天国への階段 1
もうすまでもなく、ぼくは独断と偏見の持ち主です。
この事実はなんら疑いえはせん。
ぼくと言っても、肉体はたしかに気に入りませんが、
間違いなくぼく自身です。不満はたくさんありますが、
ぼくのからだからのがれられません。
いっぽう心といいましょうか、あるいは精神と言っ
てもさしつかえないのですが、これがぼくなのかと
思い返せば、さて、なんとも言い難い戸惑いを感じ
ざるを得ません。と言うのは、ぼくと、ぼくの精神と
のあいだに乖離があることをしばしば感じるように
なってしまつたからです。なぜなら、ぼくの精神が
判断する美醜観や善悪観。などが最近信じられな
く成ったんです。
ぼくは近頃日本文学の古典を読み漁っているの
ですが、なんの違和感もなく文節に酔えるのです。
そのとき思いきずきました。ぼくの精神たるやぼく
が作り上げたものではない。縄文とか弥生とか、そ
んな遠い古に根ずいたものなんだと。こういうもの
を引きずってぼくの精神があるんだと。月や桜が綺
麗に見えるのも。他人の財布を盗むのがいけない
のも、ぼく自身の判断というよりも、古人の人たちの
倫理や美醜を引き継いで、ぼくの精神が存在するん
だと。だとすれば、異なる文化の歴史をもつ人々の
精神が見えるものが、ぼくには見えないのかもしれ
ない。勿論倫理すら。
そろそろ紙数も尽きた。また改めて書くこととしよう。