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ドライフルーツのブログ

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『お姉ちゃんはいつも演技がかっているよね…』
次女が言った…

長女が仕事が終わって、電話をかけてきたのだ…
(調子が悪そうに少しせき込んだ声で…)
『もうすぐ、駅に着くんだけど…
 迎えに来れる…?』
 結構つらそうで、直ぐにでも家に帰って寝たい…
 という感じの声だった…

私が、携帯をハンズフリーで取ったため、
横で聞いていた次女が、姉の声を聞いていて、
演技掛かっていると指摘したのだ…

確かに、いつも迎えに来てほしいときには、
極端に調子の悪い声を出したり…
わざと元気のないような声で電話をかけてくることもあるのだが…

『どうしたの、調子悪いの?』と、わたし
『頭が痛くって…』
『分かった。迎えに行くよ…』
わたしは、今日は大型連休の最後の金曜日で家にいたため
迎えに行くことにした…


『演技掛かっている…』
人はだれしも、他人に対しては自分を装う所があるようだ…

演技するには…
それなりに、演技するだけの理由があるのだろう…

そこには、分かってもらいたい…
自分の状況…
という感じで…
自分の状況を他人に知らせたい…
と言う想いが隠れているのだろう…

かくいう次女も…
そして、わたしも…
他人(ひと)に対するときには、その人その人別々の顔がある…

そして、人に対する時、いつも人は演技している…

わたしの場合であれば…

家内に対する時…
長女に対する時…
次女に対する時…
三女に対する時…
義母に対する時…

父に対する時…
母に対する時…
妹に対する時…

会社の同僚に対する時…
会社の上司に対する時…
会社の部下に対する時…
お客さんに対する時…

それぞれ違った顔を持っている…

自分自身に向かう時…
その時のが、一番素直な自分に出会える気もする…

私は、会社で今までは、事務職の仕事をしてきた…
どちらかというと、会社の人やお客さんの間を取り持つような仕事…
まあ、自分でそう決めつけていたところもあるのだろうが…

どちらかというと、どちらにも気を遣い、真ん中の線で調整する…
というような、調整役のような仕事だった…

いろんな方面に気を配り…
丁度中間で調整する…
時間もかかる割に三方良しとまでうまくまとめるところまでは…
なかなか難しいことが多かった…

それが、最近職種が変更になって…

現場作業に変更された…
一日中、立ち仕事で働き…

はじめは、そんなに一日中立ち働いて…
肉体労働ができるだろうかと、不安だった…
その仕事も半年が過ぎ…
毎日の作業にも余裕が生まれるようになってきた…

一日にやる作業はあらかた決められている仕事で…
一日、一所懸命に働いて、ちょうど定時間内に収まるようになってきた…

そして何よりも…
一日中、他人(ひと)に気を遣わずに…
作業だけに没頭できる…

作業中は、ほぼ、瞑想状態なのかと思われるくらい…
何も考えずに仕事している…
(瞑想といっても、どんなのが瞑想かも知らないが…)

ただ、自分と向き合う時間が多い…
という感じはしている…

この時間が、最近たまらなく好きになってきた…
ひたすら作業する時間…

日々の仕事で肉体的に鍛えられてきたので…
筋力、持久力がついてきた…
家でも、洗車や掃除…
庭木の剪定…
など、など…

いままでは、
よいこらしょ…
と気合を入れなければできなかった家の力仕事も…
日々の仕事の延長で…
らくらく…

むしろ、集中して長時間作業ができ…
迷走ならぬ瞑想状態…

なかなかそんな生活もいいではないか…
と思う今日この頃なのだった…

そんな時こそが、素の自分でいられているのような…

というわけで今日はこの辺で
また明日お会いしましょう
洗脳から抜け出すのはなかなか大変なことだ…
完全に身体が覚え込んでしまっていて
自分の意志ではどうにもならない…

わたしの家内の母は今年84歳になる
おととし父がなくなり…
今は兄夫婦と一所に暮らしている

母は、毎年この時期になると同窓会があって、
小学校時代の友達と会えるのも楽しみの一つになっている…

今週の日曜日が母の日ということもあって…
昨日、プレゼントを近くのデパートに行って一緒に選んだ…

プレゼントは、同窓会などのチョットしたお出かけ用に
春色の上着と下に着るニットの水色の春セーターを選んだ…

その後、家内の姉の家にお邪魔して夕食までごちそうになってきた…
そんなわけで昨日は、母と家内そして、三女とほぼ一日一緒に過ごした…

姉の家では、姪が一歳半になる男の子を連れて帰ってきていてにぎやかに
楽しいひと時を過ごし、少しは、母への親孝行が出来たのだが…

母との話の中で、結構話題に上るのが同窓会での話だ…
地元の方の話とあって話題に出てくる人たちの顔と名前が一致する方もいる…

母の男性の同級生でその土地の名士で紳士的な人がいて…
私たち子供は、母にその方と少しお付き合いでもしたらどうかなあ…
などと、時々話題に上らせては、持ち掛けたりする方なのだが…

その方のことは、たまたま、わたしや家内も知っていて…
姉の子供、私たち夫婦から見て姪と甥がその方のお宅に小学校のころに
ピアノを習いに通っていて、一度など、私たち夫婦も
その方のお宅にお邪魔したこともあるからなのだ…

