たまちゃん 4
人間は社会的動物である。当然一人では生まれない
し、ましてや人間になれない。ボーヴォワールはいみじ
くも、第二の性のなかで、人は女に生まれるのではなく、
女になるのだと喝破したが、それを言うならば男とて同
じである、人は男に生まれるのではなく、男になるので
ある。これは何故そういうことになるのかと言えば、人
間あるいは、人間に近い動物は本能と言う確固とした
設計図が精神のなかにないからである。ないというの
が適切でないなら、設計図がいい加減なのである。
たしかに本能のエネルギーと、はしくれごときモノは
あるにはある。例えば生まれると、おかあさんの乳首
を探し、すおうとするのは本能である。また赤ちゃんが
二足歩行しようとするのも本能であろう。たかがそれぐ
らいで、これでは人間にはなれない。このへんで沢山
の人間が滅びたであろうが、がんばった奴がいたので
ある。なにをがんばったかといえば、人間になるための
設計図を創ったのである。それが文化である。
人は人間に生まれるだけでは人間いなれない。長い
時間をかけて、家庭教育や社会教育、そしてもちろん
学校教育を経て、男女に、そして人間になるのである。
文化を手にして初めて人間になれたのである。しかし、
これが問題なのである。実は、文化というものはイデオ
ロギーなのである。つまり、定かな根拠がないのだ。は
て困った。