花火 525
仕事というのは、一般的に言って、それほど
楽しいものではない。むしろ退屈で、やるせな
いもののようだ。だからといって、仕事をないが
しろにできるものではない。仕事を通じて社会と
つながっているのだし、だいいち、仕事ほど確
実にお足になるものは見当たらない。
ぼくは、仕事が大好きと公言できるわけではな
い。だが、仕事がない生活は、考えられない。何
も収入が無くなるのを恐れるのではない。そうい
うことではなく、仕事が生活の柱になっているか
らだ。柱のない生活は、とりとめのない生活にな
ってしまう。好きなことをしても、柱があるからこ
そ存分に楽しめるといえる。柱がなければ、好き
なことをしても楽しめないように思える。
この辺のことは、宗教と関係しているかもしれな
い。よく言われることに、カソリックの国の人は勤労
を厭い、プロテスタントの国の人は、倹約、禁欲、そ
して勤労を尊ぶといわれる。マックス・ウエーバーじ
やないけれど、プロテスタントの教義のなかに資本
主義の精神があると言われる。じゃぁ、はたして、ぼ
くの仕事に対する態度は、資本主義の精神なんだろ
うか。たしかに、ぼくは聖書が好きで、よく読んでいる
が、資本主義の精神を感じたことはない。おそらくは、
ぼくの聖書の読み方は、カソリックに近いように思わ
れる。
長くなるので、この辺でやめるが、仕事に対するぼく
の態度を、もっと考えてみるつもりである。