笑いというのは、全員が全員笑うものというのは、なかなか難しいものです。


それは、人によって、趣味趣向が違ったり、好きな笑いが違うから、当然といえば当然です。


がしかし、うまくみんなを笑わせられる人もいることはいます。


こういう人は、まず誰か1人を笑わせることをしたりします。


どういうことかというと、



笑いは伝染する



からです。



つまり、誰か1人が笑うことで、その人が笑っていることが面白いと脳が思い始め、


それにつられて思わず笑ってしまうのです。



ですから、全員を笑わせようと思って対象者を増やすよりも、


確実に笑ってくれそうな人を1人選んで笑いを取るほうが、笑いとしては大きな笑いにつながります。



人は、誰かが笑っているのをみると、ついついつられて笑ってしまうという行動は変わりません。


それが面白いかどうかで笑うのではなく、



人が笑っているから、それは面白いことだ



と思うことでも笑うことが出来るからです。



笑顔が自然と出る人のそばにいると、こちらも自然と笑顔になると思います。


少なくとも、その時に難しい顔でいることのほうが気を使うため、難しいと思います。



だからこそ、笑いをとるためには、1人を笑わせることに集中することのほうが、


結果として大きな笑いに繋がるのです。



「みんなを笑わせてやろう」



と思えば思うほど、その気持ちは緊張し、その緊張が相手にも伝わり、どうしても緊張してると


笑いを取ることが難しくなります。



だからこそ、漫才やコントでも、演じている自分自身が笑う、というシチュエーションを作ることで、


これは面白いことなんだ、と思わせることから、笑いを作るということも出来るわけです。



よく、アドリブなどでボケの人が予想以上にボケて、突っ込みの人が思わず笑ってしまうシーンがありますよね?


あれなんかは、まさに、自分達が笑うことで、その笑いを見ている人に伝染させているのです。




ですので、面白いことを言えば笑える、というよりも、むしろ感心される場合もありますよね。



「この人、うまいこというなぁ」



と、思わずうなってしまうことがよくあります。


そうなると、面白いことを言って笑わせるはずが、


うまいことを言って笑わせたことになり、結果的には笑いは起きないことが多々あるのです。



ここが、笑いの難しいところでもあります。



もちろん、松本人志さんのように、アドリブでも的確なコメントで笑いを取れる人も中にはいますが、


アドリブで笑いを取るのはよっぽど笑いのタイミングを抑えて、その絶妙の間で言葉を出さない限り、


笑いをとることは難しいです。



そこで、とにかく1人の人をターゲットにして、その人を笑わせることで、それを伝染させていく、


ということに集中することが、


最終的には全員が笑えるようになってくるわけです。



笑いはとにかくタイミングが大事ですが、


笑わせる、もしくは笑いやすいターゲットを見つけることも、非常に重要です。


笑いが伝染さえしてしまえば、後は流れで笑いをつなげることができますから、


そこはとにかくその相手を探すのに集中し、笑わせるのに集中するほうが1番です。




まずは万人受けの笑いより、1人の笑いからとることをから始めてみてください。


きっと、じわりじわりとみんなに伝わってくるはずです。




長女がクマのぬいぐるみに名前をつけた。



名前は、



さっちゃん。



長男坊が小さな頃からいたクマの人形だけど、


名前をつけたのは長女が初めて。


結構かわいがりながら、毎日だっこしたりしている。



で、なぜさっちゃんという名前なのかが気になり、長女に聞いてみた。




かっくん:「長女は、なんでさっちゃんて名前つけたの?」



長女:「え~、いいじゃ~ん」



かっくん:「それじゃ、さっちゃんの本当の名前はなんていうの?」



長女:「さ」



かっくん:「・・・・・・名前が、『さ』 だから、『さっちゃん』 なのね」



長女:「うん」







・・・思わず、笑ろた(笑)


さすが、子供の発想だ。





魔界村でほぼ決まっていたかに見えた次男坊の挑戦シリーズのソフト。


だが、なんと次なる挑戦は、長男坊もまだクリアしていない、超魔界村と決まった。



そのせいか、有野課長の挑戦こと、ゲームセンターCXの超魔界村編を何べんもみ始める次男坊。


それはまるで、この挑戦は頭で全てロケハンしてしまうといわんばかりである。



「超がつくからね。大よりやっぱり難しいよね」



さすがに大きさの意味は何となくわかっているのだろう。



ゲームの簡単な説明をしよう。


超魔界村とは、カプコンが出している魔界村シリーズの3作目(魔界村三部作ともいわれている)で、


その難易度は魔界村、大魔界村を越えるといわれており、クリアするのはかなり難しいといわれている。


その理由のひとつとして、コンテニューが有限であることが挙げられる。


これは、コンテニュー回数が予め決まっており(最大で9回)、コンテニュー回数を増やすには、


ゲーム内に出てくるドル袋を集める必要があるという、まさに何度も挑戦すればクリアできるわけではない。


そこがこのゲームの難しさといってもいいだろう。



また、大魔界村でもあったが、強制画面スクロールの面が存在しており、


そこも難所のひとつである。


言ってみれば、ボスを倒すよりも、ボスにたどり着くのが困難である、というのが超魔界村である。



課長の挑戦を見てロケハンも終わり、いざ、挑戦開始。



緊張の一瞬が始まる。



さあ、果たして大魔界村と同様、見事クリアできるのか。


それとも、途中で挫折してしまうのか。


次男坊の挑戦は、果たして!?



次回より、次男坊の挑戦がスタート。



乞うご期待!!!



次男坊の国語のテスト結果が返ってきた。






<問い>次の漢字を書きましょう。




※ひらがなの部分を漢字になおす。






■問題


・天気が[]れる






■次男坊の答え


・天気が[]れる








おしい・・・逆やなぁ~(笑)

夏と冬では、同じ37度のお湯でも、こうも身体の感じ方が違うのだと思う。



冬では37度のお湯はぬるく感じ、



夏では37度のお湯は熱く感じる。



同じ温度のお湯なのに、この違いは不思議である。


気温が暑くなれば、当然身体もそれに合わせて変化していることが感じられるのが、


このお湯の同じ温度での違いを感じることと重ね合わせることが出来る。



そう、違いを感じるとはこういうことなのだ。


数字上では同じ数字(温度)でも、


身体が感じるものは刻々と変化しており、そしてそれを肌で感じることが出来るのだ。


これを自分で感じていけるかどうかが、


違いを感じることにつながり、そして、自分が自然に合わせて変化していることを認識するのだ。



夏には熱いと感じるお湯を浴びながら、そのようなことを感じている今日この頃である。