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ドライフルーツのブログ

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子供との関係…
親との関係…
会社の人と人との関係…

色々な形で人と人との関係が存在する…
人とかかわるということはどういうことだろうか…


先日、義姉の家に行った。
姪の子供は1才半の男の子で…
ちょうど、義姉の家に帰ってきている最中だった…

男の子は…
まあ、じっとしていない…

姪っ子は、普段ご主人の仕事の関係でここ神奈川から、
今は兵庫の方に住んでいるのだが…

ご主人が、毎晩遅く、特に最近は忙しいらしく、
普段子育てで、大変だろうからという、ご主人の気遣いもあり、
先週から実家に帰ってきているのだ…

まあ、子供を育てるのは大変なことだ…
全く、じっとしていない…

じっとしていたら、かえって具合が悪いのか…
と、逆に心配になるのだろうが…

人見知りはしない…

ウチは家族、娘2人と家内と4人で伺ったのだが、
その一歳半の男の子は、
私たち一人一人に、
出してくれたお菓子を手渡しして配ったり…
おもちゃを出してとせがんだり…
出してきたおもちゃを組み立てては壊したり…
おもちゃのワニの口をペロペロ舐めたり…
(飼っている犬の真似をしているらしい…)
とにかく、めまぐるしく動いている…

片時たりともじっとしていることはない…

そういう、男の子と、関わっている、
姪っ子は、だいぶ大変だと言っていたし…
それは、容易に想像できる…

少し振り回されている状態かもしれないが…

と、言っても、子供と長い時間関わっていることは事実で、
そうやって、こどもは、育っていき…
女性はそうやって、母親になって行くのだなぁ…
と、感じた…

そうやって、長い時間、子供とかかわっている母親の存在…
当然子供にとっては大きな存在になるのは当たり前で…
一般的に子供は、父親よりも母親よりなのは…
一緒に過ごす時間が違う、ということかもしれないが…

まあ、相性の問題もあるかもしれない…

このように密な関係もある…


また一方では、人と人との関係性で話を進めれば…
お世話になっている小嶋先生と義理のお母さまの話を先日伺ったのだが…

お母さまは現在…
脳梗塞状態で一般的に言うと病院で意識不明の状態とのことだった…

しかし、小嶋先生は、相手の脳の情報を筋肉反射テスト(筋反)
によって読むことが出来る読脳法を習得されていて
読脳によって、意識がないのではなく意識はあるのだが、
通常人間が意思表示している言葉を使うとかうなずくとか
そういう機能が機能しない状態になっているだけだということだった…
(通常、どんな場合の昏睡状態でも、意思表示できる筋肉などが
 機能しないだけで、大概の場合は、意識はありすべて聞こえていたりする
 と、小嶋先生は仰っていた…)

そこで、使える筋肉がないか確認したところまぶたを開く閉じるの筋肉は、
機能を失っていないことが分かったという…

そこで、イエスノーで答えられる質問をして、ノーの場合は、
まぶたを開けてと設定して次のような質問をしたそうだ…

『親戚がお見舞いに来たいと言っているけれど、来てもらってもいい?』
と聞いたところ…
お母さまは大きく目を見開いて…
ノーの意思表示をしたとのことだった…
自分のそのような姿を見せたくないということだったということだった…

