独り言    4月15日-1-42-268 | はなのブログ

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_          阿弥陀仏と菫   268
  はじめに言葉ありき。そうさ言葉がなきゃ認識なんか
ありえない。
  たまたまぼくは、日本というところで生まれ、意識しな
いままに日本語を覚えてしまった。したがっておのずから
日本語でもって対象を認識しているのである。これが異な
る言語を習得していれば、異なる世界観を抱いているかも
しれない。言語というものは認識の手段として便利というの
みならず制約もある。ことばが無きゃ認識は出来ない。言
葉と言う限界があるのである。
  命名というのは極めて便利なことだ。たとえば富士山と
言う言葉、それを口にするだけで、聞いた人は頭に雪をか
ぶった三角錐の大きな山を思い描く。これが富士山という
言葉がないとするとどうだろうか。いちいち静岡と山梨の間
にある、台地が盛り上がった巨大な三角錐の山で、晩秋か
ら冬、そして早春にかけて上のほうに雪が積もっている山、
と言わなければならず、はなはだ面倒だ。名をつけるという
ことは言葉の合理化なのである。