信じるということは、ものすごく深い。
たとえば、武術などの世界で言えば、
身体の小さな達人が、身体の大きな人をひょいっと投げてしまう。
「そんなことありえない」
と思ってしまう。
つまり、これは
「自分の信じている力の世界では、小さい人が大きい人を物理的に投げることは理解できない」
ということなのですが、ようは、
自分の世界の常識を信じていることから、新しい世界の常識がそこに追加されそうになると、
信じることが出来ない、つまり、受け入れることが出来ないのです。
では、信じる?とはなんだろうか?
「あなたならやってくれると信じている」
という言葉でいえば、ここでの「信じている」は、「期待している」という意味になる。
「自分自身を信じろ」
という言葉で言えば、自分のことなのだから、自分が出来ると思え、という意味になる。
信じる、という言葉は非常にあいまいで、かつ、不安定な言葉なのかもしれません。
たとえば、お金の価値は信用で決まります。
何の信用かといえば、その国が、ほかの国(もしくは自国)にとって「期待通りにやってくれること」です。
何を期待通りにやるかは仕事かもしれませんし、外交かもしれません。
ようは、期待したことをしてくれる国だからこそ、その国は安定する、経済が発展していくから、
その国のお金を持っていても大丈夫だろう、というようになります。
つまり、信じる、ということは何かを期待する、期待通りになることを望んでいる時に使われることが
多いと思うのです。
「自信がない」
というのは、自分が期待したとおりに出来ない、ということであり、
自分が期待する何かがあるわけです。
仕事で言えば、みんなからほめられるような成果を挙げることなのかもしれませんし、
試合などで言えば、試合に勝つことなのかもしれません。
そこで、達人はこういうわけです。
「自分に自信を持ってはいけない」
と。
ここまで読んだ人は、もうわかると思います。
「自分に自信を持ってはいけない」
という意味は、自分が期待通りに、望んだとおりにすべてのことがなるとは思わない、ということです。
それは、期待通りにいかなかった場合に様々な問題が起きたりすることもありますし、
パニックになったりすることもあるからです。
人間はもともと不安定であり、不確定なように作られています。
だからこそ、人間は知恵をつけて、少しずつ技術的な進歩があったり、武術でいえば、
達人のような目に見えない動きを身につけることが出来たのです。
自信がない、つまり、自分を信じていないからこそ、どのような状況にでも対応できるようにするための
心がけとして、自信を持たない、結果として、自分が勝手に予想した期待を抱かず、目の前のことに
全力をかけることが出来るのです。
本当の意味での信じることとは、期待通りにやることでも、望んだとおりに出来ることでもありません。
どのような結果になろうとも、自分がやろうと思ったことをやり続けることこそが、信じることなのです。
結果だけを気にする(期待通りにやる、望んだとおりに出来る)ことをやめることこそが、
「自分に自信を持ってはいけない」
ということの意義であり、そこにこそ真義が存在するのです。
「うちの子は頭がいいから、勉強が出来るから、テストで100点取れる」
と信じて疑わない(つまり、親が期待したとおりに100点を取るであろう)親がいるとします。
そのとき、子供が95点のテストを持ってきたら、その親はどんな反応をするでしょうか。
「なんで100点取れなかったの?なんでこんな問題を間違えたの?」
と、100点を取れなかった(つまり失敗)理由を聞き出そうとするはずです。
もちろん、失敗した理由を調べて次につなげることはいいのですが、親はそれが目的ではありません。
「なんで親の期待通りの結果が出せなかったの?あなたは私に恥をかかせたいの?」
という目的で聞き出そうとします。
だからこそ、子供は、自分に自信を持てなくなります。
ここでいう自分に自信を持てない、というのは、
「親が期待した通りの結果を出すこと」
に対してです。
それが継続されていくと、結果的に、
「自分本来が持っているすばらしい力自体を信じることが出来なくなる」
ことにより、期待通りにならないことを恐れ、自分から先に進めなくなってしまうのです。
親はここで本当はどうすべきでしょうか。
ここでは、親は、テストの点数に対して評価をすべきではありません。
なぜなら、すでにテストの点数は数値として評価が出ているのですから。
単純に、子供に対して、自分自身がどう思ったのか、これからどうしていけば、を聞いてください。
そして、それが子供からうまく出てこなければ、一緒になって考えてください。
大事なことは、テストで100点をとるにはどうしたらいいか、ではありません。
わからなかったこと、出来なかったことは、どう理解していたのか、どのように読み取っていたのか、
ということを把握することが大切です。
それによって、子供が物事に対してどのような取り組み方をしているか、
どのような考え方や読み取り方をしているかがわかるようになるからです。
決して、テストの点数だけに(つまり結果のみに)目を向けないようにしてください。
テストの点数だけに目を向け続けた結果、子供は結果でしか判断されないと思うようになり、
結果が悪ければテストを隠してしまおう、うそをつこう、とし始めます。
親がすべきことは、
「子供が自分自身の取り組み方がうまく出来ていたかどうか、それを直せるように出来る変化をもてるか」
を出来るように、出来るまで何度も話し合ってください。
親がきちんと子供の話を聞いてあげることで、子供は自然と頭の中が整理され、
それが出来るようになるのです。
それが、親が子供に対して信じることです。