そうあれは、姪と甥のもピアノの発表会の時だった…

その男性は、昔は、英字新聞なども読んでおられて…
学もあり、お言葉遣いも大変丁寧なお方で、
物腰も柔らかく見るからに紳士という感じの紳士なのだが…

とっても良い感じの方なので…
わたしも家内も、また、昨日は姉や姪も会話に加わって…
母にまじめにその方との交際をすすめるような話になった…

母の反応は…
全くその気がないわけではないが…躊躇して…
しまいには…

相手は庄屋さんで、私たちは小作人だったんだよ…
毎年、庄屋さんの蔵に年貢を納めに行ったんだよ…
身分が違うんだよ…

という言葉が出てきた…
どこまで、本気で言っていたかは定かではないが…

多少なりとも、そういう考えはしみついているのだろう…
だから、そんな言葉が口をついて出てくるのだ…

それを聞いた時、冒頭の…

洗脳から抜け出すのはなかなか大変なことだ…
完全に身体が覚え込んでしまっていて
自分の意志ではどうにもならない…

という印象が自分の中に入ってきた…

そう、それは母ばかりではない…

母と同じことが、私自身にも起こっている…

自分の中にも今までの洗脳によって自分が獲得してきた狭い考え方だというのが結構あるのだ…

洗脳といえば、自分の獲得してきたアイデンティティ自体が洗脳かもしれない…

しかし、同じ洗脳でも自分に都合の悪くない洗脳もあるだろう…

また、逆に自分が苦しくなるような洗脳…
今の自分にとって、不都合な洗脳もあり…
そういった洗脳…思い込みは、外していけばいい…

自分の中で自分を縛っている洗脳は、
気が付けば外すことが出来る…

苦しくなる考え…
そういったものに、日々気がついていって…
自分だけで外せない場合には…

周りの人にも協力してもらってゆっくり外すことだろう…
と思った…

わたしの周りの強力な協力者は、家内である
家内と日々、色々な話をして…
自分の中の不都合な洗脳を外していこう…

というわけで今日はこの辺で
また明日お会いしましょう
今年、自治会の役員のお役目が十数年ぶりに回ってきた…
私の住んでいる地域は、700世帯ほどある住宅地で
自治会活動は、そこそこ盛ん?な方である…

自治会の三役は、会長と副会長2名で自治会役員は全部で
45名の定員で構成されている…

今年、わたしは防災部の会計担当というお役をおおせつかった…

まあそれはそれとして…

自治会の三役の内、会長と副会長の一名は昨年に引き続き
今年も会長、副会長の役を買って出てくれた…
また、もう一人の副会長は、会長副会長の根回しもあって
既に、決まっていた…

お陰で、今年は会長決めや副会長決めが無く…
平和に役員会が進行していった…

十数年前に役員をした時には、会長、副会長はその年の役員の中から
喧々諤々の中、決定された記憶がよみがえってきた…

会長は確か、欠席裁判で…
決定の日に出席できなかった方が会長になった…

わたしは、十数年前はやはり、担当決めの日に出席できなかったために
自治会が所有する汚水処理施設の保守管理を担当する分科会の長に任命された

一年間、分科会会長の役を自治会の重鎮…
わたしよりだいぶ上の年齢の先輩方とお話をしながら一年間勤めあげたのだった…

最初の役員決めの時に出席できなかったお陰で一年間
やはりそれなりに休みの日には、自治会活動に時間をさくことが多かった…

その年の会長さんは、それよりも更に忙しそうにされていた…
毎月、平日も数回自治会の仕事で会社をお休みされているようだった…

今でもそうだが、毎年その年、その年で…特有の問題点があり…
回覧で議事録が回ってくるのを見ていると、
会長や副会長などの三役を中心に私的な時間をどのくらい割いているのだろう
と、頭が下がる思いである…

今年も総会と先日初めての役員会に参加したが…
会長さんも副会長さんもそれぞれ真面目にその役を全うされている感じがして
頭が下がる思いだった…

会社での仕事は、それなりに給料が出ている中で…
やっているのだが…

自治会活動はボランティアだ…
私的な時間を割いて自分の仕事とは別に
地域の方々のために貢献していただいている…

そう考えると…
そういった方々の活動は貴重でありがたいと感ずる…
実際に営利目的でないところに頭が下がるのである…


さて、一方…
では、会社などに行ってお金を稼ぐ場合はどうか…
ということを考えてみると…


あれ、あれあれ…???

