「期待している」という意味になる。




「自分自身を信じろ」




という言葉で言えば、自分のことなのだから、自分が出来ると思え、という意味になる。






信じる、という言葉は非常にあいまいで、かつ、不安定な言葉なのかもしれません。




たとえば、お金の価値は信用で決まります。




何の信用かといえば、その国が、ほかの国(もしくは自国)にとって「期待通りにやってくれること」です。




何を期待通りにやるかは仕事かもしれませんし、外交かもしれません。




ようは、期待したことをしてくれる国だからこそ、その国は安定する、経済が発展していくから、




その国のお金を持っていても大丈夫だろう、というようになります。




つまり、信じる、ということは何かを期待する、期待通りになることを望んでいる時に使われることが




多いと思うのです。






「自信がない」




というのは、自分が期待したとおりに出来ない、ということであり、




自分が期待する何かがあるわけです。




仕事で言えば、みんなからほめられるような成果を挙げることなのかもしれませんし、




試合などで言えば、試合に勝つことなのかもしれません。






そこで、達人はこういうわけです。




「自分に自信を持ってはいけない」




と。




ここまで読んだ人は、もうわかると思います。




「自分に自信を持ってはいけない」




という意味は、自分が期待通りに、望んだとおりにすべてのことがなるとは思わない、ということです。




それは、期待通りにいかなかった場合に様々な問題が起きたりすることもありますし、




パニックになったりすることもあるからです。






人間はもともと不安定であり、不確定なように作られています。




だからこそ、人間は知恵をつけて、少しずつ技術的な進歩があったり、武術でいえば、




達人のような目に見えない動きを身につけることが出来たのです。




自信がない、つまり、自分を信じていないからこそ、どのような状況にでも対応できるようにするための




心がけとして、自信を持たない、結果として、自分が勝手に予想した期待を抱かず、目の前のことに




全力をかけることが出来るのです。






本当の意味での信じることとは、期待通りにやることでも、望んだとおりに出来ることでもありません。




どのような結果になろうとも、自分がやろうと思ったことをやり続けることこそが、信じることなのです。




結果だけを気にする(期待通りにやる、望んだとおりに出来る)ことをやめることこそが、




「自分に自信を持ってはいけない」




ということの意義であり、そこにこそ真義が存在するのです。






「うちの子は頭がいいから、勉強が出来るから、テストで100点取れる」




と信じて疑わない(つまり、親が期待したとおりに100点を取るであろう)親がいるとします。




そのとき、子供が95点のテストを持ってきたら、その親はどんな反応をするでしょうか。




「なんで100点取れなかったの?なんでこんな問題を間違えたの?」




と、100点を取れなかった(つまり失敗)理由を聞き出そうとするはずです。




もちろん、失敗した理由を調べて次につなげることはいいのですが、親はそれが目的ではありません。




「なんで親の期待通りの結果が出せなかったの?あなたは私に恥をかかせたいの?」




という目的で聞き出そうとします。




だからこそ、子供は、自分に自信を持てなくなります。




ここでいう自分に自信を持てない、というのは、




「親が期待した通りの結果を出すこと」




に対してです。




それが継続されていくと、結果的に、




「自分本来が持っているすばらしい力自体を信じることが出来なくなる」




ことにより、期待通りにならないことを恐れ、自分から先に進めなくなってしまうのです。






親はここで本当はどうすべきでしょうか。




ここでは、親は、テストの点数に対して評価をすべきではありません。




なぜなら、すでにテストの点数は数値として評価が出ているのですから。




単純に、子供に対して、自分自身がどう思ったのか、これからどうしていけば、を聞いてください。




そして、それが子供からうまく出てこなければ、一緒になって考えてください。




大事なことは、テストで100点をとるにはどうしたらいいか、ではありません。




わからなかったこと、出来なかったことは、どう理解していたのか、どのように読み取っていたのか、




ということを把握することが大切です。




それによって、子供が物事に対してどのような取り組み方をしているか、




どのような考え方や読み取り方をしているかがわかるようになるからです。




決して、テストの点数だけに(つまり結果のみに)目を向けないようにしてください。






テストの点数だけに目を向け続けた結果、子供は結果でしか判断されないと思うようになり、




結果が悪ければテストを隠してしまおう、うそをつこう、とし始めます。




親がすべきことは、




「子供が自分自身の取り組み方がうまく出来ていたかどうか、それを直せるように出来る変化をもてるか」




を出来るように、出来るまで何度も話し合ってください。




親がきちんと子供の話を聞いてあげることで、子供は自然と頭の中が整理され、




それが出来るようになるのです。




それが、親が子供に対して信じることです。



























ということで、いよいよF-ZEROの後編が12日に放送されます。




EXPERT(上級)モードでは手も足も出なかった、BEGINNER(初級)をやりこんだ有野課長(笑)




