(4) 危ない! 車に乗りりな!
車の中は無言で涙だけが、ポトポトと落ちていました。暫くして息子が、
「母さん!・・・」
と、口を開きました。私は、
「うん・・・」
と、答えました。息子は、
「こんな悲しい事は、うち(嫁)のには言えんん! 母さん頼むよ!」
と、言いいました。私は、
「うん・・・」
と、何にも考えられずうなずきました。そして、
「じゃあー バスで帰るから・・・」
と、言って信号の手前で降り歩き出しました。その時突然、
「危ない!」
と大声がしたのです「ハッ!」と我に返り、前を見て仰天し、後ろに飛びのき戻りました。赤信号で車の来ている前を、さっさと歩き出していたのです。
「車に乗りなっ!」
と、また大きな声がしました。
夢遊病者のように言われるまま、急いで息子の車に乗り込みました。次から次ぎへと涙はあふれ、ぽたぽたと膝に落ちていました。これから仕事に行く息子は、真っ青の顔になっていましたが、涙は見せず歯を食いしばり、必死にこらえているようでした。
私はお客さんの家に着き、お客様の前で涙を見せてはいけないと耐えようとしましたか、涙はとめどなくあふれ出ていました。
沢山の建具を作る材料を積みおえて家路につきました。二人は口も聞けない状態が続いていました。家に近くなって来た時、息子は重い口を開きました。
(5) 母を思う息子
「母さん! 父さんの事は、母さんの友達には、話さない方がいいと思う よ・・・ もし父さんの事が知れたら、そんな大変な時に! と、言って 友達みんなが、来てくれなくなってしまうと、思うよ・・・」
と言いました。私は黙ってうなずきました。息子は続けて、
「家へ友達に来てもらう事が、母さんのたった一つの楽しみだものね・・・ 皆に来てもらえなくなったら、母さんはもっと落ち込んでしまうと思うよ・・・ 寝ていてもいいから、来てもらわなくてはね・・・」
と付け加えました。私はからっぽになった頭で、こくりとうなずきました。何も思い浮かばない私は、息子を眺め、「男って、すごいなー」と思いました。三十二歳になった息子なのに私の頭の中はまだ子供だ、子供だと思っていたのです。今日の息子は、生まれて初めて見る、立派な大人でした。