私は高二病である。この言葉を知ったのは1年未満の話だが、それは発症してから10年も経っていることを暗に意味していた。
この高2病の症状を言葉にするならばこう書いてみる。
あらゆる物事にあきらめとニヒルな笑みを持って、 この世界に失望している。ただ自分だけが、このむごい世の中に差す希望の一光を見ているかのような、高い地位の優越感に浸っている感覚を持ち、神さながら世相を嘲弄するのだ。しかしながら、実際には自分自身が閉ざした光の残像、つまり心を豊かさを羨望しているに過ぎない。
今は、発病当時の自分、これまでの自分、そして今の自分を自愛してやまない。 こうやって捻くれた性格であるのは、自分を大事にできていなかったのだと思う。ちょっと悔しい。
当時はとにかく失望の中にいて、自分の考えや想像には価値がないと思うようになっていた。自分自身を信じてやれなかった幼さや成育環境のことを想う。