まあ、特殊な場合かもしれないが…
そんな方法で意思疎通をすることもできる…
これも人とかかわるということだろう…


…まあココまでは、積極的にポジティブにかかわることを中心に
人と人との関わり合いについて話を展開してきた…


しかし、人と人との関係性は、
ポジティブな関係ばかりではない…

ネガティブな関係性も当然存在する…
ネガティブな関係でよく問題になるのが…

会社での人間関係…

上司と部下との関係…
気が合う場合はよいとして…
気が合わない場合は、関係性はこじれ…
悪化することも考えられる…

無視したり…
パワハラがあったり…
気の合うモノを優遇し、気が合わない相手は冷遇する…
等ということは、しょっちゅう行われている…


だからといってそれが、全く悪いことかというと…
あながち、そうでもないかもしれない…

と、今日、いろいろと考えていて…
ふっ、と思えてきた…

人とかかわるということから言えば…
冷遇するというのも…
冷遇という関わり方をしているということで…

無視するというのも、無視される側にとっては…
つらい経験かも知れないが、
無視するというかかわり方をしているのである…

しかし、考えてみれば…
人間は、冷遇されようと無視されようと…
そこで終わってしまうわけではない…
そこで人生を閉じてしまうわけではないのだ…

その冷遇や無視された後もその人は生きていく…
当たり前なことだが…
生きていけるということが凄いことで…

その…無視された経験…冷遇された経験が
その後どんな素晴らしい体験に変化するかは
人知の計り知れるところではない…

だから、最近は思う…

冷遇されようと、無視されようと、わたしは諦めない
関わることを諦めないと決めた…

どんなことがあっても私は、
その時に感じたその想いを相手に伝えていくことにする…

時間がかかっても…
上手く伝えられなくても…
自分の思いを伝えていく…

今は伝える手段は、いろいろ揃っている…
メール電話etc…

自分の感じた思い、どうしてほしいかと言う想いを…
諦めずに…
相手に伝えていこうと決めた…

それが、わたしの相手との関わり方…

それがわたしの今やりたい、やり方…


人と人との関係性…
そうやって、人生を楽しんでいこうと思う…

せっかく生まれてきたのだから
人生を隅から隅まで…
ネガティブも端から端まで味わい尽くして…

そうしたら…
ネガティブはネガティブで無くなったりして…

まあ、やってみましょうか…

ということで今日はこの辺で
また明日お会いしましょう…


ps
自分の意図を伝えること…

完全には伝わらない…
完全など無い…

だって、どれが完全かなんて、本人さえわからない…

コミュニケーションの方法だって千差万別…
なんでもありの世界…

それがコミュニケーションとなっている、と、思えば…
コミュニケーションといえる…
だって、誰しも、その人ワールドを生きているから…

ネガティブな関係性だって…
人と人との関わり合いであることにかわりはない…
無視しようが冷遇されようが…
それが一緒の時間を過ごということになりはしないか…

エネルギーをの受け渡しをすることになりはしないか…

まあ、そうやって、人と人との関係性を持っていくのかもなぁ…
教師と生徒の立場…
上司と部下の立場…
会社と労働者の立場…

もともと、評価する側が上で…
評価される側が下…
と相場が決まっている

もうこの時点で支配する側と支配される側が決まってしまっていて何だか面白くない…
上のものが、下の者を評価して採点する…
と、大抵相場が決まっている…
これがピラミッド構造であり…
支配構造の基礎となるシステムだ…
この構造システムでは…
下の者が上の者を評価することはない…

どんなに完璧な評価システムであっても、その評価システム自体…
必ず、どこかに無理がある…
普遍的に画一的に人間を測る物差しなどありはしないのだ…

もっといい加減な場合には…
その基となる評価システム自体が穴だらけで、
よくこんなもので人の人生を左右する評価をしているものだと呆れるほどである…

そして、そんなずさんな評価システムを使いながら…
その評価結果のほんの微々たる所が、評価された者のその後の人生を大きく左右することになる

つまり評価の結果の表現として…
それは、成績という形で表され、その結果によって…

進学する場は、進学校が決まり…
進学校によって、おおよその就職先が決まり、就職先によって、給料が決まり…
給料によって…
生活レベルが左右さるのである…

会社に存在する支配構造も…
やはり似たような評価システムがある…

会社の場合、もっと始末が悪いのは、人間の好き嫌いで…
評価の結果をいかようにもねじ曲げられる…
そういう理不尽なことが、実際に横行し
反発するものは、何らかの形で報復を受けることになる…

それが怖くて、上にこびへつらい、おもねる人間が出てくる…
そこには論理など通用しない…
それが支配構造の支配構造たるゆえんである…

だからと言って、わたしは、あきらめたくはない…
その支配構造に対して、一石を投じたい…
このピラミッド構造の社会の中に生きながら、
その構造の不備について指摘し、変化するよう促したい…

