(1) 突然の不安
夫六十一歳、私五十五歳、跡継ぎの長男夫婦と孫二人の六人家族で、家族で助け合って建具屋を営み、私も建具を作る職人として、忙しい日々を送っていました。
昭和六十二年十一月の、そんなある日の事でした。夫が突然、
「今、しっこをしていたら、お尻がぬくぬくとしたので、びっくりして トイレに入って見たら、真っ赤な血がどっと出ていた」
と言ったのです。私もびっくりして、
「それは大変じゃない! 直ぐ医者に行ったほうがいい!」
と言うと、夫は、かかりつけの内科医へと走りました。 医者は、
「どうしましたか?」
と聞き、夫は、
「また、痔が悪くなったようですわ・・・」
と答えたというのです。そして何の検査もしなく、痔の薬を貰って帰って来ました。
何の検査もしないで、帰った事で、とても不安になった私は、
「痔が悪いというのは、医者の言う事で、あんたは、病状だけを言えばいいのよ!」
とぐちりました。
(2) 医者に行きたくない夫
そして、一ヶ月ほどがたった時、夫はまた、
「トイレの後には、必ず出血が続いている」
と言うのです。
「どんな色?」
と聞く私に、夫は、
「真っ赤な血だ!」
と答えました。私は胃ガンの末期で、死、寸前の姑を家に引き取り、この手で見て来ましたので、「真っ赤」と聞いて少し安心しました。
そして四ヶ月がたった時、私が腸閉塞になり入院し、さらに二ヶ月が過ぎていました。私は、夫の病状の事はすっかり忘れていました。
そんなある日夫はまた、ぽつんと言ったのです。
「おれ、まだ血が止まらん!」
びっくり仰天した私は、直ぐ医者に行くようにと強くすすめました。何となく医者に行きたくない夫は、
「痔だで、ええ!」
と言って医者へ行きません。私は、
「病気を、大きくしてから行く事はないでしょう!」
と怒りました。
すでに大出血から半年がたっていました。それでも夫は、忙しい仕事に気をまぎらわせ、行きませんでした。
八月に入り、
「盆休みにでも、行くか・・・」
と、やっと行く気になったのです。出血から十ヶ月がたっていました。