門松 49
手毬唄哀しかなしきゆゑに世に 久保田 万太郎
なにも書くことがおまへん。ハイ、さよなら。
と、書いてしまったが、なんとも不本意極まりないので、やはり
書くことにした。内心忸怩たり。
本日は、朝からことのほか厳寒である。車の中で資料の整理
を続けていたのであるが、手先が冷たくて悴んでしまい、思うよ
うに鋏みを操れないのには困った。やむなく読書に切り替えた
が、これまた本を持つ手や、ページをめくる指先が、わがものに
非ずの按配で、さながら脳梗塞の病人を思い浮かべた。
今夜の食事はすき焼きである。ぼくが子供の頃は、すき焼きは
お客さんが訪れなければ、食べれない食事であった。つまり、柳
田國男に言わしめれば、ハレの最たる食事とでも呼称するべきも
のであったが、今や格段に存在価値を下落して、たまご掛け程度
の位置にいる。いわば、ハレの食事から、ケレの食事に成り下が
ったわけである。
食べ物の存在感の低落は、特にバナナにおいて顕著である。こ
れまた、ぼくの子供の頃には、バナナなんて滅多に食べれるもの
ではなかった。病気のときでもリンゴか生卵ぐらいが精一杯で、
バナナなんて高嶺の花で、想像だにすることができなかった。遠
足に於いてバナナを持ってこれるのは、クラスで二人ぐらいだっ
た。因みに、ぼくらのクラスの生徒数は、四十五人だった。