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ドライフルーツのブログ

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本当の幸せって言うのは、ないのかもしれない…

それは、常に不幸じゃない状態のこと…


と考えると、ほんとうの不幸も存在しない…

それは、幸せじゃない状態…


幸せと、感じたり…
不幸と、感じたりするのも…
わたし…という、センサーが、ある出来事にどう反応しているかによるだけで…

その反応の仕方、そして、その時の受信機=『身体の感じ方』の状況によって、
外からの刺激を幸せと感じるか、不幸と感じているのか…

単に、そのどちらだということに、他ならない…

同じ出来事でも、その時の状況によって、反応が正反対になったりもする…

例えば、ずっと頭痛に悩んでいる人が、ある時、全く、
頭痛がなくなった時には、大変な幸福感を味わう…

しかし、その幸福感も慣れてしまうと…
幸福であることを、だんだん感じられなくなってくるし、
逆に、頭痛が無い状態が、不幸になる場合だってある…

頭痛が無くなった状態が長く続いた時…
今度、またあの頭痛がいつ、襲ってくるかわからず、不安だぁ~
などと、戦々恐々とした気分になる場合だってある。

頭痛が無い状態なのだから、頭痛が解消した時の様に、
幸福感で一杯になってもいいはずだが、
そうはならずに、かえって不安を感じてしまう…
全く、おかしな話だ。


わたしの場合もそういうことがあった。

わたしは、晴れの日が好きで、雨の日が大嫌いだ…
最近は、雨の日が、多いので、へきえきしているが、
今日のように、晴れ渡ると…
超ーいい気分だ…

去年あたりは、晴れが続いた日が多い時期もあって、
その時は、たまに、雨が降ってもいいよな~
などと、考えた記憶がある。
…全く勝手なものだ…

しかし、考えてみれば、普段生活していて雨だからと言って、
雨の天候の間中、ずっと気分が悪いかと言うとそういうわけでも無い…

現に、昨日も雨だったが、職場の人が面白いことを言うたびに、
腹を抱えて笑っていた…
笑っている時には、不幸を感じてず、
笑いすぎて、かえって幸せさえ感じていた…

というわけで、雨の時でさえ、
気分がずっと不幸状態にあるわけでは無い…

また、雨で気分が悪いという感覚があるから、
晴れの日の幸福感がたまらなく感じる。

だから、雨の日の憂鬱な気分は、
晴れの日の爽快感、快適感を味わう準備をしている
ということもある。


まあ、だから、そんな不幸な思いが出てきた時に…
どう、対処するかということが、
わたしにできる唯一の選択となる…

不幸と感じるその時に…
①いかに、その気分に耐えるか…
②あるいは、気分転換をしていい気分になるか…
③不幸の気分を存分に味わうか…
④他人に文句をいって、不幸な気分を垂れ流すか…

方法は色々とある…


気分が悪くなった時に、
どう過ごすか、冷静???に選択していきたいと思う…


ということで、今日はこの辺で
また明日お会いしましょう
家では、家内以外は、モノを片付けることが、得意ではない。

わたしを含め、3人の娘も出したら出しぱなし…

食べたら食べっぱなし…
ということが、常態化している…

家内が掃除してくれて、折角部屋がキレイになっても、
1時間もしないうちにモノが置かれ、放置される…

いつの間か、掃除をしたあとの清々しい雰囲気は、なくなっている…


『一つ出したら、一つ片付ける。』
という習慣がついていない。
一つ出したら、一つ片付ける
というよりも、『使い終わったら片付ける。』
という習慣をつけたいものだ…

自分の職場を見ても、
『ああ、後で使うから、ここに置いておこう…』
と言って、置いてあるものが多く、それらが如何にも
乱雑で散らかって見える。
と、いうことに気がついた…