それにはどうしたらよいのか、
ことある毎に話し合うしかないのだろう…
おかしいものはおかしいと声を上げていきたい…

相手が嫌がっても…
あきらめずに食い下がり…
話をしながら…
徐々に変化をもたらす…

だからと言って…
支配構造から脱却できるというわけではないかもしれないが…
根気よく話をしていきたい…

えぇ~?
モッタいないんじゃないの~
時間のむだじゃないの~
と…

心の中から話し声が聞こえてきそうだけど…

何でか知らんけどやっぱもうちょっとやりたい…

お世話になった先輩からインスパイヤーされた感じかもしれない…

というわけで、今日はこの辺で
また明日お会いしましょう

ps
自分の子供は学校の先生だったり
学校の先生になると言っていますが…

いわゆる、お上の側ですよね~
親とは正反対の道かもしれないけど…
どこまで子供たちが、わたしから影響されているか…

内部から変化する力になるかもならないかも…
今日は、サイッコーにいい天気…?

朝から、小雨がぱらついて洗車には、サイコーの日和だ…
車の屋根やボンネットには、適度に水滴がたまっていて…
水をかける手間が省け…
車を拭き上げるだけで洗車が済んでしまう…

普段なら、こんな空の日は陰鬱としていて、
なんだ最近はこんな日ばかりだな~
などと文句を言うのだが…

今日は、車の拭き上げが終わる頃の天気予報は、晴れマーク…

そういう意味で。最高ー!って感じだ…

作業がはかどること、はかどること…


しかし、毎週毎週、洗車をしているが、ほとんど、洗車が趣味の領域…


毎日、毎日…
会社行って働いて…終わりがないのも…
趣味の領域…

だから、繰り返し…繰り返し…ってのも、
なかなか、悪くはない…

むしろ、こんな暇つぶしがあるから、
人は生きていけるのかもしれない…


それから…
その繰り返しに飽きると…

あいつがどうだ…とか、…
あいつがあんなこと言いやがった…

…などというのも、
人生のスパイスとして、楽しんでいたりする…
ってことは、そんな人達がいてくれるおかげで…
毎日の繰り返しが、飽きず楽しく???…


でも文句をいってる時は、楽しいと思っていない…
のだが…
実はそれは大きな勘違いかもしれない…

きっと、心の底で、このスパイスの味!
サイコー!って言ってるかも…
…裏腹ってやつかもしれませんな~

ちょっと変だけど…
心の奥底で楽しんでるのだから…
憎い相手にも…
楽しませてくれて…感謝!
って感じだな~

なんて、考えに及んだことでした…


てなことで、今日はこの辺で
また明日お会いしましょう

ps
人生のスパイスその2

晴れの日は晴れの日で車に積もる花粉が薄緑色に積もって、すごい…

雨ばかり降っていると水垢で車が汚れたり、
はね上げた泥水が車の下側を汚す…

晴れの日は、気分が良いが…
雨の日ばかりでは、気分が落ち込む?…

雨の日の洗車はOKだが…
洗車した後に降られる雨はうらめしい…


晴れの日…
雨の日…

どっちがいいか?

やっぱ…
どっちも、暇つぶしには欠かせない…

ありがたや~
ありがたやぁ~~
お金さえあれば、何でも自由になれると、いうのは勘違い…

それは逆の考え方で…
何かの目的があってその手段としてお金が必要だ…
という方が、自然なことだ…
と、ようやく気が付いた…
(と言えるほど…気がついてはいない…)

