_ 阿弥陀仏と菫 282
先の戦争のあと、多くの人は必死の境地から逃れ、生き
るに懸命になり、休息も忘れて働いたが、大人の中には日本
の必勝を疑わず、神国日本に敗北などはない、とかたくなに
信仰していた人にとっては、おおきな精神的シヨックであった
ろう。そのことによって茫然自失に陥り、廃人同様になって、
ついに回復しないままに逝ってしまった例もあるやに聞く。
あるいは卑近になるが、失恋のあまり死を選択した歌人
の例もある。
二例は、いずれも死につながるのであるが、片や愛国心
の対象たる国家の敗戦による精神的苦悩からの死であり、
片や恋人を愛を得られぬ苦悩からの死の選択である。一見
中身の異なる苦悩からの死に見えるが、ぼくはそうではない
ような意見を持つ。
ぼくはこう思う。人間は、当然に生きるに健康な肉体が必
要である、と同時に健康な精神も不可欠である。精神力は、
愛とか希望、夢、やすらぎ、楽しみ、欲望、憎悪、嫉妬、信仰
など無数のエネルギーの柱で精神を支えている。愛する国の
敗戦によるショック、あるいは恋人の愛を得ることの叶わぬ
絶望は、精神力を支える無数の柱を倒してしまう。生きる精
神力が霧散すれば生きていけず死を選ばざるをえない。昔
は貧困が死につながった。豊かになった現下においても自
殺が絶えないのは、何らかの複合的な原因で、精神力を支
えるエネルギーの柱が倒壊して、空虚になったがためである。
希望と、少々のお足があれば生きていける。あっ酒もい
る。女も・・・・・いや女はイイヤ。