かなりの方々が一所懸命働いているではないですか…

お金のため…
と一口で言ってしまうには…
それは余りにも薄給すぎではないですか…
というくらいの月給で働いている…

何のために…
それは自分たちの子供を養っていくため…
とか、学校に出してやる学費を稼ぐため…
とか…

一見、自分の家に事情のためだったり
家族など、どちらかというとその家庭の固有な目的のため…
ととらえがちではあるのですが…

本当にそうかというと…
その様に育てられた子供たちが、
将来、小学校の先生になって…

子供たちの母親役になったり…
父親役をしたり…
と…
色々なところで活躍することになるかもしれない…

と考えると…
決して、私的な目的で働いている人など一人もいないと思えてくるのです…


学校の先生になって…
活躍などというと、聞こえは良くって何ですが…

実際に今の小学校の先生は…
本当に良く働いていらっしゃると思います…
ほとんど私的な時間さえ子供たちのために費やしている…
という場合が結構あるのです…

ボランティアと称して休みの日には地域の清掃に狩り出される…
休みの日には、部活動の顧問として子供たちの面倒を見る…
それも無償で…



そして、一方では…
そうやって育てられた子供は、キャバクラで働いて
お父さん達の愚痴を聞いてやる役割を担う子供もいるかもしれません…

そうして癒されたお父さんたちは、
また、明日から一所懸命働く活力を貰うのかもしれません…

そういったキャバクラで働く人たちだって…
実際にはきらびやかな生活の反面…
私的な自分の家族に使うお金まで十分に稼げているか…
というと、疑問が生ずるのです…

十分に…
みんなが平等に不安なく生活ができるように
富が分配されるシステムになっているかというと…

そういうシステムになっていないところに…
現代の利益分配システムの欠陥があるとは思うのです…


まあ、そういうふうに考えてくると…
お金を稼いでいようと…
お金を稼がない自治会の役員であろうと…

それぞれが皆…
一所懸命に今与えられている役回りを全うしているのだなぁ…
と、思えてくるのです…

そこには、お金を稼ぐ稼がないにかかわらず…
お役目回りがあり…

そのお役目周りが回って来たら…
楽しくやるのか…
文句を言いながらやるのか…

あとそれは、その人の自由意思に任さられる…
ということになるような気かがするのです…

わたしの場合は…
いままで、結構、お役目回りを…
文句言いながらやってきた気がします…

もうそろそろ…
楽しくやるにシフトしても良いころかもしれません…

いつもの癖で…
つい顔がこわばるかもしれません…

でもこれからは…
口角を上げて…
笑顔を作り…
楽しく…???

降りてきたお役目回りを…
全うしていこうと思った一日でした…

というわけで今日はこの辺で…
また明日お会いしましょう…

自縄自縛…

自分の考え方に縛られている…
コレをやらなければいけない…
あれもやらなければいけない…

私の周りには、やらなければいけないことで溢れている…

でも、よくよく考えてみてごらん…
やらなければいけないことなど…
なにもないってことに…
気がつくはずだ…

でも、やらなければいけないと思い込んでいる…
それは、ほとんど病的でさえある…

朝起きた時…
やらなければならないことが頭をかすめる…

一気に憂鬱な気分になる…
と、いうよりも、寝ている時から、そんな気分を引きずっている…

やらなければいけないことは、所詮は損得勘定なのだ…
損得勘定の思考は、それだけで破綻している…

そう、やらなきゃいけないことではなくって…
やりたいことだけやっていったら、人生どう変化するか…
そんなこと、やったことさえないし、
やらなきゃいけないことをやらなくていいという発想さえなかった…

と、いうより、やらなきゃいけないことが自然と頭をモタゲテくるのだ…


…むかしむかし、あるところに、幸せな夫婦がいて、
その夫婦は、子供を授かった、
子供は可愛い可愛いと、育てられ…

そして、その夫婦は、
子供をより幸せになるように育てたいと、
思うようになった…

世の中は、そんなに甘いもんじゃない…
世の中の荒波に呑まれないように…
自己防衛する手段を講じられるよう育てなければ…
この可愛い子は、いつか殺されてしまう…
世間という怪物に呑み込まれてしまう…
それはあまりにも不憫だ…

そう思った幸せな夫婦は、子供を鍛え上げることにした…

世間がやるように、子供を叩き…
世間がやるように、子供を罵倒し…
世間がやるように、子供に対して冷たく扱った…
そうして、育てられた子供は…
世間の不条理に、対抗する精神を体得していった…

