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ドライフルーツのブログ

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今日は、横浜の妙蓮寺にあるHUG.CAFE(ハグカフェ)さん
で行われた『たんじゅん農法の勉強会』に参加させていただいた。

講師の中村さんの運転されるお車に乗せていただいて
約一時間の道のりを地元二宮から横浜まで連れて行っていただいた。

ハグカフェで美味しい昼食を頂いて…

2時から中村さんの指導のもと

ハグカフェさんのお庭の一部の斜面を利用して
実際に家庭菜園程度の大きさの畑を作る畑づくりの指導をしていただいたのだ…

既に前回までに、土を耕して作った幅1.2m×長さ約7mの畝の両脇に
幅30cm×深さ30~40cmの溝が掘られていて…

今日はその溝を木材のチップで埋めて畝までの高さの10cm程度を
断面が台形になるように木材チップで埋める作業を行った

木材チップは、別の場所においてあり、そこから
一輪車などを使って、木材チップを運んで
溝を埋める作業をしたり…参加者9名で楽しく行った。


今日は、できた畑に緑肥のソルゴの種をまき覆土して
鎮圧するところまでの作業を行った。

中村さんからのお話では…

土の中の微生物の環境を整えてやることで、
野菜は育てるのではなく自然に育ってしまうということだった

土地の表現として、野菜が自然と育ってしまう…

人間のやることは、
微生物を含めた土地の条件を整えてやること、
そのための準備段階だ…

今日まいた種のソルゴは、光合成能力が高く
土地の地力が高ければ3か月で2mくらいの高さまで育つ
光合成能力が高いということは、
ソルゴが育って、光合成により出来た養分(太陽エネルギーを)固定化して
根っこを通して、土の中の微生物のも働きかける…とのこと

その後、ソルゴを刈り取って、一週間、干した後、破砕して
土にすき込み、土地の環境づくりの準備をするということだった…

そうすることによって、土地の微生物が育って環境が整って
その土地の土づくりが出来上がって
その後に植えた作物の苗と土地(の微生物)が出会った所から

作物の爆発的な成長が始まるという…

植物と微生物がお互いに信号を出し合って良好な関係を築くことによって
無肥料で作物が育つ環境がてしまうとのことだった。

土づくりができていれば
土地の表現として、無肥料でも立派な作物が育ってしまい…
しかも、無農薬でも、健康な野菜には、虫がつくことはないとのこと…

虫が付くのは、化成肥料などの過剰な窒素分を虫が好んで
食べに来るために作物が被害を受けるが…

健康な作物は、虫が付くこともなくなって行くということだった

まるで、夢のような農法について実際に土を触って作業を行うことで
少し、実感がわいてきた…

今後、自分でもこれを参考に実際に野菜作りを実践したい…

自分の中で、次にやりたいこととして…
たんじゅん農法を実践してみたいと感じた…


中村さんの
野菜を作ろうとするのではなく、そこの土地の環境を整えてやる。
という言葉が印象に残った…


ということで、今日はこの辺で
明日またお会いしましょう
ヒマをもてあますよりは、
『適度にやることがあった方が良い』という時の
『適度』とは、一体どの程度のことを指して言っているのか。

ギアチェンジをすれば、
より高速に対応できるようになるので、
ここでいう『適度』の意味がわからなくなってくる。

ある方法で10時間かかる作業が、
新たな方策が発明された途端に、
10分でできるようになりました。と言ったら、
それまでやっていたことは、
むなしい徒労だったかというと、そうではないはずだ…

それまでの方法では、10時間かかっても、味わいがあったかもしれない…


東海道五十三次…
東海道を昔は、徒歩で行ったというが
どの位の時間がかかっただろうか…

今では新幹線があり、飛行機があり、
色々な手段が開発され、
ギヤチェンジの選択の手段は、各種揃っている。

しかし、新幹線や飛行機が絶対かというと、
そうでもない場合が結構ある。

だからと言って、東海道を徒歩で歩く人はいない…
か、というとそうでもない…

旧東海道を関西まで踏破した方の話を聞いたことがある。
いっぺんには、歩けないので、会社の休みの日に歩くのだそうだ、
一日で歩けるところまで歩いて、
次の機会には、そこまで電車などを使って行き、
前回歩いた所から歩き始めると、聞いた。