しかし今まで、
お金さえあれば、何でも自由になれる…
と思って今まで働いてきた…

でも、お金を稼いだからといって、
どうやって使っていいかという目的が分からなければ、
宝の持ち腐れになってしまう…


何のためにお金を稼ぐのか…

…とりあえず、お金があった方がいいじゃん…
と、言う位の理由で働いている場合が多い…

ある人は、
何かあったときのために、といって、お金を貯め…
『その何かあったとき』の
『何か』…を現実化している?かもしれないし…

又ある人は…
病気になったらお金がかかるじゃない…
といって、思った通りの病気を引き寄せている人がいるかもしれない…

ある人は、相続税がかかるから
相続するときの税金分は貯えておかなければ…
と言って、真面目に一生懸命働いている場合があるかもしれない…

なんか、それっておかしくないか???
と、思ってしまうのだが…
そのためにお金を稼いで貯めている人は…
疑問すら感じない…


現実問題として…

現在わたしの場合は…
子供たちを大学まで出すための費用としてお金を稼ぐ…
という使命???があると思って働いている…

次女が大学四年生
三女が大学一年生になったので
あと4年間お金を稼ぐ理由が必要だ…

自分の場合だって…
あまり大差はない…
それっておかしくないか…とか…
それって本当にそうなのか…
ほかに手段はないのか…
という、疑問すら感じてない?…
自分の事となると、冷静な判断が出来なくなるのが現実なのだろうか…
(そう…それが今わたしの中の現実問題だ。
 と思う自分と…
 他にも、手段があるぞ思う自分も存在する…)

…しかし、もう一歩進めて…
子供たちが大学を卒業して
自立するようになれば、
今程お金が必要でなくなるのかもしれない…


ただ、新たな目標が出来れば…
それに向けたお金が必要になる場合だって出てくる…
そうなれば、そのために働いてお金を稼げばよいということになるだろが…


例えば、
家内は前々から、平らなところに住みたい…
という希望を持っていて、
時々、今でもそう言う話題になる…

どうも、今でもそう思っているらしいのだが…
具体的なところまで落とし込みができないために
なかなか話が具体的にならない…

実際にどこに住みたいのかということになると、
詰め切れないのが現実…

わたしとしては、
便利な駅の周辺が良いと思うのだが…
駅といってもどこの駅が良いのか…
最寄駅が良いのか…
それとも2駅上り方面の駅の周辺の方が便利だからそっちの方がいいのか…
家内と話していてもなかなか噛み合わない…

だいぶ以前に家内が話していたのは、
家内の実家の近くが良いと言っていた…

子供達が小さい時分…
わたしは毎日仕事から帰ってくるのが遅く…
一人で子育てをしていて大分苦労した…
子供を負ぶって坂道で足をくじき
それでも幼稚園に徒歩で送り迎えをしなければならなかったことや…
子供が熱湯で火傷をして下の方の病院に一人で行けなくて
実家の兄を呼んで、やっと病院に行けたことや…

いろいろ色々…
何度も泣きたいほどつらいことがあった…

子供3人を抱えて、家内一人…
辛いときには、実家のお母さんに助けてもらえたら、どんなに助かったことだろう…


また、
今住んでいるところは高台で…
自転車でどこへでも行けるという感じではない…
家内は、結婚する前は自転車があれば何処へでもスイスイと行っていた…
でも、この高台に住むことになって…
家内の中では自転車をすっかり諦めざるを得なかった…

あれから25年、子供達も下の子が大学生になり
大分手も離れたので、最近では実家の母に助けを求める必要もなくなってきた…

改めて家内に聞くと…
今いる高台は、以前ほど嫌ではなくなった…
という…

こうして、わたしの中で現実問題としては、
転居するということが具体的な目標になっていない…


具体的な目標になるようなことがあれば、その方向で思考が走り出し
現実化に向けて、必要なことが起こってくるモノなのかもしれない…

現実化には、まずイメージがわくことが必要で…
そこから情熱が生まれてくる…

情熱は、現実化のイメージのトリガーであり…
それなしでは、現実化は程遠いのかもしれない…

そしてもし、その具体的なイメージがわいてくれば…
お金だけが現実化の手段はではなくなるのかもしれない…

お金は一つの現実化のために手段であって…
お金以外の手段だって選択肢として出て来ても良い…
な~んて思えたりもする…

何だか…
そんなことを考えていたら…
お金という手段を入手することではなく
情熱を注げるくらい具体的な現実化のイメージの方が大切だよね~
と思えるようになってきた…

ということで今日はこの辺で
明日またお会いしましょう…

ブロック…
そのままにしておけないのがブロック…
ついそこに反応してしまうべたべたした感情…

例えば…
挨拶をすることが良いことだ…
この良いことだが曲者だ…

あいさつしないやつは悪いという…
二極でしか判断できない世界を作り出す…

こちらがあいさつしても…
相手があいさつしてくれないと勝手に傷つく…
そして、始末の悪いことに…
相手を恨むことになる…

こっちはちゃんと挨拶しているのに…
あいさつを返すこともできないなんて…
どういう人間なのよ…
(…えっ?
 …相手をさばくための…あいさつだったの…
 …気持ちよいはずのためのあいさつが、いつのまにか本末転倒になっている…)