それと同時に、親をも恨むようになったのだ…
世間という荒波を教え込んだが為に…

そういう恐怖が、
自分の外側に存在するという幻想を教え込んだばっかりに…

その夫婦は、可愛い可愛い子供から、
恨まれる存在になっていったのだった…

自分の信じる世界が…
自分の外側に展開している…
自分が思い込んで疑いのない世界が、
外側に存在している…

自分の外側の世界は、
自分の内側にある世界が反映されたものだということさえ
わからぬままに…

全く皮肉な話である…
幸せな夫婦は、
可愛い可愛い子供から疎まれる存在となってしまったのだった…

そうして、育てられた子供は、
やらなくてもいい、自己防衛手段を取れるようになった…

何から、自分を守るのか…

親から教えてもらった自分の作り上げた外側の世界の悪から…
自分を守る手段を…

そうやって、自分を守る術を覚えた子供は、
外側にある悪から、常に身を守る手段を講じるようになったのだ…

自分を守る手段は、外から攻撃されても、
身体の中まで被害が及ばないよう…
身体を硬く固く萎縮させることだった…

そうやって、自己防御が自然とできるようになった…

自然と身体は萎縮し、ねばならぬに縛られる状態を
いつまでも維持できるようになった…


そんな時に、周りにいる人の影響は、大きい…

家内は、優しく言ってくれる…

やりたくないことは、やらなくていいんじゃない…
そこで初めて、ほーっと、力が抜ける…

一度力んで見ないと…

一度目いっぱい委縮して、身体を固く硬くしてみないと…

力が抜けた時の開放感は味わえない…

やらなければいけないことなど何もない…

そうと、わかっていても、
直ぐに、ねばならないという想いが、頭をもたげてくる…

…そんな想いは、出るに任せて…
ただやるのは、その時の感情を、ただ味わうこと…

その時の感情を痛みに変えて…
ただ味わうこと…

どの辺がどう苦しいのか…

どこが…胸のあたりが…

どう苦しいのか…押さえつけられるように苦しい…
息苦しい…

そう、わたしのやることは…
それを物質化して自分ではっきりと見ることだった…

物質化されたものは…
やがて、消えていく運命…
始まりがあるものには終わりがある…

そう、それは、
外側に悪が存在するという恐怖から始まった…

それは、結果的に、親を恨む原因となった…
そして、ねばならぬの、やらなければならないという拘束感を生むことになった…

そして、その恐怖は、外側に実際に闘うべき、
現代社会の不条理をさえ生み出した…

一度、そういった拘束された世界に、
身を投じてみなければ…

解放された時の爽快感が味わえない…
その爽快感を味わう為に…

私は、此の世に生まれてきたのだった…

親を恨み…
世間を恨み…

自分の作り出した幻想を恨むことによって得らる開放感…


…そうだった…

そういう、筋書きだった…

もうそろそろ、そのストーリーも終焉を迎えるときが来た…

もうそろそろ、別のストーリーに移行する時期ですかね~

ということでこれまでのお話は、ここまで~


というわけで、今日はこの辺で
また明日お会いしましょう
わたしの両親は横須賀に住んでおり
父が85歳、母が今年80歳になる
母はおととしから昨年にかけて病気で
手術をした影響もあり…

その後、だいぶ体力がお落ちた感じがして…

病気の前は、元気であったが…
病気の後は、昔ほどの覇気がなくなってしまった感じがする…

手術の後の退院後は、相当、体力気力とも弱っていたため
頻繁に実家に見舞いに行った…

今は、大分体力が戻ってきたので、数か月に一回
見舞いに行く程度になった…

わたしの住まいは大磯で…
いつも実家に帰るのには車で海岸線を通って行く
海岸線は渋滞することも多いが…
まあ通常だと往路に2時間、
復路は2時間から3時間かかる…

地図上ではそれほど遠くない距離なのだが…
時間的にはちょっと行ってくるというほど近い距離でもない…

また、私が行くだけでは、話したいこともないし
両親からの話もない…

そこで、横須賀に行くときは、大抵、
子供たちを連れて行くことにしている…

子供たちと祖父母が話しをしていると明らかに両親も楽しそうで、
母などは、行ったばかりの声のトーンと私たちが帰るときの声のトーンは
明らかに帰るときのトーンが一オクターブくらい上がっている感じなのだ…

先週のうちに先週の日曜日に伺いたい旨を
両親に連絡したところ、先方の都合が悪く
別の日に行くことになった…

当初、5/3に行くことにしようかと考えていたのだが…

家内と話しているうちに
ゴールデンウイーク中は、道路が異常に混み
帰りなど、どのくらい時間がかかるか予想ができないので
ゴールデンウイークの訪問は断念することにした…

家内と話している時に…
『横須賀の実家に行くにことが、足かせになっている…』
という言葉が、わたしの口をついて出てきた…

わたし『実家に行きたいとは思わないし…』
『話すこともないし』

妻『じゃぁ、無理に行かなくてもいいんじゃない』
『それに、足かせになっている…
 という言葉は、必要ないんじゃない…
 お母さんもお父さんも無理に来てくれとも言っていないし…
 
