天国への階段 5
澪標って言葉が脳裏にふょいと浮かんだのだが、意
味が分からないの意で古語辞典で調べてみたら納得、
海や川の、船の通う水路を示すために並べて立ててい
る杭、とあった。分からないことがわかると嬉しい。どの
ぐらい嬉しいかと例えてみれば、澪標に限って言えば、
そうですね、歩いていて道路に100円が落ちていて拾
ったぐらいの嬉しさだ。
これがもっと大きなこととなると100円どころじゃなく、
千円とか一万円を拾った喜びに喩えられる。お金のた
とえで不快に思われた方々もいらっしゃるやにかんが
みるに、こういう安直さがぼくの特徴である。
ぼくは本当に無知蒙昧である。このことは決して謙遜
などではなく、真実とことん骨身にしみこんだ実感である
話が飛躍するが、役人のほとんどが東大である。この
人たちは頭がいいのだろう。それ故に油断ならぬのであ
る。歴史を紐解けば、ついこのあいだ軍人という頭のい
い人たちが国を破たんさせた。この二の前を文官の官僚
がおこなおうとしている。この頑迷な官僚機構こそ日本国
の宿阿である。政治家の無能を嘲るがゆえに、官僚の存
在を正当化するのではなく、国民が真実をしる術を手にす
るのが肝要である。
ゆめゆめ情報をマスコミから得る事は無駄である。凡て
の国家の情報は管理されている。真実は国民に知らされ
ない。しかるがゆえにぼくらは自らの手で真実を知るべく
行動を起こさねばならぬのだ。
図書館の沢山の本のなかには少数だが真実を書かれた
本が在る。