天国への階段 6
三月十四日午後八時三十分、急行「銀河」で東京を
出発。京都に着いたのが翌十五日午前六時四十分。
所要時間十時間十分。いまから五十八年前、昭和二
十八年の話である。
百鬼園先生は、汽車がすきである。どこへ行っても
何をしてやろうとは考えない。はるばるやってきて、宿
で酒を飲んで、そのまま帰ることもある。功利性とか実
質性とかには無頓着なのだ。でも、いつもニコニコの好
々爺あというと、とんでもない。百鬼園先生はこわい人
である。醒めた目で人を見ている。なかなかにおっかな
い。
京都御所ー南北1,100メートル、東西600メートル、
長方形の壮大な御苑は、もともとは土御門東洞院殿と
いう里内裏だ。南北朝の時代に北朝の御所となり、そ
のまま今日にいたっている。
百鬼園先生にならって、烏丸通を北へ行き、禁門の
変で有名な蛤御門をくぐる。御苑内はもうすっかり晩秋
の風情だ。正面にみえる楠の古木も、冷たい風に葉を
散らしていた。
内田百閒がのぞきみた築地塀の側溝を流れる水は、
けがれのない水であった。今もなお山のせせらぎのよう
な、なつかしく、やわらかな音をたてていた。