歩いて歩いて東海道を行くのだから…
言葉に尽くせないくらい、
いろいろなものがあるのではないかと思う…

電車もあり、新幹線もあり、飛行機もあって、
いろんな、ツールは取り揃っている…

であれば、どんな方法で、その過程を楽しむか?…

と、いうだけのことになってくる…

焦らず…

いや、焦ってもいいが…
楽しんで、人生を送りたい…

いろんな手段、色んなツールが世の中に溢れており、
それらを使って、人生を楽しむのは自分次第ということになってくる。

サラリーマンをやりながら、
農業だって、やれるんじゃない…

先ずはやってみて…

初めは、徒歩でゆっくりとというペースかもしれないが…

そのうちギアチェンジして、電車を使ったり、
飛行機を使ったりという選択肢が増えてくるのではないだろうか


そうしたら、もっとも~っと!
人生を愉しめる気がするぅ~

まずは、やってみて…
楽しんでみたい…

身体が健康だからできるんじゃない…

ありがたいことだ…

ということで、今日はこの辺で
明日またお会いしましょう
格差社会!
格差の拡大が問題となっており
更に格差が拡大することによって…
社会構造が崩壊に向かうのかもしれない…

格差社会、そのおおもとは、社会のピラミッド構造にある…

会社の組織自体がピラミッド構造だということは周知の事実だが…

会社関係においても、ピラミッド構造であり、
親会社、子会社、孫会社、その下、更にその下というように
これもピラミッド構造となっている
子会社の社員の給与は、親会社の社員の給与額を抜くことはない
孫会社、その下の会社となれば、また、さらに下があり…
沢山の階層に分かれて利益配分が設定されている

出来るだけ親会社に近いところに就職した方が
当然、給料面での有利な利益を享受できる…
このことが、学歴偏重主義をますます助長し

実践力よりも、学力?ではなくって学歴がモノを言う時代になっている…
しかし、生きる力は、実践する力であり…
決して学歴というわけではない…


また、雇用形態も格差が広がるように設定されている…
派遣社員が常態化することによって
会社は自由に首切りを行えるようになり
社員との人間関係などは、二の次で…
会社が経営面で成果を出せなかった場合でも
簡単首切りを行い、自分たちの経営責任を問われずに済んでしまっている…

おかしい、間違っていると、言っても、
そこからは、簡単には抜け出せないようなシステム…
それがピラミッド構造であり…
社会に深く巣食っている…

力のあるものが、
力のない…あるいは、力の弱い人間を
力で押さえつけ搾取することによって
富める者はますます富み
貧しいものはますます貧しくなるという社会構造になっている…

こうして、上と下の格差はますます広がっていき
人間社会にひずみを生じる元となっている…

ピラミッド構造の洗脳の基本は、
親子関係という上下関係から始まっていて
子は親を超えるようにはできていない
それがあたかも絶対であるかのように
教育という名のもとに公然と実施され
洗脳されてきた…

親は、ほとんどの場合???
力で子供に言うことを聞かせる…

虐待を受けた子は、
また、自分の子供に同じことを繰り返し…
永遠に、暴力虐待の連鎖が繰り返され
伝承されて行く…

それは、一般社会にも浸透し…

上に逆らうものは、たとえどんなに上が理不尽で
下に理があろうと、下は上からの制裁を受けることになる…


親をうやまい、尊敬して…に始まり…
親には逆らうべきではない…
上司には絶対服従…
などは、いかにももっともらしく、洗脳にもってこいの言葉だ…


しかし、いろいろなところで、
そんなものは関係がなく
自ら、立ち上がり、自分たちだけの力で
生きている人達が各所で出てきている…

全く新しい発想で、会社を立ち上げたり…

全く違った手法で、お金を稼いだり…

今までの常識では考えられなかったことで、
生きている人達がいる…


その人たちは、いわゆる、ピラミッド構造から
離脱して独自に独立した人たちであり
そういう生き方を自ら実践している人たちである…

ピラミッド構造から抜け出した生き方の規範を示してくれているようだ…

わたしもできるだけ、そのような生き方に徐々に転換していきたい…

ということで、今日はこの辺で
また明日お会いしましょう

自分に沸き起こる考えは、どこから出て、
どこに行ってしまうのだろう?

