独り言   6月14日 | はなのブログ

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         たまちゃん    4

 人間は社会的動物である。当然一人では生まれない

し、ましてや人間になれない。ボーヴォワールはいみじ

くも、第二の性のなかで、人は女に生まれるのではなく、

女になるのだと喝破したが、それを言うならば男とて同

じである、人は男に生まれるのではなく、男になるので

ある。これは何故そういうことになるのかと言えば、人

間あるいは、人間に近い動物は本能と言う確固とした

設計図が精神のなかにないからである。ないというの

が適切でないなら、設計図がいい加減なのである。

 たしかに本能のエネルギーと、はしくれごときモノは

あるにはある。例えば生まれると、おかあさんの乳首

を探し、すおうとするのは本能である。また赤ちゃんが

二足歩行しようとするのも本能であろう。たかがそれぐ

らいで、これでは人間にはなれない。このへんで沢山

の人間が滅びたであろうが、がんばった奴がいたので

ある。なにをがんばったかといえば、人間になるための

設計図を創ったのである。それが文化である。

 人は人間に生まれるだけでは人間いなれない。長い

時間をかけて、家庭教育や社会教育、そしてもちろん

学校教育を経て、男女に、そして人間になるのである。

文化を手にして初めて人間になれたのである。しかし、

これが問題なのである。実は、文化というものはイデオ

ロギーなのである。つまり、定かな根拠がないのだ。は

て困った。