呉座勇一「応仁の乱 -戦国時代を生んだ大乱-」(2016) | 北条得宗家の鎌倉めぐり

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この本を初めて読んだのは、確か2016年の終わりから、2017年の初頭だったと思う。話題性があったのは、中野信子先生の『サイコパス』(2016)と、同時期だったから。そして言うまでもなく、本書はたった一冊だけで、本屋に行かないとか、本が売れないとか、そういう時代にもかかわらず、年間でおよそ47万部を売り上げた。累計ではないよ。出版されてからたった1年間でだよ。ではなぜ、そんなに話題になったのか?

 

 

本書は2人の僧侶を主人公に物語が始まるのだが、何と言っても室町幕府8代将軍・足利義政がグダグダで何も決められない人だったのだ。

 

言い換えるなら、今どきの政治家と、瓜二つといったところだ。まず足利義政が、子がいないので、弟の足利義視を後継者とする。ところが、この直後に、妻である日野富子が、のちの9代将軍・足利義尚を産む。巷では、日野富子が画策して応仁の乱を勃発させたことになっているが、実は関与は限定的で、決して悪女などではなかった。そして、足利義政は銀閣寺造営だけに取り組んでいただけではなく、打開策を持ち込んだものの、何しろタイミングが悪い。頭が悪いのか、それとも腰抜けなのか、将軍様でありながら、将軍様らしくないので終わらないのだ。

 

これで足利義政と似たような人間で思い当たるのは、江戸幕府15代将軍・徳川慶喜であろう。仲間はそれなりにいて、社会のことを思いつつもタイミング悪く、現在でいう鹿児島県つまり薩摩藩出身の西郷隆盛の「打たっしゃい!(鹿児島弁)」という総攻撃に撃沈することになる。徳川慶喜もまた優柔不断で、時に「行け!」と言ってみたり、時に「退け!」と言ってみたり、現実とは真逆の指示を出していたりする。これは戦前3度も首相に就任した近衛文麿もそうだ。ちなみに、近衛家は藤原氏直系で公家です。天皇の摂政を明治初期まで務めた九条家の親戚。

 

ちなみに、巻末の人名索引を真面目に拾うと痛い目に遭う。何と言っても、登場人物は300人に及ぶ。この本には、大和国(現在の奈良県)に限定して叙述しているとのことだが、全国のあちこちで東軍と西軍を合わせたら1000人を超えてしまうようだ。これだけでも、本当に気が遠くなる作業だな。江戸時代で大坂夏の陣・冬の陣を考えると死者総数だけで2万3000人に及び、近代に近いほど、人口爆発となるのは間違いないのだが、これは昭和初期もそうだし、第一次世界大戦と第二次世界大戦は、人減らしだと思う。本気でそう思っているわけではないけど、結果的にそうなんだよ。だって若者が排除されるから。これは本気での話、右翼に傾くほど、子供と女性が排除されるんだよね。だって子供は自然だし、女性のお腹が大きくなるのも自然なので、都市ではフェミニズム問題に発展する。そこで手っ取り早い若者排除こそが…戦争だった。

 

 

著者が好きな武将は畠山義就だとか。将軍補佐の官領を出す三家の一つである畠山家の家督をめぐり、いとこの畠山政長と熾烈な争いを繰り広げ、応仁の乱の発端を作ったといっても、過言ではない。東軍総大将の細川勝元はものすごく真面目な人間。それに比べると、西軍総大将の山名宗全は型破りな人で、個性的と言われることが多い。これこそが、かつて湯川秀樹が訪問した時に、京都の料亭の女将が「ウチの大将が大変な苦労をかけまして…」と声をかけた意味は、こういうことだったんですね。京大教授というだけで京都は「ヘヘーッ!」ですから。それに比べると東京や名古屋は、立場を楯に威張っている人が少なくないですよね。特に東日本で育った人。立場があれば、何しても良い、という意味ではないし、そもそもパワハラ行為が許されないにもかかわらず、他人事でスルーなのは、東京や名古屋あたりは都市だけ欧米型で、人間性は発展途上国並みだからです。つまり、かつての東大全共闘のように「現状を打開しよう!」という正義感のある人がいない。

 

山名宗全の「幕府を牛耳って実力行使しよう!」というあたりは、アメリカ合衆国でいえば、ニクソン元大統領の「ベトナムを石器時代に戻してやる!」という発言が出たために大統領の座を追われたり、俳優出身で有名なレーガン元大統領の「ソヴィエト連邦と核戦争すればいい!」というのと、何ら変わらない。ましてこの時は1985年のプラザ合意にて「アメリカにおける双子の赤字を助けてくれ」と来た。直接要因でないものの結果論としてゴルバチョフ書記長がソヴィエト連邦に市場経済を取り入れることとなるのですが、ぶっちゃけ、今で言えば「あいつら精神科行きだろ」と勘繰りたくなるものです。やってみて、やった後は、後の祭りなのです。すべて滅茶苦茶にすれば、リセット出来ると思っている。

 

 

これ実は他にも理由があって、地味で勝者も敗者も分からない大乱だったからこそ人気なんですね。それでいて京都の3分の1が破壊されている。そこまでする必要があったのか?と勘繰りたくなる戦乱なのです。なのに戦国時代への火蓋を切ったとして語り継がれている。ご存知、戦国時代は、勝者も敗者もいて、いないようなものです。誰が主役かも分からないし…その時々によって主役が変わる。地方によっても違う。

 

違うから面白い。他人と同じでは、つまらないことこの上ない。口曲げた大臣が「日本は昔から一つだった」という訳の分からない大嘘ぶっこいて、戦国時代を否定したけど、この時は多様性が最もあったし、また日本は、アイヌ人の住む北海道や琉球王国(沖縄県)を含めての日本なのです。オリジナル日本は、現在で言うと…東北の青森県(最北端)から九州の長崎県(最西端)や鹿児島県(最南端)までを、言うのです。

 

江戸なら、都市だから、つまらない。鎌倉幕府や室町幕府の方が、何が起こるか分からないから、面白い。そう、世の中というのは「分からないから面白い」のです。分かっているだけの知識を詰め込んでも、意味がありません。もちろん知識は重要ですが、使い道を誤れば、結局は、何も出来なかったことと、同じ結果です。それでも、間違って結構なわけで。子供のうちに、どんどん間違えるからこそ、大人になると、間違えなくなるのであって、この経験を通って来ないか避けてきた人は、より相応しい方法を選択することが出来ないでしょうね。変態になるな。

 

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