今朝、は、昨日からの引き続き…
自分らしく生きる…のテーマで3回目の記事を書くことにした…


昨日は、

感じることを避け逃げたところで、
いずれは、向き合わなければならない、
それまで、その現象は繰り返されるので、
向き合うことを避けたところで
特に問題はないではないか…
と書いたのだが…

しかし、ほんとうに、その時々の衝動で動いても
いいのか、ということが引っかかっていて…
また、考えている…


まあ、よくよく考えてみると、症状の改善について

小嶋先生に聞くことは、転ばぬ先の杖、
医者に行って、薬もらって、症状が良くなりました~
と、いうのと、何も違いはないかもしれない…

小嶋先生とわたしとは、
ただそれだけの関係ということに
わたしが勝手にしてはいないか…

わたしが困っている人で、困ってるから、
なんとかしてくれる人に、頼るという構図…

医者に行くのと、なんも変わらない。


仮に、症状が良くなったとしたって…

当たり前…

当たり前のことをしに
この世に生まれて来たわけじゃないでしょうに…


いろんな症状に、それは、悪いことと、
レッテルを、貼っていて、それを忌み嫌っているだけじゃないか


忌み嫌うのは、人の目を気にしていたり、
世間ズレしていたら後ろ指さされそうと考えてみたり…
というのと、何ら変わりはない…

それは、自分に軸がないからだろう


ただ世間の常識に、
流された生き方をしているだけなんだ…

世間の常識…
本当に、それが、真理なのかどうかも検証せずに…
ただ、みんながそう言ってるからとか、そうしているから…
みんなと違うことをしていてはおかしいから…
などと、周りの人の意見に振り回されている…


世間の常識…
その規範に則っていれば、本当に安心安全なのか?

とりあえず乗っとこう…
って、いうだけで、自分の頭で考えて行動していない…

その世間の常識に流されて、
世間の常識がかわったら、
また、それに流される人生を送るんですか?

常識なんて、あって無いようなもの…
その時々で変化する…


そんなモノに縛られた人生は、
つまらなくないですか?

というのが、伊東聖鎬先生の言われた、
『つまらない人生…ですね?』
…なのだろう…

つまらない人生を送っていないですか?
大丈夫ですか?
世間の一般常識やらなんやならに
流された人生で、本当にいいんですか?
そう言いたかったのだろう…


世間の常識、は、嘘っぱちもおおいかもね~



話はちょっと変わるが…

今朝、家内がある方のブログで読んだといって
話題にしたのが、募金の話…

ある有名な団体が行っている募金は、
集められた募金の6割が、その団体職員の給料になってるらしい…

街角に立ってる募金の呼びかけをしている人達は、
本当のボランティアじゃないかと思う…
わたしが小中学生だったころは、募金街頭活動をやった記憶がある…
そういう人たちは本当に、世間のためと思って街頭募金を呼びかけている…

だけど、もしその6割が、職員の給料ということが
本当だとすれば…

その上(裏?)の組織がかすめ取っている…
というのを、何も知らずに…
募金している…


いいことだから募金します…
という世間の常識は、本当ですか?


なんか、騙されてないですか?

…、えっ?
騙すより、騙される方がいい?

それってホントに、自分の頭で考えた発言なの?

それとも、考えることを放棄してるの?
放棄に見えるけど…

よーく、かんがえて、行動しよう、
募金の話もさることながら…

それも含めて一般常識が本当なのかどうか…
何にでも疑問を持ち…
何事にも一度は、自分の頭で考える癖をつけたいものだ…

と、いうことで、今日はこの辺で
また、明日、お会いしましょう
昨日に引き続き同じテーマで深堀してみた…

<小嶋先生からの返信メール>
奥さんを安心させてあげるために症状をコントロールするのですか…。
それは、ドライフルーツさんか奥様が自分らしさに向かう一つの段階なのでしょうか?
右足第2楔状骨EX5P
ドライフルーツさんのゆらぎの回復出だしました。



いや、症状をコントロールしようとしているのではなく、
症状をそのままにすることで湧き上がってくる感情を
症状を改善することによって
見ないようにして、無かったことにしようとしていませんか?

嫌な気分を嫌のままやり過ごして感じ尽くそうともせず、
ただ避けようとしていませんか?

わたしは、この世に、自分ではどうすることもできず
湧き上がってくる感情をこそ、楽しみ味わいに来たというのに、
その感情を味わい尽くさずに、なかったこととして
コントロールしようとしてやいないですか?


折角出てきた感情さんにも、一期一会じやないですか?