わたしの職場は、部品会社で部品の出し入れを行っている倉庫の作業だ、

倉庫に配属されたのが、昨年の8月だから倉庫作業を行うようになってから
丸8か月になる

倉庫の作業は、2名で行っており、
倉庫の先輩と私で倉庫の1階と2階を担当していた…


その先輩は10年倉庫の仕事をやっていて
倉庫作業のプロであるとともに…

なんと整理整頓の達人なのだ…

3月から、その先輩と担当する階を交代した…

わたしが1階の作業も担当できるようにという目的で
それまで、7か月間2階の仕事を担当していたのが
3月から1階の作業を担当するようになった


先輩が作業するようになって、しばらくして…
今まで、自分が作業していた2階の現場が、
見違えるほどキレイになった…

余計なものがなく、荷揃えエリヤが格段に広くなった感じがする…

その整理の達人は、パレットに乗ってくる部品を、
パレットのまま置いておくのではなく、
いちいち、パレットから、おろして、床に置くようにしている…

わたしの場合は、パレットのまま部品置き場に置いていた…
部品の移動が楽だからだ…
ただ、その場合、パレットは1m×1mの板なので…
一つの部品を置くのにその面積が確実に必要となる…

一方、達人のようにのパレットからおろし
ポリ容器だけを部品置き場に置くようにすれば、
使用面積は、パレットの場合の8分の1から
4分の1程度でおさまるのだ…


また、圧倒的な違いは、
やはり、こまめに片づけながらやっているということだ…


共有で使用しているパソコンの使いを見ても
達人はわたしとは違っていて、
そこからも整理整頓の達人としての一面が見える。


わたしの場合は、パソコンで社内のシステムを使用するとき、
一つサブシステムを立ち上げたら、
立ち上げっぱなしで別サブシステムを立ち上げて作業を続けるのだが…

達人の場合は、別のサブシステムの仕事をする時は、
今まで使っていたサブシステムを落としてから、
別のサブシステムを立ち上げて作業している。


そして、パソコンの作業が終われば、サブシステムを全て落として、
社内システムの初期画面にしておくことが、決まりとなっている。

当初は面倒くさいと思っていたが、
その先輩はから、仕事を教わっている手前、
さすがに、今までの流儀を崩すわけにもいかず
それに倣っているのだが…

ときどき、使用後サブシステムを落とし忘れて、
立ち上がりっぱなしになっていることがあった。


達人からは、何度か、付箋でパソコンデスクに
『初期画面に戻すこと』という貼り紙をされたが…

何度目かの忘れた為か…
現在マウスパッドの周りは、
『初期画面に戻すこと』付箋が、
6枚も並んで貼られている…
さすがに、それには、恐れ入って…
最近では、忘れない様になってきた…


まあ、そんなことを考え合わせると、
達人の整理の仕方、やり方、
そして心情として整理しながら作業を行っている
ということは間違えなさそうだ…


家内のいう『一つ出したら、一つしまう。』に通じるところがある…


パソコンを例にたとえれば、
キャッシュメモリ(作業領域)が一杯になると、
パソコン自体の機能が停止してしまう…
いわゆる、フリーズ状態になるのだが…
作業領域が一杯で作業できませ~んという状態…


つい先日、パソコンを購入した際、
店員さんの説明では、キャッシュメモリーが2ギガと少ないので…

いろいろなものを立ち上げると、動かなくなってしまうことがるかもしれません…

そうなった時は、一度、電源を落とせば、
キャッシュメモリーがクリヤされるので、
立ち上げ直すと、また、使える様になりますよ…
ということだった…

要するに、使っていたテーブルに広げたものを一度全部片付けて、
キレイにしてから続きをやってください。ということだ…

そんなに広い部屋でなくても、こまめに片付けながら作業すれば、
キレイに使えるというよいたとえだ…


これからは、作業が終わったら、片付ける習慣をつけることに決めた…

そしてもう一つ、今まで、出しっぱなしで整理していないものが
家の部屋の所々に置き去りにされている。
それを毎日一つづつ、必要ないものを捨てることにした…

具体的には、毎日、一つは捨てる修行を100日間続けることに決めた…


昨日も、少し捨てたので、開始は昨日の4月4日スタートとした。


さて、100日後どのくらいきれいな家になっているか、楽しみだ…


という訳で、今日はこの辺で
また明日お会いしましょう

ps
モノが沢山あれば、幸せ…
という時代じゃなくなってきた…
世の中に、モノがあふれかえっている…
戦中に育った人たちは、以前、戦中から戦後にかけて、
モノがない時代に育ち、『もったいない』などという。
流行り言葉まで作ったが…

