門松 34
ほうらいの山まつりせむ老いの春 与謝 無村
いやはや、本日も寒そうだ。いやになってもしょうがないか。今
日の日が耐え難ければ耐え難いほど、春が待ちどうしいことに
なるのだから、そんなことを夢見ながら寒さに対処していかなけ
ればならないと観念しています。てなことを書くとなんて大仰なと
のたまわうかたがいられるかもしれませんが、シベリアとかアラ
スカなどという極寒のところは、あまりの寒さに、完璧の防寒対
策が出来ているので、さほど寒さを感じないような生活習慣がで
きているようですが、ぼくの住んでいる徳島は、なんてゆうか、は
なはだ中途半端な気候で、熱いでもなし、かといって寒いでもなし
という、きわめてあいまいな気候ゆえ、防寒対策が全く出来てい
なこともあって、夏はなんとか凌げるのですが、冬となるとエアコ
ンやストーブのみで、はたしてこれが防寒対策といえようかといっ
た感じがしないわけでもありません。寒さも熱さも、宗教的新年で
ありがたや、さもありがたや、ととらえることが出来ればいいんで
しょうが、おいらは生来の無心論者で、もうしわけありませんがそ
んなふうに考えられません。かといって、神を信じたり、人智を超
えたなにがしを想念して、それをよすがに生活をしている人たちを
否定するつもりはありません。むしろそんな人々をうらやむ気持ち
がないわけではありませんが、どうしてもそんなものを信じる気持
ちになれないだけです。ハイ