でも、しかし…
たとえ、そのタイミングでその感情を避ける選択を
したとしても…
その時々の自分の選択には、一切まちがいがないのです。

たとえ、それを自分の意思で避けたところで、
味わい尽くさなければ、また、繰り返し
似たような現象、自分の中の感情を揺さぶる現象が、
外側の事象を通して、わたしの内側の感情に働きかけてくる。

それは、遅かれ早かれ、必ずやって来る…

まぁそうと、わかっていれば、焦る必要もないし、
どんな選択をしようと、問題がないっていうこと…


ただ、今回の小嶋先生からのメールでは、
いろいろなことを考えるきっかけにはなった。


後悔する人生も、自分らしい生き方…

後悔しないぞ、と頑張る人生も、自分らしい生き方…


どんなやり方をしようと、自分らいしい生き方からは、離れられない。
小さい頃から、自分のことをよくよく、知っている。

幼稚園、小学校、中学、高校、大学、社会人、
と、思い返してみても、ずっと、自分の身体、
自分の感情、自分の反応…
と、共に、ずっと過ごしてきた…

そして、これからも、自分とは、一緒に過ごしていく…

死ぬまで離れられない…

きっと、死んでも離れられない…

だから、どんなやり方、どんなコントロールをしようと
それが自分らしい生き方なんだ!
と、わたしは考える…

と、いうことで、今日はこの辺で
また明日お会いしましょう

ps
出てきた感情を素直に受け取り味わい尽くして生きようと、生きまいと…
そういうことに意識を向けて生きるようと、生きまいと…
どれでもご自由に選択して下さい…
どう生きようと、大丈夫だから…
必ず、なるようになるから…
必ずいつかは体験することになります。
時期が来れば、いつかは、必ず体験し尽くします。
だから、焦る必要はありません、
来世になるかもしれないけど…
昨日まで両目の上まぶたが腫れて、目が重い感じだった。
家族も心配するんで小嶋先生にメールで相談をした所から
今日のテーマを始める。

<わたし→小嶋先生への相談メール抜粋>
(前略)
筋反では、3日後には、腫れは引くと出ますが、
家内を安心させてやりたいので、念のため、
腫れの引くポイントを出していただきたく、
お願い致します。
(後略)

<小嶋先生からの返信>
奥さんを安心させてあげるために症状をコントロールするのですか…。
それは、ドライフルーツさんか奥様が自分らしさに向かう一つの段階なのでしょうか?
右足第2楔状骨EX5P
ドライフルーツさんのゆらぎの回復出だしました。

小嶋先生は、常々、その人がその人らしく生きるための協力をしておられる方だ。

そのため、上述の内容で返信をいただいたのだが…。

さて、頂いたお題『自分らしく生きる』ってどういうことだろうか?

かつて『自分らしく生きるってどういうことですか?』と、
小嶋先生に質問したことがあった。

しかし、自分の理解に至っておらずそのままにしていた。
今回の返信で、またそのことについて考える機会が与えられた。

わたしが考えている『自分らしく生きる』とは…

何にも頼らず、生きていけることだろうか?

まず、経済的に自立することだろうか?

経済的に自立するとは、どういうことだろうか?

自分の食いぶちは、自分で稼げるということだろうか?

子供たちを大学まで、経済的に支援をしながら、
自分の稼ぎだけで、出してやれることが、自分らしく生きる。
ということだろうか?

また、社畜ではなく、
自分で自分自身が納得できる仕事をして、
生計を立てていくことだろうか。

家内と話をして、家内の望みや、
わたしの想いをすり合わせして生きることが、
自分らしく生きることだろうか。

はい、全てに対して、その通りです。

全て私の上げた質問に対して、その後に、はいそうです。
と、つけたら、
それが全部、わたしから見た自分らしく生きるの、
答えになっているのだと思うのです。

それは、わたし自身が決めていることでした。
というよりも、そうしなければいけないと、思い込んでいることだからです。
そういう思いがなければ、そんな問い自体が出てこないからです。

だから、わたしは、
自分が考えている通りにする必要があるのです。

自分が、そう決めってしまっているからです。

そして、現在そうなっていないとか、
それは危ういと感じているのなら、
その部分が、自分らしく生きていない部分ということになるのです。

主観的に言えば、きっとそうなります。…


では、客観で言うと…

…桜の花の時期が終わろうとしています。
桜の花が散って、緑色の葉っぱが少し出始めました。
花びらが付いていたガクの部分が、少し離れたところから見ると、
若干、赤味を帯びて、木、全体が少しムラサキがかって見えています。

サクラの花の満開の頃と比べれば、
客観的に一言で言えば、きたない感じに見えています。

それだけ、満開の頃の美しさ…
圧倒的なエネルギー…
総てのチカラ…
総ての栄華をそこに感じていました…

しかし、今は、どう感じるか…
外から見れば、さびれてしまって…
満開の頃の見る影もない…
ように、映ります。

花の時期は、もてはやされ、
散ったら、物悲しさを感じるのは、なぜでしょうか…?
サクラは、サクラが自分らしく生きているのは、
花をつけている時期だけなのでしょうか?