相手には、あいさつするという習慣が…
ただ、無いだけなのかもしれない…

同じ会社の人であいさつできない方がいる…
はじめは大分戸惑った…
ただ、仕事で関わるときは、必要最低限の会話はできる…

その人と、ずっとお付き合いするのなら問題だが…
会社の仕事上だけの付き合いであれば、それだけで事が済む場合…
それ以上かかわらなくてよい人もいる…

それを『関わって~関わって~』と駄々をこねている訳で…
それ以上かかわりを持たなくてもいい人に…
『無視しないでよ』と文句を言っているわけだ…

その根底には、大切に扱われたい…
重用されたい…
一目置かれたい…

自己肯定感が低いために…
自分で自分を認めた居ないために…
人に認められないと気が済まないタイプの人間ということになる…

更に行き過ぎてしまって…

無視するなんてもってのほか…
バカにするのもいい加減にしろ…
俺を大切に扱え…

じゃないと生きていけないじゃ~ん…

本当にそうか?
本当にそうなのか…
そんなことはありませ~ん

なのに…
そこまで自動的に身体???…

頭が地頭的に反応してしまっている…
ブロック…

それがブロックだとすれば空恐ろしい…

被害妄想のカタマリだ…
フンのカタマリもいいとこだ…


そうやって反応しているところ…
そういうところに気づいて…

なぜ自分はそんなところで緊張するのか…
なぜ自分はそんなことに反応するのか…

良ーくよく考えてみよう…


いやはや、いやはや…
今日はなかなか気づきのある朝になったかな…


ということで、今日はこの辺で
また明日お会いしましょう
ふだん、私は何に意識を合わせているのか。

車を運転している時、早く走りたい…

いや、スピードを出し過ぎてはいけない。

人を待たせてはいけない。

相反する考えがココロの中で葛藤を引き起こす…


快適に、ソコソコのスピードで走りたい。

後ろの車が迫ってくると、つい焦ってしまう…
待たせてはいけない…

相手のイライラが伝わってくるような気がして…
そのまま、にしておけない…



…早くしなさい。
サッサと歩きなさい。
小さい頃に、母親の後をついて歩く時、

そう、あれは、眼科にかかったり、
近くの医院に風邪を引いてかかったり…

通院するのに、母親の後をついて…
というより、追いかけて、走った…

母親は、容赦なく、早歩き?をして、
時々後ろを向いて、早くしなさい…

早く歩きなさい…???っと、
言ったかどうかは、はっきり覚えていないのだが…

とにかく、早く歩くことが、いい…
親を…待たせてはいけない…


という思いが心の中に深く印象付いたのかもしれない…

いや、違うかもしれないが…


それ以外で関連しそうな記憶は、
今のところは、まだ思い出せない…

しかし、そう考えてみると、
私は今年55才になるのだが…

おおよそ50年も、そんな思いに、振り回されてきたのか…
と、ある意味、表彰してやりたいくらい、
長きにわたり、それに、振り回されてきた…
と、いう感じがしている。


わたしは、今は何に意識を向けているのか…?


