昨日まで両目の上まぶたが腫れて、目が重い感じだった。
家族も心配するんで小嶋先生にメールで相談をした所から
今日のテーマを始める。
<わたし→小嶋先生への相談メール抜粋>
(前略)
筋反では、3日後には、腫れは引くと出ますが、
家内を安心させてやりたいので、念のため、
腫れの引くポイントを出していただきたく、
お願い致します。
(後略)
<小嶋先生からの返信>
奥さんを安心させてあげるために症状をコントロールするのですか…。
それは、ドライフルーツさんか奥様が自分らしさに向かう一つの段階なのでしょうか?
右足第2楔状骨EX5P
ドライフルーツさんのゆらぎの回復出だしました。
小嶋先生は、常々、その人がその人らしく生きるための協力をしておられる方だ。
そのため、上述の内容で返信をいただいたのだが…。
さて、頂いたお題『自分らしく生きる』ってどういうことだろうか?
かつて『自分らしく生きるってどういうことですか?』と、
小嶋先生に質問したことがあった。
しかし、自分の理解に至っておらずそのままにしていた。
今回の返信で、またそのことについて考える機会が与えられた。
わたしが考えている『自分らしく生きる』とは…
何にも頼らず、生きていけることだろうか?
まず、経済的に自立することだろうか?
経済的に自立するとは、どういうことだろうか?
自分の食いぶちは、自分で稼げるということだろうか?
子供たちを大学まで、経済的に支援をしながら、
自分の稼ぎだけで、出してやれることが、自分らしく生きる。
ということだろうか?
また、社畜ではなく、
自分で自分自身が納得できる仕事をして、
生計を立てていくことだろうか。
家内と話をして、家内の望みや、
わたしの想いをすり合わせして生きることが、
自分らしく生きることだろうか。
はい、全てに対して、その通りです。
全て私の上げた質問に対して、その後に、はいそうです。
と、つけたら、
それが全部、わたしから見た自分らしく生きるの、
答えになっているのだと思うのです。
それは、わたし自身が決めていることでした。
というよりも、そうしなければいけないと、思い込んでいることだからです。
そういう思いがなければ、そんな問い自体が出てこないからです。
だから、わたしは、
自分が考えている通りにする必要があるのです。
自分が、そう決めってしまっているからです。
そして、現在そうなっていないとか、
それは危ういと感じているのなら、
その部分が、自分らしく生きていない部分ということになるのです。
主観的に言えば、きっとそうなります。…
では、客観で言うと…
…桜の花の時期が終わろうとしています。
桜の花が散って、緑色の葉っぱが少し出始めました。
花びらが付いていたガクの部分が、少し離れたところから見ると、
若干、赤味を帯びて、木、全体が少しムラサキがかって見えています。
サクラの花の満開の頃と比べれば、
客観的に一言で言えば、きたない感じに見えています。
それだけ、満開の頃の美しさ…
圧倒的なエネルギー…
総てのチカラ…
総ての栄華をそこに感じていました…
しかし、今は、どう感じるか…
外から見れば、さびれてしまって…
満開の頃の見る影もない…
ように、映ります。
花の時期は、もてはやされ、
散ったら、物悲しさを感じるのは、なぜでしょうか…?
サクラは、サクラが自分らしく生きているのは、
花をつけている時期だけなのでしょうか?
外から見て、どんな状態であろうと、
サクラは、ただ、そのままで、サクラなのではないのでしょうか?
サクラが、花が散ってしまった自分の姿を見て、
情けない…と、思えば、自分らしくないのでしょうか?
サクラは、いつの時期も、どんな状態でも、
サクラはサクラなのです。
冬になって、葉っぱもなくなり、
じっとしている時も、サクラはサクラなのです。
それが、サクラらしい生き方なのです。
わたしは、いちいち、
その時々で外側の意見に左右されたりして、
こんなんではない!
こんな生き方は、違う!
もっと自由に!
もっと自分のやりたいことを!
やりたいママ!
やることが、自分らしいじゃないか!
と、自我…思考?が、言ってきます。
でも、今はできていない…そんな時だって、
全部、自分であり、自分らしいのではないのでしょうか?
自分らしさからは、死んだって、離れられません?
死んだことがないから、わからないけど…
だから、いろんなこと考えてる時も、
全部、自分らしい生き方をしてるってこと…ではないのでしょうか。
それで。いいのかなぁ?
以前、小嶋先生と話した時に死ぬ時に、
くいがなかったと死ねる人生が、その人らしい生き方だ…
いつ死んでも、くいが残らない生き方が、
自分らしい生き方をだと言っていました…
わたしは、今、死んだらくいが残るだろうか…
なんだか、わからなくなってきました。
昨日、頂いたお題について、家内と話をしました。
家内とは、普段からよくよく話をしているつもりでいましたが、
認識がずいぶんずれていることがわかりました。
わたしは、社畜人生を卒業して、
農業でもやろうかと考えていたのですが…
家内は、サラリーマンが安心できるし、
農業をやるなんて不安だと言っていました。
将来のこと、現在のお金を稼ぐ手段…
その部分については、ほとんど話していないことが改めてわかりました。
近くにいる仲間ともっともっと良く話す必要があるなぁと感じました。
と、いうことで、今日はこの辺で
また、明日お会いしましょう
ps
サクラは、死んだら、サクラではなくなるでしょうか?
かつて生きていたサクラの木は、
サクラチップとしてスモークに使われたり、幹の部分は、木材になったり…
と、もう一度生まれ変わります。
豚は、死んだら、豚でなくなるでしょうか?
豚は、殺されて死んだあと、
食肉としてうまれかわります。
人間は、死んだあと、もやされておしまいです。
どっちが、有効ですか?
…イヤイヤ、肉体の話をしているのではないのです。
魂の話をしているのです。
人間の魂は、肉体がしんだら、どうなるのでしょうか?
サクラの魂は?
そして、豚の魂は?
先ほど、自分らしい生き方についてサクラを例に挙げていましたが…
サクラは人間ではありません。
比較するっこと自体が、まちがいでしょうか…?
今話題のムカヒさんが、全ての命が尊いと、仰っていました…
それは、どういう意味でしょうか?
自分らしく生きていなくても…
尊いのでしょうか。
ムヒカ氏への質問と答えに、
ヒントが隠されているかもしれません…
―独房で何が見えました?
「生きることの奇跡だ。
人は独りでは生きていけない。
恋人や家族、友人と過ごす時間こそが、
生きるということなんだ。
人生で最大の懲罰が、孤独なんだよ」