外から見て、どんな状態であろうと、
サクラは、ただ、そのままで、サクラなのではないのでしょうか?

サクラが、花が散ってしまった自分の姿を見て、
情けない…と、思えば、自分らしくないのでしょうか?

サクラは、いつの時期も、どんな状態でも、
サクラはサクラなのです。

冬になって、葉っぱもなくなり、
じっとしている時も、サクラはサクラなのです。

それが、サクラらしい生き方なのです。


わたしは、いちいち、
その時々で外側の意見に左右されたりして、

こんなんではない!
こんな生き方は、違う!
もっと自由に!
もっと自分のやりたいことを!
やりたいママ!
やることが、自分らしいじゃないか!
と、自我…思考?が、言ってきます。
でも、今はできていない…そんな時だって、

全部、自分であり、自分らしいのではないのでしょうか?
自分らしさからは、死んだって、離れられません?
死んだことがないから、わからないけど…

だから、いろんなこと考えてる時も、
全部、自分らしい生き方をしてるってこと…ではないのでしょうか。

それで。いいのかなぁ?


以前、小嶋先生と話した時に死ぬ時に、
くいがなかったと死ねる人生が、その人らしい生き方だ…

いつ死んでも、くいが残らない生き方が、
自分らしい生き方をだと言っていました…

わたしは、今、死んだらくいが残るだろうか…
なんだか、わからなくなってきました。


昨日、頂いたお題について、家内と話をしました。


家内とは、普段からよくよく話をしているつもりでいましたが、
認識がずいぶんずれていることがわかりました。

わたしは、社畜人生を卒業して、
農業でもやろうかと考えていたのですが…

家内は、サラリーマンが安心できるし、
農業をやるなんて不安だと言っていました。

将来のこと、現在のお金を稼ぐ手段…
その部分については、ほとんど話していないことが改めてわかりました。

近くにいる仲間ともっともっと良く話す必要があるなぁと感じました。


と、いうことで、今日はこの辺で
また、明日お会いしましょう

ps
サクラは、死んだら、サクラではなくなるでしょうか?
かつて生きていたサクラの木は、
サクラチップとしてスモークに使われたり、幹の部分は、木材になったり…
と、もう一度生まれ変わります。

豚は、死んだら、豚でなくなるでしょうか?
豚は、殺されて死んだあと、
食肉としてうまれかわります。

人間は、死んだあと、もやされておしまいです。

どっちが、有効ですか?

…イヤイヤ、肉体の話をしているのではないのです。
魂の話をしているのです。


人間の魂は、肉体がしんだら、どうなるのでしょうか?

サクラの魂は?
そして、豚の魂は?


先ほど、自分らしい生き方についてサクラを例に挙げていましたが…
サクラは人間ではありません。
比較するっこと自体が、まちがいでしょうか…?

今話題のムカヒさんが、全ての命が尊いと、仰っていました…
それは、どういう意味でしょうか?

自分らしく生きていなくても…
尊いのでしょうか。


ムヒカ氏への質問と答えに、
ヒントが隠されているかもしれません…

―独房で何が見えました?
「生きることの奇跡だ。
 人は独りでは生きていけない。
 恋人や家族、友人と過ごす時間こそが、
 生きるということなんだ。
 人生で最大の懲罰が、孤独なんだよ」
結局、煩わしいだけなんです。
自分のことといっても、
どこかで人に任せちゃいたいんです。

