_ 幻視と政治 106
毎日面白く、又楽しくおくれたらどれほどよかろう、と
思えども、なかなかそうはいかぬ。ふりかえって過ぎ去り
し日々を反芻すれど、苦虫をかみ締めたような毎日だっ
たように思う。
これでは精神上も、おのずから健康にもさしさわりが
あるのは必定、なんとかせねばなるまい。
思うに気の持ちようと言うこともある。面白く、かつ楽
しい生活なんて、ただじっとしていては手に入れることは
不可能である。たとえば、ぼくは落語が大好きなのである
が、落語を聴くから面白いのではない。面白い気分を味
わいたいがために落語を聴くのである。笑いたいがため
に聞くのである。つまり受身じゃなく、能動的に味わうので
ある。この辺が肝要なのだ。
つまり、ぼくが希求すべき面白く、かつ楽しい毎日は、
聖書に言う、求めよ、さらば与えられん、の文言に尽きる。
面白かろう、楽しんでやろうと言う主体的な心持がまず必
要と言えよう。こう思い定めた。