今は、モノがあふれかえっている。

いかに、シンプルに仕上げていくかが課題だ…
時間にもてあそばれていないか…?

わたしの場合は、大抵、時間に追われて生きている…
と、いうよりも、時間にもてあそばれている…


新しい作業を始めてから、1ヶ月が経ち、やっと大分、仕事に慣れてきた…
少し余裕ができ始め、テンポよく、仕事をこなしていたが…

先週の金曜日…
いつものように作業をしていて、
途中で、トラブルに気が付いた…

準備したはずの、部品の納品カードが一枚見当たらない…

作業現場の心当たりをいろいろ、探してみるのだが、見つからない…
見つからない…
みつからない…

どんどん作業時間が圧迫され、
納品カードを探すのに、作業する時間までもが、どんどん食われていく…

ココロは焦りを感じ、文句が出てくる…

文句が出てきたところで、それは、誰のせいでもない…
『どうしよう』

1日の作業の内容は、決まっていて、
わたしの今の作業スピードから言って、
1日の作業時間と作業ボリュームは丁度トントンの量だ…

だから、それ以外に作業事項が増えれば…
どんどん、時間がなくなってしまう…

今回のようなトラブルで、そちらに時間を割かれると、
時間がなくなるわけではなく…

定時に終わらなくなる…
ということだ…

しかも、今回の場合、時間を消費しているのは、
自分がカードを紛失したせいだという負い目がある…

だから尚更、遅れた焦りと、言い知れぬ怒りを
外にぶつけることもできない…

外に怒りをぶつけたり、他人に言い訳ができるのは…

自分以外の原因で遅れる場合だ
という思い込みがあるからだ…

原因が仮に外にあれば、残業になっても、
わたしのせいではないという、思いだ…


結果的には、紛失したカードを再発行してもらって、
なんとかその場をしのいだ…

その結果、
残業にならないギリギリの時間で作業を終了することができた…

3時の休憩はもちろん取らず…
トイレにも行かずに作業した

いつもなら、そんなことぐらいでは疲れないのだが…
なんだか、エライ疲れを感じた…

この対策のために、何か良い方ほうさくはないか…
どうにかならないものか…
いろいろと考えを巡らせたところ…

対策は、罪悪感から解放されること…
罪悪感から解放されるには…

トラブルが起きた時に…
自分のせいだと考えないこと…

自分のせいだという思いが出てきたとしても…

それはそれとして、即、上に相談する…

相談する場合も、紛失したことを素直に話しはするものの、

『必要以上に謝らない…』ということを徹底したい…


なぜなら、今まで、散々謝ってきた…

わたしが、なくしたとしても、
それは、わたしのせいではない、ぐらいの気持ちで…
衝動が起きて来ても、できるだけ謝らない…

なぜなら、わたしの場合は、今まで必要以上に謝ってきた…

これまで自分が悪くない場合でも謝ってきた…
しかし、謝るたびに卑屈になってきたのも事実…

罪悪感の塊…
劣等感の塊…
フンの塊…

そうなると、気分は最悪…
自己嫌悪の塊で…

気持ちの上では、たちあがることさえできなくなってしまう…
今までのパターンはそういうところだった…

そんな経緯がある私は…
今度は、『何が起きても、謝らない…』
という修行をするのも一興だ…


罪悪感ほどの害悪はない…

この罪悪感の克服こそが、
別次元の自分にステップアップするための道のりだ…

そこだ、
そこが足りなかった
足りないものは補えばいい

補って、明日へのステップを踏み出すことにしよう…

ということで、きょうはこの辺で
また、明日お会いしましょう

ps
誰のための言い訳を考えているのか?