結局、面倒くさい。
自分の身体のことなのに、自分で向き合わない、向き合うのが面倒くさい。
別に向き合わないからと言って、なんとかなるって思っているんです。

今日も、おとといの夜から引き続き、
両目の上まぶたが腫れていて、
結構顔つきとしては、暗い感じになっていた。

家内や娘が心配して、医者に行く様にすすめてくれるが、
医者は信用ならないし、まぁ、放っておけばなんとかなる。
くらいな気持ちでいた。


ところで、今度の土曜は、
たんじゅん勉強会が開催されるという知らせを聞いて、
是非参加したいと思った。


妻に相談したところ、
『行ってもいいけど、
まぶたの腫れが治ったら、行っていいんじゃない。

なおらなかったら、キャンセルしてくれる』っと、
言われて、一気に暗い気持ちになった。


なぜか、…
なおらなかったら、勉強会の申し込みをしても、
キャンセルしなきゃいかん…


自分で治すという部分では、今一、自信がない…


なにより、自分に向き合うのが面倒くさい…

家内は、心から心配しているのだが、
うるさいとしか、感じられない…

自分本意で、相手(妻)の気持ちを察しられない…


このくらいこことで、小嶋先生に聞くのも、なんだ…

…というより、小嶋先生に聴くのなら、自分研究
(ある程度自分で施術ポイントを出し施術してみたり、
原因について筋反で確認したりして、自分なりに考察を加えるなど)
した後でないと、

小嶋先生から『何やってんの、自分で出来るとこまでやったの?出直したら』
…って、自分が小嶋先生なら言うと思う。


そんなこんなの、面倒くさガリの理由から、
聞きずらいというのがあった。


しかし、妻や、娘からの愛情の熱意で、
まず、自分研究をして、その結果を持って、小嶋先生に問い合わせることにした。

これが、出来上がった、先生への問い合わせ文章。

やれば、できるじゃん…
いつも、面倒くさいと言って、逃げてただけ…

家内と娘のおかげで、今日は、自分研究ができてしまった…

ということで、今日はこの辺で
また明日お会いしましょう


<小嶋先生宛の手紙>
小嶋先生
こんにちは、ドライフルーツです。

ご相談があり、ご連絡致しました。

おととい4/8(金)夜辺りから、
両目の上まぶたが、腫れてきて、
腫れの原因を筋反で確認しながら、
腫れの原因を除去していますが、
完全に改善するに、至っておりません。

ご相談は、原因を解決して、
まぶたの腫れをひかせるポイントを出していただきたく、
お願い致します。


経緯としては、
始め、顔に塗ったクリーム(△△△ー△薬用クリーム○)
の成分の内2つが、関与していると出ました。

ジメチコンとカルボキシビニルポリマーは、
3:7のまぶたの腫れに影響していたようです。

ただ、それらの化学物質は、
反応のきっかけであって、根本原因ではないようです。

とりあえず、冷水で洗顔してユーカリオイルを塗ったところ、
一時的に少しは、腫れが引いた感じでしたが、
根本解決には、いたりませんでした。

その他、心筋梗塞系、脳梗塞系、小腸、十二指腸の脈管障害があり、
筋反で出したそれぞれのポイントを、何度か施術したのですが
目に見えた効果は、ありませんでした。

小嶋先生にいただい粉は、
筋反で確認し以下のものを貼って確認中です。

①ホーリーバジル
②ヒスイ睡蓮

①②を貼ってから、それぞれ60分、40分程経ちましたが、
大分、腫れが引いてきた気がします。

その他、症状としては、ものもらいではないです。

また、花粉も影響があるようです。

そういえば、昔から春先になると、
目の周りが痒くなったことを思い出しました。

眼科に子供の頃行った時に、
眼瞼炎(がんけんえん)と診断されました。

筋反でみたところ、眼瞼炎とでました。

原因は、ヒノキ花粉によるアレルギー反応の様です。

先ほどの、クリームの化学物質成分とヒノキ花粉の影響としては、
1:9でヒノキ花粉の影響が多い様です。

筋反では、3日後には、腫れは引くと、出ますが、
家内を安心させてやりたいので、念のため、
腫れの引くポイントを出していただきたく、お願い致します。

尚、3日後に腫れが引く様ですが、
抗体を作るためには、症状をそのままにしておいた方が良さそうです。

お聴きしたポイントは、
家内を安心させるための保険として使わせていただきたく考えております。

お休みのところ、お手数をおかけしますが、

よろしくお願い致します。

無意識…

自動運転のスピードが速すぎて、
行動が追いつかない…

意識を集中する前に、
自動運転のスピードが、行動を追い越していく…


無意識の自動運転に任せておくと、居眠り運転同様
どこか違う方向に走っていってしまう…

物事に集中できず、どんどん流されていく…

意識が伴わずぞんざいに作り上げられた結果は
いい加減な状態で、出来上がってしまう…


スピードが一番などと言っていると
大切なことが置き去りにされて行ってしまう…



スピード重視で自動運転に任せておくなら、
何のための人生か?