 そういう言葉が出るということ自体が…
 自分は長男だし、本当は、見舞いに行ったり
 両親の面倒を見なければいけない…
 と人一倍思っているんじゃないの…

 そう思っているけど…
 やりたくない…
 でも、やらなきゃいけない…

 そういうジレンマから出てくる言葉なんじゃないの…

 両親が心配じゃないの…
 一緒に住んであげたいとか…
 そういうふうに今は考えたことがないの…』

わたし
『両親と住んであげたいとか…
 両親が心配だという考えが今はない…
 
 むしろ義務的に両親を見舞わなければならない…
 思っているだけで…
 自分から積極的に親孝行したいとかいう考えがなくなってしまった…
 
 昔、子供のころはあったかもしれないが…』

そんな、会話をしていて…
自分がココロの中で…強く強く人一倍…
親の面倒を見なければならない…
ということを感じていることが分かった

自分は長男だ…
長男は親の面倒を見なければならない…

だけど、一緒に暮らしたくもない…
面倒も見たくない…

しかし、面倒を居る義務がある…

『足かせ』という言葉は正にそこから出てきていた…

偽善だ…
横須賀の実家に行って両親を見舞うこと自体が偽善的に感じる…

今はこころからやりたいことではない…


しかし…
しかしである…

どうせ、実家に帰るのだし…
帰るときは、子供たちを連れて帰り両親も喜び…
喜んでいる両親の姿を見れば、来てよかったと思える…

今は、偽善でもいいじゃないか…

だからと言って、『足かせになっている…』という言葉で…
自分にわざわざ足かせをはめる必要もない…

言葉の使い方が間違えている…

たとえ、今は偽善でも…
両親の喜ぶ姿を見ることが好きだ…
と言って…

自分を縛った方が、いまは、幸せだ…

たとえ偽善であろうと…
そんな柔らかい言葉で自分をやんわり包んだ方が…
気分がいい…

『足かせ…』よりも
『人が喜ぶ姿が好きだ…』といって…

という言葉が自分にとって心地いい…
心地いい言葉で自分をやんわりとつつみたい…


ということで今日はこの辺で
また明日お会いしましょう


ps
言葉の使い方…
などと書いているのだから…
『たとえ偽善でも…』の
前置きも不要だ…

なんでこう、人は愚痴を言いたくなるのだろうか…

分かってもらいたい…
ココロ根は、別の所にあるんですよ…

なんてね…

自我さんが何か話しています…

まあ、少し話を聞いてやりましょうか…

だけど、自分の中で自我さんの会話は止めたてやった方が…
他人も気持ちよく過ごせますよ…

家内は三人兄弟の末娘…
一番上が姉で…次が兄…
それぞれ5歳ずつ離れているから…

上の姉とは、10歳違いだ…
我が家は家内の兄弟家族とは、結構仲が良く…
結構頻繁に行き来している…

一番上の姉さんは、昔、家内の母方の祖父…
おじいちゃんの影響を一番受けているという…

どんな点で影響を受けているかというと…
お金についてである…

おじいさんは…
気前のいい人で…
よく姉さんにお金をくれたそうなのだが…
くれるときに…
『使わなければやらないぞ…』と言って、
お金をもらったそうだ…

その教え通り…
姉さんは、もらったお金を忠実に?使ったそうだ…

それに比べて…
家内の母はしっかり者で…
お金を大事に大事に使う方だ…
家内の母と、その父親…
どうしてその父親からしっかり者の母親が出来たのか…
というのも不思議なのだが…

家内の母は、昔よく、家内の姉さんのお金の使い方を見て…
お金をカタキのように使うね…と、揶揄したそうだ…

家内は、どちらかというとしっかり者というか…
お金を出来るだけ使わないタイプで…
自分のためにお金を使うことなどほとんどない…

ジュエリーの趣味はないし…
外出が好きというわけではない…
旅行も好きではない…

出来るだけお金を使わず…
出来るだけ貯金して…
安心したい…
と言っている…
将来…年取った時にお金が無くなってしまったら…
生きていけないとという不安を抱えている…

わたしもどちらかというと
お金は使わないように、使わないように…
と育てられた…
近くでお祭りがあっても…
露店で何か買ってもらったことなど一度もなかった…
ものごころついたころから、親に何かねだることはせず…
子供心に欲しいものがあっても…
我慢することが偉いことなのだ…
と、妙にへんに大人ぶった態度をとっていたと思う…

そのお陰で、お金の使い方を全く知らないといっていい状況だった…


わたしは勤め先の関係もあり…
家内の実家の比較的近いところに住んでいた…
今は少し遠くはなったが…
だいたい車で15分くらいのところに住んでいる…

子供が生まれて…
子供が小さいうちは…
家内の実家に毎週末、一週間の買い出しに家内の母を誘って
一緒に家内の実家の近くのスーパー巡りをしていた
4、5か所のお店を回りそれぞれに安いものを見つけては
お買い得品を買って満足していた…


家内の実家の近くで、お祭りがあると…
家内の実家の父や母が三人の子供たちに
それぞれ1,000円札を渡してくれてお祭りに向かった…

子供たちは、喜んで露店でチョコバナナや射撃
綿菓子にスパーボールスクイ、
金魚すくい、リンゴアメ、
などいろいろな物を買って愉しんでいた…

わたしは一緒になって子供たちが楽しんでいる姿を見て
初めてお祭りが子供にとって楽しいものなんだなぁ…
と、子供たちの楽しむ姿を見て愉しんだ…
露店の品物は決して安いものではないが…
子供たちにとっては、価値あるものなのだなぁ…
と、初めて感じた気がする…


そういえば、と…
先日、家内と話している時、家内の姉さんの話になって…

姉さんは働いている時…
結構、駅の近くのブティックで
毎月のように服を買って着ていたそうだ…
今でもきれいになっていて、時々、そのころの服を
頂いたりなどするが…
高級な服は、今でも、物によっては子供たちが着れるほど
良いものもある…

姉さんは、自分のためにもお金を使ったが…
家族にも気前よくお金を使った…

会社の帰りには、
いろいろ珍しい食べ物を買っては、
お土産に持って帰ってきてくれたそうだ…
旨いうなぎ屋でうなぎの串を買って来たり…
大抵、珍しいものは、姉さんからのお土産で食べたそうだ…

家内も子供のころに
駅の近くのレストランなどで
いろいろな物をごちそうになったそうだ…
そのころは、レストランなども珍しく…
パフェをおごってもらったり…
お好み焼きを食べに連れて行ってもらったり…
随分、面倒を見てもらったそうだ…


姉さんは現在、ご主人と子供二人…
一人はもう嫁いで家を出ているが…
下の男の子は、働いていて家から通っている…

今、現在、姉さんはどちらかというと
特に裕福というを訳ではないが…

買うもののセンスがいい…
わたしの子供たちの誕生日や入学祝など…
何かあるごとにプレゼントをくれるのだが…
センスの良いものを選んでプレゼントしてくれるのだ…

我が家では、姉さんの趣味の良さは定評がある…


最近思うのだ…
お金の上手い使い方も練習が必要だ…
お金も使えば使うほど、使い方がうまくなる…

使うことを控えて…
使うことを知らなければ…
お金の使い方がいつまでたっても分からない…

無駄遣いを奨励するわけではない…
ただ…
お金も生かして使いたいものだ…

ということで、今日はこの辺で
また、明日お会いしましょう…
人は当たり前なことには、感謝できない。

当たり前ではなくなったとき…
あるいはそれを失ったとき…
今まで、あったことにようやく気づき、愕然とするのである。

脳は、次から次へと新しいもの…
新しいものへと…
常に目新しいものに、惹かれていく…
今あるものをかえりみて、感謝することなどしない…

しかし、今ある、わたしのこの状態は、
全く、ありがたいことだらけの集積によって成り立っている…

今日のこの記事は、
長女の飲んだら飲みっぱなし、使ったら使いっぱなし…
というその行為を見て…
それができるのは、当たり前ではないはずだよ…
それを片づける人が居るんだよ…
自分で何でもやれるようにしたらいいんじゃないの…
と、いうところからを書き始めたのだが…

