松山には「童」を用いた鐘馗寺というのがあり、ちょうどこの時期に祭りがあり、周辺では賑わいをみせている。
歴史ある寺との事だが何故に「童」なのか郷土史にも史談にもその謂われについての明記はなく、郷土史を研究している私にも未だに謎なのである。
今日は心臓のフルコース検査だったが自分が感じるほど悪くはなっておらず、ホッと胸を撫で下ろす。
主治医の話ではメインの薬がMAXで服用できていることが悪化に大きく歯止めをかけているとの事であったがやはり神仏にも感謝頻り。
生き運とは何かと改めて考えるも人間に分かる答えにあらず・・と、いったところ。
松山道後水月焼「鍾馗立像」好川常方造(初代)
この鬼気迫る力には郷土の名作でなくとも手を会わせたくなる。
医者から大人しくしていなさいとのことであったがやはり頭の中は「鍾馗」なのか「鐘馗」なのかなのである。
合掌