まだ、その想い…
早くやることはいいことだ…
もたもたしてたら他人から怒られる…

…から解放されたわけではない…

これからも、まだまだ、その50年も持ち続けて来たものに、
振り回されるのかもしれないが…


魔法の言葉…
わたしは、今、何に意識を向けているのか…

…を常に、頭の中で繰り返し、自分のココロを監視していきたい…


注意するわけではなく…

ただ気付いていること…

そこに、意識を集中していきたい…

何か、変わるだろうか…

ということで、今日はこの辺で
また、明日お会いしましょう
今朝は、気持ちよく晴れ渡り
少し肌寒い感じがまた、特に清々しく感じられた…

日差しは柔らかく降り注ぎ…
春山が白やピンク…そして、薄緑色の若葉で
けぶる感じに照らされて…

車で通りすぎていく、道端の木々の緑…
朝日に若葉の透ける感じがなんとも良い…

これまで、何週間も
どちらかというと、曇りがちだったり
雨の日々が多かったので…

特に、今日の朝日に照らされる景色は、なんとも、
爽やかで、ようやく色彩が戻ってきたという感じがした。

しかし、それもこれも、今までの曇りの日の
あの陰鬱とした感じを体験していなければ、
味わえなかったと…つくづく感じる…

今までの日々の道端の様子を思い出しても
色彩があったのかどうかさえ思い出せない…

今日の感じを脳裏に焼きつけておいて
今度、曇りや雨になったとき、もう一度道端を観察して感じを比較してみたい…


それはさておき…

今朝、次女を起こすのにも
なかなか起きてこない娘に
業を煮やして…

『全く、自覚がないんだから…
 どうなってんだ!まったく~』

と、文句を言っていたら…
家内から…

『いつまで、同じパターンを繰り返しているの…
 他人は、変えられないと、わかっているのに…
 何のための文句なの…

 それとも、力ずくで、いうことを聞かせるの…

 散々やってきて、わかったんじゃないの…
 いうことを聞かせるなんて、無理だし…
 大変だって…

 同じ言うにも、効果が同じなら…

 静かに言えばいいことじゃない…』

 確かに、その通りでした…

 他人を変えようとしても無理だし…
 労力ばかりかかって、得るものはなかった…

それは、家の中の家族との関係だけではなく…


会社での人間関係でもそうだった…
大分強引なこともされてきたが…

それに対して、喧々諤々…
対抗手段を講じてきた…

散々やってきたが、他人を変えるのは無理だった…

であれば、家内の言うように…
会社でも、

『効果が同じなら…
 静かに言えばいいことじゃない…』

さらに、一歩進めて…

『どうせ、効果が同じなら…
 にこやかに対応したらいいんじゃない…』

ということで、
今日は、にこやかに対応してみた…

相手の対応も心なしか柔らかくなった気もするのだが…
何よりも…
自分の気分が、清々しく爽やかだということが良く分かった…


…しかし、この清々しさは…
これまでの喧々諤々の日々がなかったら感じられないくらい
穏やかな感じかもしれない…

反対があって、初めて、その効果が分かる…
今日は、そんなことを感じられる一日だった…

いや、日々反省できることがあって、飽きないですなぁ~

ということで、今日はこの辺で
また、明日お会いしましょう
その人が、その時、その瞬間、感じたもの…
元から来て、元に帰る、
エントロピーの増大。
物質が、拡散していく方向。
ほんとうにそうかは、わからない…
認知症と

現実と、幻覚

どちらが本当で、どちらが幻か…

見分けがつきますか?


ストーリーを楽しめるなら、それもいい…
だけど、辛くなるなら、ただ、感じればいい…

ストーリーは、脇に置いて…
もう、終わりにしたら…

あいつが、悪い!
アンのやろ~

なんか、縁があってあったんだから…

いつも、わたしがくだらないことを言って笑わせるのは、あなたが、キビしい顔してる時だよ!