ここまでかいていくうちに、
実は、このことは大いに自分が振り返るために
与えられた絶好の機会かもしれない…
と思えてきた…


自分はどうなんだよ~?
自分は、当たり前のことに、感謝してるのかよ~?
という、疑問が立ち上がってきた…

だからといって、自分を責めるつもりなど、毛頭ないのだが…
まあゲームとして、どんなものが当たり前ではないことなのか…
ということに、意識を向けてみるのことにした…

そういえば人間に必要なモノは、
当然当たり前のようにそこに存在し…
存在していることすら感じない…

空気、水、三度の食事…
衣食住…
身の回りの道具…

どれ一つをとってみても
当たり前のような顔でそこに存在しているけれども…
実は当たり前のことなど何もないかもしれない…
というところから出発してみることにした…

毎日の三度の食事は、
家内が当たり前のように作ってくれる…
日ごろから、家内には感謝している…


ただ…
もっと奥…
三度の食事の材料の…

肉…
野菜…
味噌…
醤油…
塩…
ダシ…
米…
油…
砂糖…

水…
ガス…
炊飯用の電気…
照明の電気…

照明器具…
ガスコンロ…

そんなところまで…
思いをはせることは少ない…


というよりも、
普段考えることなど無いに等しい…

出てきた食事については…
感謝していただき…
妻にも感謝できるのだが…

その奥…
ということは
普段感じずに生活している…

しかし、
食事が出てくるそれまで…
その奥…
そこには、どれだけ多くの人々がかかわっていることだろう…

そういえば
昨日スーパーに買い物に行ったとき…
油が全く見当たらない合った…

『もしかしたら熊本の地震の影響があるのかなぁ…』
(その真偽は定かではないが…)
等と…
家内と話していたのだが…

色々な人がかかわって油がスーパーに揃う…
それを安価に購入する…

誰が、その油をスーパーまで運んでくれたのか…
誰がそれを見やすい場所においてくれたのか…
誰がそれをリーズナブルに買える価格設定にしてくれたのか…

油がお店に無いところから…
その少し奥で働いてくれている人々を想像できる出来事だった…

さてさて…

ここまで書いていたら…
何だかのどが渇いて来たので…
家内に冷蔵庫のお茶をレンジでチンしてあったかいのをくれない…
とお願いした…

もう、23:30分を回っており…
出来るだけ手間をかけたくないと思ってそう頼んだら…
ほうじ茶を入れようか…と…

いや、これからだと洗い物が増えるし…
と思ったのだが…
早速、お湯を沸かして…
熱いほうじ茶をいれてくれた…

今は、顆粒状にフリーズドライ?された
ほうじ茶や麦茶が売っていて…

本当に助かる…

そのほうじ茶をいれてもらって…
一息、ほーっと…
ため息をついた…

うむーん…うまい!!

というわけで今日はこの辺で
明日またお会いしましょう
お金って何だろうか?
お金は、あればあるだけ良いのか?

