隅田川 10
足利義満が北山殿に執念をこめて造った金パクの舎利
殿は、一時間たらずで灰に化した。昭和25年7月2日早
暁。新聞は、一面トップに大見出しで伝えた。
はじめて金閣寺と対峙したとき、三島のことを思った。金
閣寺は三島さんなんだ。三島さんは死んで金閣寺になっ
たんだ。そんな想念が頭をよぎった。
金閣は22金の光りもまばゆくよみがえった。昭和30年
秋。
「京都の人はたいへん恥ずかしがるんですけどね、ぼくな
んか、いいと思うんです。金ピカで、ちょっと夕日があたっ
たりすると、目を射るような」---金閣寺を書き上げた
あと、三島は語っている。
駅の改札口を抜けるように旅行客の列が続く。修学旅
行生、外人観光客。地方の団体客ー。
「これが金閣、ふ~ん」
無感動な一瞥も、あこがれや驚きもよせつけず、そこだ
け時間が止まったまま金閣寺はありつづけている。
三島さんは金閣に生まれ変わり満足しているのだろう
か。すると金閣の方角から、例の高笑いが聞こえてきた
ではないか。
わっははは、わっはっはは。