ストーリーは、脇に置いておいて、起こってくる感情を味わったら…

春の風景は、春の日差しに照らし出されて、色鮮やかな絵画を眼前に展開してくれている。

それは、幻であり、幻影かもしれないが、確かに、ありありと、目の前に展開されている…

通勤途中の道路で、車と人が横たわっていて。事故直後の、様相を呈していた…





職場で、納品カードがなくなった…
先週、金曜日に部品箱にセットしたはずのカードがないのだ…
気が付いたのは昨日の3時以降だった…

先週金曜日の事なので、
部品に納品カードをセットしたかどうか思い出せない…

セットした証拠にセット後に、納品カードの半券を
バーコードリーダーで読み込むことになっていて、
パソコン上では、先週の金曜日に読み込まれている…

セットした後に、わたしが半券のバーコードを読んだことになっている


半券のバーコードリーダの読み込みは…

先に半券を切って置いて、何枚かの納品カードをセットしていく
納品カードが全部なくなれば、全ての半券を読み込んでも
良いというルールにしている…

今回も納品カードが全て無くなったため
半券を読み込んだと思われる…

しかし、納品カードは対象の部品にセットされていなかった…

部品は、存在するのだが…
カードがついていないし、
置き場所も在庫置き場から移動されていないため
部品としては、準備したことになっていない…


新しい現場で3月から仕事をスタートし…
約2ヶ月経とうとしているが…
今回で、カード紛失は3回目…

しかも、いずれの場合もカードが出てこない…
後から、無くしたカードが出て来てもよさそうなものなのだが…
出てこない。
出てこない、というのも不思議だ…


家でも、鍵をどこかに置き忘れたり
携帯電話をどこかに置き忘れたりと言うことが多い…

そのため、物を無くすということについては
自分自身に不信感がある…

今回も、またやらかしてしまった…
という思いが先行して…

自己嫌悪に陥るやら…
気持ちが焦るやら…
時間は無くなるやらと…
色々と心の中は大変だった…

しかもいつも、ないないと言って探している。
家内は、よく、無い無いといって探すから出てこないんだよ…
だから、あっても、目に入ってこないじゃない…
と言っていた…


絶対あるはずだ!
と言って、探した会社の方は、
確かに、わたしが無くなった、別の書類を、
わたしの職場、作業台脇のゴミ箱の中から見つけた…



書類やカードをなくしたりすると、一挙に疲れてしまう…

そして、いつしか諦めて、
いつもわたしは、モノをなくす…
というレッテルを自分自身に貼り付けて…

原因解決をしないまま、
また、似たような問題が来た時に、思うことは、
やっぱり、俺は、ダメなんだ~

原因はわからないが…
なくしものをしやすい…
そういう人間なんだ…

と、勝手に理由付けして、
自分を自縄自縛して、こういうもんだ!
と決めつけている…



いや!それは間違えている…
そうではない…
自分は、そんなもんではない…
必ず、解決できる…
と、思って、取り組むのと…


やっぱり、俺は、ダメなんだ~
ダメダメだ~
どっちが、楽か…


どっちも、ある意味楽かもしれない…


しかし、ダメダメだ~
というのは、やりつくしたので…



今回は…というより、
今後は…


必ず、原因がある。
諦めない!

これは、わたしがステップアップするための
ストーリーの過程なのだ…

と、演じ切って…

最後まで。諦めない…

必ず、
原因を突き止める。
という姿勢で。臨むことにしました…


と、いうことで、今日はこの辺で
また明日お会いしましょう
家内が津留晃一さんの本から
次のような、一節をひいて、それについて話してくれた…

『ストレスを吐くのではなく
 そのストレスを感じ切った時、神が立ち現れる』

意味は、ストレスを感じた時に相手にぶつけるのではなく
自分の内側に向かって、問いかけをする…
どうして、どうして…と、
それを繰り返し、感じきったときに…
神が立ち現れる。
神が立現れる…というのは、自然と解決の方向に向かうということ…
そこには、自我で何とかしなければいけないという必要もなく…
自然に理想状態に落ち着いていく…

ということだ…

そんな風になったらよいな、とは思うのだが…
なかなか、実践となると上手くいかず…
文句たらたら…
ストレスを外に吐き出しっぱなし…
というのが、私のこれまでの日常だった…



最近に始まったことではないが
人の行動を見ていて、非常にストレスを感じることがある。

特に、長女の最近の行動は、目に余る…
菓子は、食べたら菓子の袋は、そのまま…
仕事から帰ってきたら、靴下を玄関の上り口で脱いで、ウラッ返しのまま洗濯機に入れる
帰ってくれば、すぐテレビを見に行き
夕飯ができたころに、食べに来て、食べ終わると、さっさとテレビを見に行ってしまう…
テーブルの上の食器を下げないこともある…


もう、そうされる前に怒りの感情が、もう既に起きて来ている…

怒りの衝動は、自然発生的に、
自分の意思とは関係なしに、起きてしまっている…

ただ、この時、怒ることを少しでも罪悪に感じているのなら、
その方向で、相手に対して感情を出さない方がいいということ…

出した場合には、ただの愚痴にしかならず、
そのストレスを発生させた???相手
(決して相手がストレスを発生させたわけではないが…)
にストレスを吐き出せば、
ケンカになるか、感情のもつれ合いになる。