お金がなければ、お金がないことが悩みとなり…
お金があれば、お金があることが悩みとなる…

お金がないときの不安…
それは、たいてい将来への不安があるだけかもしれない…

子供を大学に出してやるのに、お金がかかる…
授業料が払えなかったらどうしよう…

今年、三女が大学に入学した…
文科系の大学生の年間授業料が約100万円…
それ以外に交通費・生活費・等々必要だ…

しかし、考えてみれば、それもあと3~4年程度の問題で…
そこさえしのげば、それ以外でまとまったお金が必要となることは、めったにないかもしれない…

家を建てる…
車を買う…
子供が結婚する…
まとまったお金が必要となることが、
一生の中で、あとどのくらいあるだろうか…

そう多くはないと考えれば…
必要以上のお金があっても仕方ない…


なんで、そんなにお金が必要なのと聞かれたときに…
多くの人???は、
大抵…
なんかあったときのために…
お金があった方がいいじゃん…
などと答える…

そう…
そう答える多くの人は…
なんかあったときのためにお金をため…
なんか…を引き寄せ…
なんかにお金を使うことが多いのかもしれない…


いいや…
お金があれば色々と贅沢ができるじゃない…

しかし…
贅沢は何度かやり尽くしたら…
やがて飽きることになる…

毎日ビーフステーキを食べていたら…
たまには、納豆が食べたくなるかもしれない…

お茶漬を食べて…
あぁ゛~~ 日本人に生まれてきていかったぁ~…
などと漏らすかもしれない…

只の漬物とご飯があれば後は何にもいらない…
なんてことになるかもしれない…

人間は、食事でいえば贅沢な食事をすることが…
贅沢なのではなく…

色々なバリエーション…

ビフテキだったり…
お茶漬けだったり…
納豆だったり…
ラーメンだったり…
パスタだったり…
ケーキだったり…
パンだったり…

と、様々なバリエーションが楽しめることの方が最高の贅沢なんだなぁ…


また、一方で生活していて、色々な経験ができることも
贅沢の一つだ…

何かの刺激…
何か日常と違うところに、工夫の楽しみがあり…
自分の中で想像を膨らませて
こうしてみようとか…
ああしてみようとか…

そんなバリエーションも最近は楽しんでいる…


ついこの間、家内の手伝いをして夕飯の食器を洗っている時
急にシンクの中に水がたまり始めた…

家内に聞くと、最近大量のすすぎ水を流すと…
流れにくくなるとのことだった…

想像できることは…
シンク下の下水管の内側に油がこびりついて流れにくくなっていること…
そう排水管委コレステロールがたまっているのだ…

これまで、何度か塩素系のパイプクリーナーを使用しても
配管がすっきりきれいになることはなかった…

そういえば、先日、百円ショップで排水管のつまりを清掃する排水管ワイヤーのようなものを見かけたことを思い出した…
水回り110番の方が持っている、あの専用道具がなんと百円ショップで売っていたことを思い出したのだ…
今日からゴールデンウイークということもあって…
早速、百円ショップに行って百円で排水管ワイヤーを買い求め…
家に帰って塩素系パイプクリーナーと併用してシンク下排水管の清掃をした…

30分もしないうちに…
排水管はきれいになり…
つまりは一気に解消…
こころのモヤモヤも一気に洗い流されたのだった…

人間は、バリエーションを楽しむこと…
そして、なんかあったときにどうしたらよいかを考え…
考えを煮詰めて工夫して対処することも…
贅沢の一つだ…

なんて思える出来事であった…

というとこで今日はこの辺で
明日またお会いしましょう

ps
財産がありすぎる場合の悩み…

たとえば相続問題…
親の財産を相続するとき資産が多ければ多いだけ、
相続税が莫大にかかる…

世の中には、相続税を支払うために働いている人もいるくらいだ…
そんなことをしていると聞くと…
私など…なんか違和感を感ずるのだが…

何の疑問を抱かずに…
むしろそうすることが偉いとさえ言う人もいる…

税金を支払うために…
自分の命の時間を削って一生懸命働いているのだ…
人によっては…
まあそんな暇つぶしの方法もあるのだろう…
人は、皆自由であり…
自分の時間をどう使おうと自由なのだ…

以前わたしは、お金はあればあるに越したことはないと思っていた…
でもそれは、わたしは必要な時にないと困ってしまう…
という思いから出てくる発想だった…
必要な時には何とかなるものだ…

必要な時に必要なお金…
あるいはお金以外の方法として、
それに対応できる手段があればそれでよいのだ…

今は、必要な時に必要なお金があればいいんじゃない…
と…
少し…
思える…

(えぇ~~そこまで書いといて…
 まだ、少しなのかよ~…
 と自分でツッコむw)

今朝、家内と会社の人間関係の問題点の話をしていて…

わたしが…
『どう考えても、相手の言っていることは、こじつけで、
 全くこちらの話を聞くまでに至らない…

 こちらの言うことには、聞く耳を持たないという感じで…
 話にならない…

 であれば、メールでこちらの意見を書いて送ってやろうと思う
 どう考えても、相手の言っていることは非論理的なのだから
 こちらの意見を論理的に書いた文章を作って、
 メールで送って、

 相手にダメージを与えてやれ…!』

と言ったとき、家内が 
『相手にダメージを与える…?
 与えるものが受け取るものだよ…
 それは、どんな場合でもかわらない法則なんだって…』

そういわれたとき…

『与えるものが受け取るものということは…
 相手からダメージを与えられる…ということ…???』
 
 相手からダメージを与えられるのは心地よくない…
 
 なんだか分からないが、本当に家内が言う通りなのだろう…
 と直感した…』

 では、わたしは、どんなものを与えているだろうか…
 と、いうより…
 どんなものを受け取りたいか…

 という損得勘定が、まず顔を出した…

 まず頭に浮かぶのは、こんなことされたら困るという思考だから悲しい…

 そうではなくって、こんなことされたら嬉しい…
 という発想の方が楽しくないか…

 相手を喜ばせることをいつも考えている人は、
 世の中にはたくさんいるだろうに…

 それに比べて…わたしの発想の何と貧相なことか…
 貧相?
 それが貧相か…?

 (…まあ、出てくるものは…
  出るに任せておいて…)

 親切にされたい…

 不当なことを受け取りたくない…
 いい加減とか、テキトーに事を済ませられたくない…

 良きものを受け取り、良きものを与えたい…
 決して、ダメージを与えたいわけではないのだ…

 そんなことをつらつら考えていたら…

『そうか、…
 わたしの望みは…
 ダメージを与えることではなくって…

 自分の中の納得が得らえること…

 自分の中で納得が得られれば
 結果は結果として受け入れられる場合だって出てくる…

 そうか、私の望みは…
 自分の中で納得できる理解が得られることなんだ…

 自分の中で納得が出来ればいいのだが…

 相手が理解できないのであれば…
 相手が理解できる言葉にして伝えてやればよい…
 
 相手にダメージを与えるのではなく…

 相手が理解して考えて…
 納得して…
 そのうえで…

 わたしの理解できる言葉で
 説明してもらえることが望みなのだ…
 
 わたし自信納得すには、
 まず、相手が分かるように話をするしかないのだ…

 それには、言葉を尽くすしかない…
 言葉でしか理解できない…

 人間には言葉があるのだから…
 その言葉を尽くさずに何ができるというのだ…』

 ということで…

『与えるものが受け取るもの…

 自分の理解できる言葉で…
 丁寧に…
 相手が分かるように…
 文章にして…
 相手に手渡すことにしよう…

 というところまで、思い至った…』

 ということで、今日はこの辺で
 また明日お会いしましょう…

毎朝、家内が私にパンを焼いてくれるのだが…

パンを焼いている途中でパンの表面を払って、裏返している。
こうすると、パンの粉がトースターの中に落ちなくて
トースターが汚れにくくなるらしい…

『丁寧な人ですねぇ。』
というと、『のろまなんだよ私は…』
と、昔、隣に住んでいた年配の奥さんが言っていた言葉を真似しておどけて見せた…
そういいながら…
『自分の中では、当たり前のことだから…
 当たり前にやっているだけだよ…』