早いことが良いことだ…
スピード第一
品質第一…?


スピードと品質は相反するものではないのか…
それを一緒くた…にしては、
良いものはできないではないか…


いたずらに時間をかければいいってものでもないが…
ある程度、意識を集中して良いものを作り上げる時間が重要だ…
そのためにわたしは、ここに来た…

わたしは、この世に意識的に、できることを求めて、
やってきたではないか…


で、あれば、一つ一つに、集中して、
良きものを作り上げよう…


自分の肉体、自分の周りの道具、
自分のセンス、自分の仲間、
ありと、あらゆるものを総動員して、
わたしの周りのすべてのものを使って作り上げよう…


意識を集中して、自分の納得出来るものを築きあげよう。


それが、本当のわたしの目的。


何も成さない人生なんてつまらない。

自分の意思で自分の好きな形を作り上げていく。

それがわたしの望み。


わたしには、すべての能力、
すべてのタイミング、
すべての気の合う仲間が
ベストタイミングで集い。

それらと交流し…
コミュニケーションの中で、
真善美を作り上げて行く…


ということで、今日はこの辺で
また明日お会いしましょう


ps
自我の役割は…
意識に向かって、命令すること。

結果に意識を集中して、
最後の目的を達成するまで、その行動を注視しなさい…
意識を注ぎなさい!

集中できない人は、
意識の速度が速すぎて、行動が伴わず
(行動がスピードについていけず)

飽きやすい…

かつてわたしは、そうだった…


それは、もう十分やり尽くした…

これからは意識的な行動をして行こう…
と決めた…
未熟でもいいんだ…
愛すべき…私の感情…
ネガティヴな感覚だって、愛すべきでしょ

それが無くなったら、ひとは、何のために生きているのか…
生きる理由が消え失せてしまう…



会社の友人は、中学時代からエレキギターを弾いていて…
(友人は48才なので、30年以上のキャリア…)
今でも時々弾いているようだ…

昨日、友人がギターを弾いて作ったという音楽をラインで送ってくれた。
ギター以外のドラム、ベース、サックス、キーボードは、パソコンで、作ったとのこと…
流れてくる音楽はボサノバ調で
なかなか、スローテンポの味わいのある曲だ…