こうだったから、時間に遅れた…
こうだったから、残業になったではなくて…

残業する…
でいいじゃない

結局、どこまでいっても、罪悪感…
自分のせい…から、抜け出せない…

だから、今度は自分のせいにしない…

昨日の小嶋先生の勉強会には、8名の参加者があった。
高校生の男子が一人、そのほか私以外は、全員が女性だった…

一人の参加者から、その場にいる全員に、質問があった。

『ゆらぎって、何なのでしょうかか…
 これが、ゆらぎだ…というのがハッキリと分からないので、
 皆さんがとらえている揺らぎが、これだ…』

という質問だった…

わたしは、生きることそのもの…と、答えたかったが…
そうは答えず…

次のような話をした…
話し言葉では、上手く説明できなかったので…

昨日説明したかったことを改めてここに
文章としてまとめてみた…


この世が生まれる前…
ビッグバンの以前の世界は、
何もない…
無の世界?だった…
(無は何も存在しないのだから…
 世界ということもないだろうが…w
 こんな書き方は…無というものがまるで有るように書いているが…
 無は、言葉では表現できないだのだろう…)

何もない世界は、全く何の変化もなく、退屈な世界でだった…

その暇すぎる、退屈な世界に、
飽き飽きしてしまったわたしの意識は
変化することを強く求めた…


強く強く変化を追い求めた結果…
無の世界に変化が生まれた…

変化が生まれたということは…

もう、そこは無の世界ではなくなった…

それが、この世…
両極の世界だ…

両極の世界には…
真ん中は存在しない…

プラスかマイナスどちらか…

プラスにとどまり続けることもなければ…
マイナスにとどまり続けることもできない…

そして振り子が大きく揺れるように…
揺れだした振り子が真ん中で止まることもない…


それがビッグバン…

もと居た無の世界…
余りにも暇すぎる世界にいた私たちの意識は…
忙しさを求め…

忙しい世界へ入り込んだわたしの意識は…
忙しい世界では、全てがせわしなく動き回って、
休む暇もない、という状況になった…

そして、いつしか私の意識は、自分が求めた、その忙しさにくたびれて…
意識が休めるゆったりした世界を求めはじめた…
もと居た、静寂の世界…


そして意識が求めた静けさの世界がもどってきた…
静けさの中にいると、なんと安心することだろう…
安心しきった私の意識は十分な休養を取った…

そして、いつしか、また内側から湧き上がってくるエネルギーを感じ
そして居ても立っても居られない…
抑えきれない衝動となって…
また、大いなる変化を求め始めた…

その結果…
大波が起こり、内なる大きな衝動は、
自分の意識の外側に、大いなる変化をもたらすことになった…

そしてまた、わたしの意識は、忙しい世界に埋没していった…

忙しい世界は、変化に富み、暇を感じることがなく楽しい世界だ…
その世界で存分に遊んだわたしの意識は…

またいつしか、疲れ切って…
眠るように静寂の眠りの中に意識が落ちていった…
そして十分な休養を取った意識は…


というように…
人生は求めた変化を自分の外側に、繰り返し繰り返し表し続けるリズムとなった…
そのリズム…

リズムそのものが、ゆらぎそのものだ…

大波…
小波…

波のない人生はない…

わたしの人生…
人生そのものが、ゆらぎそのものなのだ…


ということで、今日はこの辺で…
また明日お会いしましょう…


ps
変化に富んだ人生を生きていきたい…
それが、今、わたしにとって、最高のゆらぎ…
アクティブに…
アグレッシブに…
貪欲に…
熱く、熱く…
そんな人生を求めて、求めて、求めて、求め続けたい…

(サブタイトル:わたしには、わたしにだけの体験が…)