そんな課長が挑むのはSTANDARD(中級)モードで、そこではなんとか最初のステージをクリア。




がしかし、コースはクリアしていくごとに難易度を増していく。




今度放送する後編では、QUEENクラスとKINGクラスをやると思われます。




各クラスは5コースずつあるのですが、最後のKINGクラスのコースはとにかく距離が長いのが特徴的。




普通に走ると4分程度かかることから、やり直しをすることだけでも考えると、




収録は真夜中までになったんではないか・・・という気もします(笑)






それにしても、BEGINNERをやり込んだゲーマーって・・・(笑)




さすが課長です。




マリオカートもそうですが、




任天堂のレースゲームは、ダントツで1位を取るのが難しいようにうまく調整されている気がします。




とれないことは無いんですが、




だいたいギリギリの勝負になるようにライバルの車のスピードを調整しており、




接戦になることが多いです。




とくに、F-ZEROは直角コーナー的なコースが多いことから、




どうしてもそこでぶつかり合いになって、気がつくと体力が無くなる・・・という泥仕合になります(笑)




コースを完璧におぼえていればそんなことも無いと思うのですが、




うる覚えで行うレースゲームは、右だと思ったのに急に左に・・・みたいな感じで




コースを間違って走ってしまい、F-ZEROの場合はジャンプ台で間違って着地を失敗してボカーンとなったりと、




やり込み要素の高いゲームだと思います。






個人的に課長にやってほしいのは、「ヒューマングランプリ」というゲームですが(笑)




いずれにせよ、次回で決着がつきます。




最後の最後まで手に汗握るレースゲームなだけに、




見る方も楽しみです。







バギーポッパーをプレイ。




これは、ファミコンのソフトではあるが、自分にとっては子供の頃に、ゲームセンターではまったゲーム。




どんなゲームなのかというと、




さらわれた彼女を助けに行く、という理由はいたって簡単なもので、




内容は縦型画面のレースゲーム、といったところ。




ただ、このゲームはあくまでさらわれた彼女を助けるのが目的なので、




順位とかは気にせず、ひたすらゴールを目指せばOK。




そして、他のレースゲームと一線を画しているのは、




「ジャンプして敵の車を踏める」




というところに尽きる。




この、ジャンプ(そもそも車がジャンプするという自体がすごい設定だが)、爽快感が抜群で、




どんな障害物だろうとジャンプすることで避けれてしまうのだ。




しかも、敵の車に当たっても自分の車が壊れることはなく、ただ相手の車を弾くだけ。




つまり、車をジャンプして障害物を避け、そして道が途中で途切れているところはそのままジャンプで




乗り越えろ、というルールのゲームなのである。




ただ、敵の車もそう簡単に道を通してくれるわけではなく、




とにかく邪魔をしようと近寄ってくる。




トラックなどは、後ろの荷台に砂の塊?のようなものを積んでおり、トラックの後ろを走ってると、




急にその塊を落としてくるという容赦の無い戦いが続く。




結局、4面まで行ったものの、その先に進む前にゲームオーバーになってしまい、今日は終了。




有野課長のようにクリアするまでやるほど気力もなく(笑)、ファミコンの電源をOFF。






それにしても、




ジャンプして敵の車を踏みつけて進んでいくこのゲーム。




よくよく考えてみると、




敵の車はジャンプできず、道が途中で途切れているところでは、止まってしまうのだ。




ということは、その道と道の間を走ってた車はいったいどこからきたのか?




そして、彼らはどうやって生活しているのか?




という疑問が湧いてくる(笑)






もしかしたら、全部人は乗っていなくて、実はラジコンで人が遠隔で操ってたりとか・・・(笑)




いずれにしても、




バギーポッパー。




レトロゲームの名作なので、ぜひやってほしいです。