出来は上々…
かなり上手いレベル…
プロ顔負けだ…


友人とそのあと電話で話したら、
パソコンで作ると、厚みが無いんだよねぇ~…
と言っていた…


家内にも曲を聞かせて、話をしたら…

『だんだんプロとアマの違いが、
 わからなくなってくるよねぇ~』と家内…


わたしは友人に聞いたまま
『いや、やっぱり、厚みがでないんだ…と言ってたよ。』
『ううん。違う。
 今の人工知能なら、それだって凌駕されちゃうでしょ…

 そして、人間の感覚って、プロじゃない限り結構あいまいでしょ。

 例えば、ワイン一つとってもそうでしょ。
 安いワインと、高級ワインの飲み比べの番組やってるけど…
 
 結構、わかんないよね~
 安い方が本物だ…なんて、間違える人が結構いる…

 だから、そんな時代になったら
 本物とにせもの???の区別が
 つかなくなっちゃうんじゃない…

 そんな中で、人工知能が、適応されていったら、
 曲の厚みだって、結構簡単に克服されちゃうんじゃない…


 …そうなったら…

 人間は、何のために生きているのって感じになってきちゃうよね…

 どんどん、プロとアマの境が薄くなって、
 そのうち、わからなくなっちゃう…


 だって、絵だってそうでしょう。

 精巧に模写された有名画家の絵画を美術館に飾っておいたら…

 それが、本物…???…

 本物になっちゃうかもね…

 今は、そんな時代になったんだよ…

 何だかねぇ…


 だから、むしろ人間は欠けているところが
 あったほうがいいんだよ。

 それが、その人の個性…
  ってことになるんじゃない。

 そんな時代だから尚更、
 欠けていた方がいんじゃない。

 欠けている部分こそ。
 その人が。最もその人らしく、生きてる証拠。
 と言えるんかもしれないよね…』


 そうだ…
  自分の感覚こそ…

 わたしが私である所以…

 だから、自分の中から起きてくるネガティブな感情さえも…

 だいじな大事な個性と言える…


 どうも、今まで、その感情を悪いものだと、
 排斥してきたのじゃぁなかろうか…


 これからは、そんな感情も大切な私の個性として、感じ切って行きたい…


 ということで、今日はこの辺で
 また明日お会いしましょう。


ps
今朝の家内との会話…
『今日は、晴れていて、あったかい感じがするねぇ。』と言ったら…

 家内が…
『この間は、晴れていると、放射冷却で寒いと、言っていたよ。
 わたしの場合は、気温で暖かさを感じるけど、

 あなたは、気温というよりも、
 晴れていたり、曇っていたり、
 それ以外のフィーリングで、寒暖を感じているのね。


 私の場合は、気温を肌で感じて、暑さ、寒さを感じているみたいだけど…』


確かに、気温と家内の寒暖の体感は、大抵は符合していて、

気温以外の条件で寒暖を感じているのというのは、
私の持っている個別の特性のようだ…

『やっぱり、いつものことだけど…
 妻の解釈が正しいね~。

 なんとなしに、感覚でモノを言ってしまうのは、僕の特性のようだ…
 やっぱり、いつも、妻が正しい。』

 と、いったら、家内が、

『どちらも正解だよ。
 と、いうより、正解なんて無いよ…

 自分の感じた通りの そのものが正解なんだよ…』


…そうか、やっぱり自分の感じた通りが…

わたし自身…

わたしである所以なのだなぁ…
『こんなわけ無い』が限界をつくる?

色々なことをしていて、
だいたい、ココまでが限界というフィーリングが出てくることがある…

例えば、いつもより何だか今日は、調子がいいぞ~
と、いう時、その調子が頭打ちになる瞬間を感じとしてとらえることがある…


今日の車通勤では、本当にたまたまだが…
信号に引っかからなくて調子いいぞ~という感じだった…

車通勤の道のりは、だいたい、20~25分程度で、そのあいだには、19個の信号がある。
大抵は、3個目の信号あたりで赤信号で停車し、
6、7、8、9、10個目の信号でも信号待ちで停車することが多い…
今日は、何と17個目の信号までノンストップで来た…
ノンストップというのは、それはそれで、何となく気分がいい…

その時思った、
『こんなにうまくいくことは無いし、
全部つながることも無いだろう…』
と、そう思った次の18個目と19個目の信号は、
信号待ちになった…

どうということは無い偶然だが、
そこまで来ると18個目も19個目も
信号待ちなく通過できたらすごいんじゃ無いか
という思いが出るのも人情だが…
そこは無理をしない…

どうってこと無いこんなことで、
無理をしない練習ができたというのもグッドだった…


これに関連して、妻から知井道通さんの
インターネット上で似たような記事を書かれていた
ということを数日前に話していたことを思い出した。

知井さんは、fxのトレーダーをされているが、
調子がいい時に、『もうこれ以上は無理かな…』と思った時に、
そこで取引を終了することが大切と言っていたそうだ…
そうしないと、大損をする危険があるという…

調子がいい時には、あとチョットで区切りがいいから…
などとという理由から深追いし全てを失う場合が少なくないと…
そこで、終了できるかが重要だとおっしゃっていたそうだ…

今後、そういう決断が迫られる時が来るだろう、
そういうときに実際冷静にできるかどうか…

おそらく、信号待ちとは全くと言って良いほど
シチュエーションが違うだろう…

それも、『ここで終わりにしよう』というのを決めておいて…
決めておいた条件がそろったときに、
そこで終わりにするということが、本当に出来るかどうかは,
やってみなければわからない…

しかし理想としては、常にもうこの辺で終わりに
しようという感覚を決めて、
その場で手堅く決断していきたい…


ということで、今日はこの辺で
また明日お会いしましょう

ps
たまに聞くのは、
エベレスなど世界的に有名な山の頂上制覇のため何年も準備してきて…
頂上へのアタックの際…
あと数10mで頂上というところ、
もう、そこに頂上が見えているのに

天候不順のため下山した…

それは勇敢な決断だった。

などと、聞いたことがある…

信号通過を諦めるぐらいの感覚とは、
到底、同一視できないものだ…

そんな時の決断には、
本当に心の鍛錬が必要なのだろう。

それが、勇気ある撤退…というのか…

ナポレオンだったろうか
後ろに向かって前進…

というのも、聞いたことがある…