今まで、体験してきたことは、わたしの体験でしかない…
当たり前の話だなのだが…


昨日、大学の入学式だった三女は…
今日は、学校で早速、英語のテストとガイダンスがあると言って出かけて行った。

三女からそんな話を聞いていたら、
ふと、自分が大学を受験した頃のことを思い出した…

当時、受験勉強自体どうやっていいかわからず、
ろくな受験勉強もしなかったのだが…

わたしのその頃の偏差値レベルから言って
だいぶハードルの高い大学を受験した時のこと、理系の学部を受験。

数学の問題が配られた時の事…

問題の数は5問程度だったろうか?…
はっきり覚えてはいないが、問題数は多くなかった…

それでもハッキリ、覚えているのは、
一問も手が出なかった。ということ…

…もう35年も前のことだが…

その時の試験会場でのいたたまれなさ…
情け無さが、いまでも思い出される…


ついこの間までは、三女が受験生だったが…

三女は三女で、また違った体験をしたのだと今更ながら思われる…

つい、自分の体験のように勘違いするのだが…
それは、三女の体験であって、私の体験ではない…


三女は、受験勉強でも、
通っていた高校が受験に向けて積極的に取り組んで
応援してくれたことや…

本人も、その応援に答えるように一生懸命勉強していた…
(わたしの目には、少なくともそう見えた…)