そう…
家内は何をやるのにも丁寧だ…
所作が、だいぶ私と違う…

何が違うのだろう…
と考えていて…
ふと思い当たった…
そうか、わたしの場合は、すぐ慌てるところだ…


何かの要求が来ると…
心が波立って、直ぐにその要求答えければならないと臨戦状態になる…
そうなると、もう、落ち着いて、対応ができなくなる…

以前、家内がまだ会社に通っていたころ…
会社に行くのに、遅刻しそうになっても絶対に走らない…
と、言っていた。
怪我したら、大変でしょ…
人にも迷惑かけるし…
自分だって痛い思いをする…
何よりも、もっと時間がかかっちゃうじゃないの…

そして、車通勤のわたしを心配して…
『見てないところでスピード出しているんでしょ』
わたしが口ごもると…
『やっぱりそうなんだ…
 なんでそんなに慌てるの…
 目的は、早く着くことではなくって、そこに安全に到着することでしょ。
 慌てて、事故が起きたら、安全に到着出来なくなっちゃうでしょ…』

 と、

『だから、安全にゆっくりと…
 というより、ゆっくりとというより、丁寧にやるように心がけたら…』

 と、言ってくれるのだが、…

 いざ時間の制約ができた途端に…
 ココロは波立ち、焦る気持ちを抑えきれないことが多い…

 丁寧になどという言葉は、頭の隅にも存在しなくなってしまう…
 
 丁寧に…
 丁寧に…
 丁寧に…

 心の中でいつも唱えていたら癖になるだろうか…

 丁寧に…
 丁寧に…
 丁寧に…

 はやる気持ちに、ブレーキをかけて…

 丁寧に…
 丁寧に…
 丁寧に…

 大局的に見たら、丁寧にも…早くも…
 価値は、同じかもしれないけれど…

今の私は、
丁寧に…
という言葉に惹かれる…

丁寧に…
丁寧に…
丁寧に…


自分のいつもの行動と別のパターンを体験してみたい…
それが今わたしのやりたいことだ…



先日も、フォークリフトで、荷崩れ事故を起こした…
原因は、気持ちに余裕がなかった…

というところだ…

お昼前に荷をエレベータでおろしたからを取りに来て。
という合図のブザーがなった…
『ぷー。ぷー。ぷーー。』

このブザーが鳴ると、煽られた気分になるから不思議だ…

早く、行かなければ…
そして、さっさっさっと、仕事を片付けていった…

途中。さっさと、できる自分のの行動に酔いしれた…

その時、事故が起こった
フォークリフトのマストが、2階の梁の部分にあたって
持っていたパレットから部品を入れていたポリボックスが
床に大きな音を立てて落ちた…
入っていた部品がボックスから投げ出されて、これまた床に落ちた


第一のものを第一にしなさいよ!
安全に丁寧にすることが
第一のことのはずだった…
(家内の言うとおりだった…)


荷崩れによって、部品が傷つき
再塗装することになった…

焦ったおかげで…
手間と時間がかかってしまった…
という顛末だ…

焦る気持ちと…
フォークリフトにも慣れてきての慢心と…
いろいろなことが重なって事故が起きたのだろう…

どれか一つの条件がなければ…
事故は起きなかったかもしれない…
縁に触れないわけだ…


焦る気持ちがなければ…

或いは、

慢心がなければ…

或いは

もっと丁寧に運転していれば…

どれかの条件がそろわなければ…

事故はなかったかもしれない…


焦ってしまうのは、
どうにも止められそうもない…

慢心も多少は出てしまうことがあるだろう…

であれば、
丁寧に…

ということを、今後、心がけよう…

丁寧に…
丁寧に…
丁寧に…


ということで、今日はこの辺で
また明日お会いしましょう…

ps
今日のブログネタを書き終わり
車を降りて会社に向かう途中…

バス停の停留所看板の横に
バスの運転手から見えるように
『経路確認』と大きめの字で書いてあるのを見かけた…

『経路確認』の札…

 確かに、そのバス停の先は、バスルートとして
 直進するバスと、左折するバスのルートがあり
 間違いやすそうだった…

 この先、経路が分かれますよ。注意してね…

 どこかで間違えた運転手がいたのだろうか…

 その時思った…

 わたしも、『経路確認の札…』

 調子に乗っている時に思い出すように出来たらいいかもしれない…

 慌てているときにこそ

 心でブレーキをかけて、赤信号で、止まる

 心のブレーキ…

 赤信号では、赤信号で止まる…

 黄色信号も、可能な限り止まる…


 止まることによって『心がリセットできる…』
 
 今日は、そこを念頭に行動してみよう…

 
 そういえばベテランの作業を見ていたら…
 ブザーが鳴っても動じない…

 自分の中の段取りを優先し…
 じっと、考えながら作業しているではないか…
 執拗にブザーはなり続けても動じない…


 そうか、焦る必要などないんだなぁ…
 今後は…自分のペースで落ち着いて仕事をしよう…