必要なことは…
なぜ、その現象を見て、わたしはストレスを感じるのか…
という、自分の中への問いかけ…


現象には、本来色は付いていない…
色がついて見え、心に怒りがわくのは、
そのことで、過去に自分が苦い思いをしたからかという場合が多い…

この現象を見て怒りがこみ上げてくる原因を内側に求める
『わたしの源にある考え方は、何でしょうか?』
じっと、自分の中の感情と向きが合う…

感情を感じ切り、もう、その感情を感じなくなるまで、
感じきり、ということをやりきれば、心は平和となり…

更に、神が立ち現れる…

不都合な現象が解消される方向に物事が進んでいくそうだ…

それは、やってみなければわからない…


日々、わたしの中の感情反応は、怒りが出てくることが、多い。

その時に、怒りを外に向けるのでなく…
自分の内側に向け、どうして、どうして…を繰り返してみたい…

以前、一度くらいは、感じ切ったことがあると思う…
感じ切った時のスッキリ感は、いまでも、何となく、覚えている…


神が立ち現れる…という、ご利益を求めると、
また、変な目的になってしまうだろうから…

まず、自分の内側に向かって
感じ切るというのを、今日から、
実践してみましょうか…

というわけで、今日はこの辺で
明日またお会いしましょう

ps
これまでの人生、ココロに起こる感情を
出来るだけ感じないようにしてきた…
いわゆる我慢だが…
我慢し続けることで鈍感になり、
肝心なことまで感じないような体質になってきた…


最近は、その感情を出すようにしてきた…
怒りを相手にとことん突きつける…
それもここ1年程度でやってきた…

もうそろそろ、それぞれやりきった感がある…

次は、自分の内側に向かうというのを
そろそろやってみることにしましょうか…

それぞれをやりきった今なら、
次のステージに行けるかもです…
わたしの妻は、優しい人だ…

いつも、わたしや子供達に気を遣ってくれている…
ご飯を食べる時も、いつも最後まで食卓に着かづに、
みんなのために食事の準備をしてくれ…
一番最後に食卓に着く。

たまに、食卓にもつかず、
台所で、立って食事を済ませてしまっている時もある。

食事が終わると、サッと立ち上がって、洗い物を始める。


また、とても心配性で、肉がちゃんと焼けているか、
何度もなんども、確認し、焼き過ぎて、
肉など硬くなってしまうこともある。

夜は、ついわたしがブログを書くのが遅くなっても、
終わるまで、起きていて、オワッタと告げてから、
就寝の準備をを始める…

そういえば、いつまでも待ってくれるのは、
今に始まった事ではない…

数年前、まだ、わたしが、片道2時間半から
3時間掛けて東京に通っていた頃、
夜遅くに、10:30から12時ごろ帰ってきても、
起きていて、丁度、家に着いた頃に、
夕飯が食べられるように支度をしてくれていて、
先に、休んでいることは一度もなかった。

外出はあまり好きではない、
特に、旅行などは、好きではない。

家にいるのが結構好きだ…


外出は好きな方ではないけれども
外食は、嫌いではない…

ただ、あまりお金を使うことは好きではなく、
節約家だ…
どちらかというと、家内が節約家の分、
わたしが、浪費家という感じだ…

外食は、好きなのだが、節約家の分、
外食でお金を使うことに、ジレンマを感じているようだ…

化粧も、あまりしないし…
装飾品ジュエリーなども、
自分で買ったことはない…


そんな、控えめな彼女にも、
いくつか、叶えたい希望がある…

経済的に、安心したい…

生垣や、フェンスの目隠しなどして、
外から、家の中が見えないようにしてほしい…

庭の外周の土が、
外に流れ落ちないように土留めなどで
せき止めて欲しい…

平らなところに住んで、自転車でどこでも自由に、
行きたい…

数十年前から、彼女の希望は、変わっていない…


というのは、わたしが積極的に叶えて
やろうとしてこなかったからというのも、
一つの理由だ…


たまたま、洗濯を干している時、
家内の靴下を干した…

その時、あのたたずまい、
優しさが、浮かんできて、
ほんわかした気持ちになった…


そして、その優しさに、少しでも報いられるように、
彼女の希望を一つづつ叶えてやりたいと、思った…


それでは、今日はこの辺で
また、明日、お会いしましょう