受験した大学の数も、センター試験合わせて、
全部で10校前後の大学を受験しただろうか…

合格発表の結果の知らせを、三女から聞くたびに…

興奮したり…
喜んだり、悲しんだり…
なんだか、自分が受験していて…

合格の知らせを聞けば、
自分が合格したような、錯覚に陥いっていた気もするのだが…

わたしの受験の体験は、先述の大学の数学の試験で、
白紙の回答用紙を返したこと…
情けない思い出だが…
それがわたしの体験した受験の1つの思い出なのだ…


三女は、三女の受験の体験があり、
長女のそれでも、
次女のそれでも…

ましてや、わたしのそれでもない…

当たり前のことなのだが…

ついつい、自分が受験しているのかと、
思い違いしがちだった…


白紙回答の体験を思い出すことで…
我に返った感じがする…


先日も、家族で、受験の話になった時…
娘たちや、家内の前で、数学白紙回答の
思い出話しをして、笑わせた…

笑い話にできるほど…
その時の情けなさは、自分の中で終わったという感じがする…


今は、いい時代だ…
いろんな話がまるで自分のことのように語られる…
でも、自分の受けた体験は自分のものでしかない…

別の誰かが白紙回答提出という、
同じ状況になったとしても…

人によって受ける印象はそれぞれ違っていて…

一人一人の体験は、すべて違うはずだ…

だから、その体験はその人自身にしか体験できないということ…

そのことが、今更ながら、わかった感じがした…


わたしの白紙回答の受験体験は、
今では、懐かしい思ひでとなった…

そうやって、どんどん、終わって行く…
どんどん、時が過ぎていく…

そうやって、人生も終わっていくのだろう…


映画マトリックスの中で、
預言者オラクルが言っていた

『始まりがあるものには。終わりがある…』
という言葉が思い出された…

なんというか、味わい深い…


そうやって、
一つ一つ終わっていくのだ…


…と、いうことで、今日はこの辺で
また、明日お会いしましょう
今朝の家内からの話は…

インターネットで知井道通さんが書かれた記事を読だと言って…
『脳は、自分の望む方向になることさえも、拒む。』

自分の望む方向…
もし現在、そうなっていなければ…
なりたい自分になってしまったら…
その状態を維持できずに、そうで無くなる危険が、出て来てしまう…

望む状態を維持できないのは、自分の望む方向ではない…
そこで、脳はそんな危険は回避したいと考え…

二の足を踏んで…
結果的に、自分が望む状態にはならない…

ということだ…


以前のわたしなら、太っていたので、
痩せたいと思ったが、痩せると太る危険が出てくるので、
太る原因を作らない方向…

痩せないという方向になり…
いつまでも、望みがかなわない…

ということで、現状維持の状態が一番安心…
だから、いつまで経っても、望みがかなわない…

今まで叶えたいとおもった、いろいろな望み…
二の足を踏む思いが、いままで、何度も、
頭をよぎったことを思い出した…

いや、よぎったなんてものではない、
その考えで頭の中が占有されて…

本当はなりたいのに
『そうなりたいと思わない!』
といったことを思い出した…

一度は痩せてから、
また太る自分も許す…

太ったら、また、痩せればいい…

まず、一度。痩せてみて…
次のこと考えたら…

何度も何度でも、痩せたり太ったりすればいい…

どちらにしても、
人生は、暇つぶし…
何度も、何度でも…

同じパターンを繰り返し…

繰り返し、繰り返し、やっているうちに…
そのうち飽きてきて…

その遊びから卒業することもあるかもしれない…

そして、別の遊びに以降するのかもしれないし、
繰り返しを続けるかもしれない…


とにかく、
一度は望む状態、なってみる…
というのを決意したい…


ということで、今日はこの辺で
また、明日お会いしましょう
『さくらは、まださいてない?
 庭の桃の花が、満開だから、
 もうそろそろかと思って…』

家内から、朝そう聞かれて…

毎日、車で通勤しているものの…
実際に、風景を鑑賞しながら、
運転していない…

改めて聞かれると、今更ながら、
どうだったか、
記憶を辿っても、思い出せない…

それだけ、心に余裕がない、ということだろうか…

改めて、今朝、通勤の車の中から、
外に広がる景色を眺めながら、車を走らせた…

桜が咲いているところは、わずかだった…

そう言えば、桜の前に梅が咲いていたはずだ…
いつも通る梅の畑に目をやると、
もう、梅の花は終わっていて、
おそらく、梅の実がついているのではないか
という感じでひっそりとしていた…


その代わりと言ってはなんだが…

菜の花が、満開のところがあったり…

いつも通る、曲がりくねった下り坂の途中のお寺の庭先の、
しだれ桜の大木は、2本とも満開の花をつけて
大変、見事だった…


通勤途中の、田舎の景色は、
ただ、それだけで、
絵になる風景がいたるところに
ちりばめられていた…


やはり、景色を楽しみながら、
走っていなかったのだ…


何かに、ココロを囚われて、
余裕のない状態だった…

人生でも、常に、そうなっていないか…
ふと、反省する…


昨日も、家内から
『もうちょっと、楽しそうなかをを見せて…』

『楽しそうな顔してない?』

『いつも、怖い顔してるよ…』

そう…
いつも、真剣そのもの…
近寄ったら切ってやる…
という感じで、ピリピリしながら生活しているかもしれない…


仕事だって手を抜くのはありえない…
という調子でやっているから、ココロに余裕ができないのかも…

実は、今のところ、熱く熱く…
働き続けることが好きなの???…だ…

マグロと同じで、泳ぎ続けている…
止まったら死ぬぐらいの勢いだ…


でも、気さくな同僚が…
通りすがった会社の女性の肩をたたいて、
きょとんとする相手に、手のひらをかざし、
ハイタッチをしているのを見たりすると…

途端に楽しさがこみあげてくる…

これだな…
人生の楽しみは…

全身から力が抜け、笑いがこみ上げて来た…

今日一日の中で
はじめて笑った…

大笑いだ…


そんな、心の余裕を持ちたいものだ…


人生の運転も…
楽しみながら、運転して見ましょうか…


そのためには、他人の視点に立って景色を眺めてみても、
いいかもしれない…


その気さくな同僚の視点に立ったら
どんな風景が見えて来だろう…


そうしたら、人生変わるかもね…

というわけで、今日はこの辺で
また明日お会いしましょう

ps
わたしの恩師で、
須田先生という方がいらっしゃった…

数年前に亡くなられたが…


その方が、
『家に入る前に、玄関の所で…
荷物を降ろして入りなさいよ…』
とおっしゃっていた…


今更ながら…
その言葉が思い出された…
今まで、私は、自分で答えを出すのではなく、
他人に聞いて、やることを決めたり、
他人に答えを教えてもらって、その通りすることによって、
自分の進む道を決めてきた。

まぁ、他人任せの人生を送ってきた訳だ…

自分の思った通りに、やってみたい、
だけど、食えなくなったらどおするんだ…

そんなことしたって、上手くいくはずないよ。

大学まで出してもらって、
現場仕事をしてるって何やってるの…?

