伝説の少女ウオッカ -694ページ目

BT系繁殖牝馬

ウオッカ、ファレノプシス

双方、4月4日生まれ。。。BT系 4月4日生まれの牝馬@@注目(^ε^)♪

共通するのは、共に、競走馬生活中、一度も放牧に出されなかった事

ウオッカは近くの牧場に行きましたが

ファレノプシスはそれすら一度もなく、濱田厩舎で過ごしました

ファレノは弱かったからなぁ~

担当は今は調教師の清水厩務員ですよね

ウオッカが繁殖として、成功するか。。。基準が難しいですが

例えばG1馬の母になる。。。。。。。。。これなら成功と言えるのでしょうか???


BT系繁殖牝馬。。。G1のタイトルを持つ馬は。。。

ファレノプシスとチョウカイキャロルとティコティコタック(孫ですが

残念な事ですが。。。。。。。。。。いいとは言えませんね

チョウカイキャロルは繁殖引退しましたが。。。コレと言った子は出ませんでした

ファレノもキャロルも  SSまたはSS系が付けられて

サンデーサイレンスとブライアンズタイムだと。。。血が濃いんですよね

でもG1の繁殖牝馬には。。。サンデーサイレンスって

ノースヒルズも平田牧場もセレクトしたんでしょうね

それがないだけ、成功の余地はありんこ?なウオッカ

ファレノプシスは牝馬ばかり産み、チョウカイキャロルは牡馬を沢山産み

どちらも。。。イマイチ    ティコちゃんも。。。。。

多分、レース後の息が上がらない所から、スポーツ心臓の持ち主なウオッカ

父タニノギムレットがそうだったから、しっかり遺伝してるのね

父が社台に迎えられたとき。。。サンデーサイレンス全盛期にダービー馬となった

ブライアンズタイム産駒だから。。。。。って文言があったなぁ~

心拍数は。。。衛星でしっかり管理されてるようですよ


ウオッカが生まれ故郷に帰って来るのか

私は例えば日本に帰って来ることがあっても

カントリー牧場には帰らないと思いますね、それが出来るなら、海外には行ってませんって

私はこのまま、永遠に外国で暮らすと想像してますけど

あくまでもオバサンの想像ですが

ヒシアマゾンも帰って来なかったなぁ~


なんと言っても、規格外の牝馬

どんな子が出るのか。。。。。。。。。。。今はそれだけが競馬の楽しみだわ~~~ん
$伝説の少女ウオッカ

怪物への序幕

$伝説の少女ウオッカ
怪物。。。これこそダービー前

2002年のクラッシックを席巻していた、タニノギムレットにふさわしい名前です

2歳、夏。ダート1000mでデビューを飾った、タニノギムレット、牝馬に負け2着

この記事によると、折り返しの新馬戦を四位騎手で予定していたけど<そうやったんか

都合がつかず。。。そのうちソエが出て来たので、放牧に

(のちには軽い骨折があったとか言われてたけど、不明???)

12月22日阪神、未勝利戦で圧勝し

私は京都に住んでて、未勝利戦をラジオで聞いてたんですよね

本当にタニノギムレットの文字が全然出てこなくて(一番人気でもなかったし

でレース終了。。。。。。。。。。。。タニノギムレットが勝ちました<オイオイ(@_@)

アナ。。。。。。。。。どこに目つけてん(#`ε´#)

その後KBS京都で、今日の午前中のレース結果をするので、みましたが。。。。。。。。。

圧勝やんか~~~~~~サワタケ。。。ではないな、ラジオですから

その後、年明けのシンザン記念に。。。。。。。これがまたイマイチ優勝馬が弾けない重賞で

週初に発売された、競馬ブックでは。。。ほとんど印がなくて。。。1勝馬ですから

当日発売のブックでは。。。。。。。。印多し   でしたね

人気は一番人気。。。それほどあの未勝利戦はインパクトありましたよね

その頃は
$伝説の少女ウオッカ

松田調教師もテンション高めでしたね

この先毎月重賞を走るわけですが

日刊スポーツ、スポーツニッポン、サンスポ  と全部新聞の冠の付いたレースで

冠がついてると、扱いが大きくなりますからね。。。選んでましたよね調教師

ダスカとはえらい扱いが違ってて。。。。。。と思っちゃいますよね(-。-;)

まぁ~でも。ダスカと戦ってるときにだって

ウオッカの写真が、調教師の部屋に飾ってありましたからね

話題になってて(ほんまかいな)と思ってたら  インタビューの時、しっかり写ってて

本当だった。。。多分ダービーの時のパネルだと思う

気が向いたら、続く

02年ダービー前

$伝説の少女ウオッカ


伊藤雄二先生はまだ、現役調教師だったころ

きっぱり!

タニノギムレット

きゃ~~~ステキ   男前!

とこのころは思ってた、私

ウオッカの時は蹴飛ばしてあげたかった、双方、競馬の法則ですわよ

とは言え、競馬ブックの馬柱

$伝説の少女ウオッカ


グリグリの大本命やんか~~~

あの頃のタニノギムレットは。。。一番強い。。。しかし運がないと言われてた

$伝説の少女ウオッカ

ブライアンズタイム贔屓の私。。。

この新聞写真をいつまで、取ってるんだろう、左シルクジャステス、右エリモダンディ

97年?菊花賞前の追い切りの頃の写真

最高410k台しかなかったエリモダンディ、小さい頃からいじめにあってて

でも同父、同厩舎、同い年、のちの有馬記念馬、シルクジャスティスが庇ってくれて

ジャスティスが大好きだったエリモダンディ、いつも一緒に御稽古

ジャスティスの後を付いて歩いて、間に馬が入ると、激怒、みなそれを知ってて、気を遣ってたらしい

小さいけれどファイター

ダービーは2着と4着。。。。優勝はサニーブライアン

ダンディは武騎手に乗り替わって、京阪杯、日経新春杯と連勝、直後骨折判明

武騎手ひとりのウイナーズサークルだった

一週間後くらいに、腸ねん転で天国へ。。。だから今でも、日経新春杯は嫌

エアグルーブ、マーベラスサンデーを破って3歳で有馬記念馬になったジャスティス

その後すぐ、ダンディが亡くなって

ジャスティスも勝つことがないまま、競走馬生活を終えました

いろんなシンパシーあった2頭だったんだろうな