独り言   6月20日 | はなのブログ

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         たまちゃん    20

 ふたたび書く。私とは何かと、一枚々かわをむいて

いくと、最後にのこるのは自我である。しからば、この

自我とはいかなるものであろうか。

 生命はだれしも母親の子宮のなかに宿ることは周

知のことであるが、赤ん坊は生まれてすぐには自我

はない。つまり、赤ん坊にとって宇宙と自己とは一体

なのである。しばらくして、おそらく不快を経験して自

己と他者、換言すれば自己とそれ以外のモノに気づ

き、やがて自我がめばえるのである。こういうことが出

来るのかどうかは分からないが、もしや赤ん坊の総て

の欲求を満足さすことができれば、おそらく自我は育

たないかもしれない。

 自我とはあやふやなもので、自己とは何者であるか

を知りたがる。つまり、自分を熟知しないと不安に駆ら

れるのである。平たく言うと、自分が何処からきてどこ

まで行くのか、死後をふくめて知らなければ自我が安定

しないのである。その物語として宗教が生まれたのであ

る。宗教が信じられた時代は自我は比較的安定したで

あろうが、そこに科学がうまれた。そのことにより宗教の

物語の説得力が希薄になってしまった。しかし、科学が

宗教にとって代われるか、といえばそうもいかない。科学

は世界の部分々を説明できたが、科学をもって宗教に代

える事はおそらく無理であろう。しかるがゆえに宗教は自

我の安定のために、人間の生存に必要不可欠なモノとし

て永久に存在し続けるであろう。おそまつ。