…えっ?…バカにしちゃいけないよ…
やったこともない人が…

事務仕事の方が高級だって?…

そんなことだれが決めたんだ…

やってる仕事の内容とそれに価値があるない…
と言うのは、全く結びつかない…

サッカーの選手を見ろ…
野球の選手だって…
みんな現場仕事で…
えらい額を稼いでいるじゃないか…

だからって、その人たちが高級かというと…
それも、全く別の話…

野球の選手と…
工場の現場で働くのと何が違うんだ…
確かに野球に関しては、
ちょっと、才能があるのかもしれないが…


それと、事務仕事が高級だって、誰がきめたんだ…


みんな、なんか騙されていないか…

今の社会システムを勝手に作った人たちが…
この仕事には、これだけの報酬を払おうとか…
勝手に決めただけじゃないの…

その決め事が絶対かというと…

それだって、ただの幻想…


…現場の仕事もやって見ると、
テンポがあって楽しく、
毎日がとても充実している…



大学に進学して…
いい企業に入って…
いい給料をもらって…
一生安定した暮らしがおくれたらいい…


そう育てられてきた…

それは、ある意味本当で…
ある意味、間違いだ…

幻想の社会システムでは、
確かに現場の作業者は、
事務職に比べて給料が安くなっていることは
確かかもしれない…


子供達が大学に進学するのにお金がかかるっていうのに…
給料が安けりゃ進学させられないだろ…


そう言っていたオヤジは、
一部上場企業のサラリーマンだった…

2人の子供を大学まで出して…
一人は音大…
かなり金がかかったようだ…

60で定年し…
現在は85歳になる…

先日、父が私の娘…彼にとっての孫に…
こんなことを話していた…

父は、ここ数十年菊作りをしているが…
菊作りが好きでやっているかというとそうではない…
と言うことだった…

そして、大学受験を控えた娘に向かって…

『自分のやりたいことを見つけていったらいいよ…
 おじいちゃんは、未だにやりたいことがわからない…』
そう吐露していた…

いい企業に入って…
と、俺を育てた親父がそんな情けないことを言うのだ…
親父の口からそんな言葉を聞くとは思わなかった…

ああ、このことだったか…
伊東聖鎬先生が言っていた
『つまらない人生ですね…?』
というのは…


現場仕事というのは、冗談半分で…
もう現場に行った方が気が楽だ…
といったことが何度かあった…

目の前の仕事をひたすらやっていく仕事を
して見たいと思ったのも事実…

だから、家内には、
何度か現場に行きたいと言っていた…

それは、事務仕事の責任から逃れたい
という思いもあったのだが…


そして、ある時突然…
事務職から現場作業への異動を命ぜられた…

給料を下げられたのは不本意だが…

まあ、望み通りになった形だ
現場作業なんて、あんたには無理…
向かないよ…
っと言われたが…


そんなもん、やってみなけりゃわからない。
わかり切った人生より、わからない人生の方が、
ワクワクするだろう?


いや、安心安全の人生が、いいに決まってる。
そう、育てられてきた。

そうか、じゃぁ、そうやって、生きてきたのか?


いや、つまらなくて、つまらなくて…

今までだって…
それ以外の世界を求めて来たじゃないか…


親父の言う通り…
一部上場企業の会社に入って、

配属された部署がつまらなっくて…
そのうち社内留学、戻れ、いう命令を無視。

次の職場では、上司の理不尽に反抗したために、給料下げられ…

その部署もつまらなくなって…

別の部署に異動…
交通安全や廃棄物、環境の仕事をした…

ここでも、年下の上司とうまくいかなくて…
会社を辞め…

次の会社は知人から紹介された人材派遣の営業だった…
社長と折り合わず、反抗して、ここでも給料下げられ…

ITの客先現場で、部下を持つことになった…
パソコンスキルは、ここで部下から鍛えられ…
結局、その会社も卒業…

今は、今で、事務管理職として入社したが、
つまらなくて…
希望通り現場仕事に…

とここまで書いてみると…

やっぱり、自分の好きなように
やった来ているわ…

と言うわけで…

つぎは、就農でもして、ユンボを操りたい…

やってみたいことだらけです…

何を二の足踏んでるの…
人生は、長くないよ…

さっさと、始めたら…

ということで、今日はこの辺で
また明日お会いしましょう。

知り合いの子が大学に合格したと聞いた時、
早稲田だったりすると…

すごいね~という反応になるのに…

いわゆるボーダーレスの無名大学だったりすると…
えっ、何でわざわざそこなの…
と言いたくなるのはなぜだろう…

自分基準で色んなものを判断している。

自分より、上のものを尊敬し、自分より下のもを馬鹿にする。

なぜ、そんな反応が出てくるのか?

それは…
相手を馬鹿にすることによって、自分が、上に上がりたい…

そうでもしなければ、自分が上に持ち上がない。

なぜか…
自分を低く見積もっているから…

誰かを下に見て自分を持ち上げる…

自分を何かと比較して、高めなければ、
惨めでやってられないと言うのが本当のところかもしれない…

自分に、絶対???の自信のある人は、
わざわざ、他人を、おとしめる必要はない…

しかし、それを責めるのは止めにしよう…

今まで、十分に責めてきた…
だから、今は話を聞いてやろう…


単に、他人をおとしめてまで、
自分が上がりたい人がいる…

その人は、出て来たがっているから、
仕方がない。

出たいものは、出るに任せて、出し切って…

出し切ったもの…
出し切ったうっぷんを、
自分で受け取って…

そのパターンを…
終わりにするとしましょうか…


…というわけで、今日もこの辺で
明日、また、お会いしましょう

昨日は、睡眠を充分とった。

昼食後2時間…
夕食後も3時間以上…
眠くなって寝てしまった…

夜も、いつもと同じ時間の睡眠をとった…

おとといと、先おとといの風邪の症状は、よくなったものの…

まだ、身体が本調子ではなかったようだ…

普段は、1日4~5時間ていどの睡眠時間なのが、昨日は延べ10時間位は、寝たと思う…

…と、ここまで書いて…

家内から、『あんた、長時間寝ることに、罪悪感を感じてるんじゃない…』

と言われて…
確かにそうだと、思った。

以前は、土日になると、昼寝と称して、長時間…
3~4時間寝ていた…

最近は、ほとんど昼寝をしなくなって、
心のどこかで、昼寝をしない自分を偉い?
と思っていた。

ただ、昼寝をしないだけで…
何が、偉いのか?
偉くないのか?

くだらんと、思うが…

昼寝をしないのは、よくって…
ねてばかりいるのは、悪いという…

思い込みがある…

『結局、寝るほど暇なんだよ。
何かやりたいことがあれば、それをやって、
昼寝などするひまは、ないんじゃない。』

そう、毎日やりたいことをやらずに…
空虚の連続なだから眠くなるのかもしかたない。

もっと、積極的に取り組める仕事を見つけよう。

眠いなどと…感じている前に…

目がさめる仕事に出逢おう…

それは、もう、目前にある…

目前にあるのに…
手を出さないでいる…

どういうわけか…

〇〇が終わってから…
と、先延ばしにしている…

1ヶ月後に、死んじゃうという状況なら、即、はじめるだろうに…

まだまだ、いつまでも命があると思っていますな…

というわけで、まず、着手することにします…

と、いうわけで、今日は、この辺で
また、明日お会いしましょう