隅田川 7
太秦の広隆寺は、秦氏の氏寺である。
広隆寺というとすぐに思い出されるのは美しい弥勒で
ある。推古帝の御代、新羅から伝来したといわれる半
跏思惟像だが、細身の姿の清らかさ。内心の喜悦をほ
のかなほほえみにつつんだ表情のなごみ。そのなぞめ
いた微笑は、東洋のモナリザとの呼び名もある。昭和
26年6月、第一号の国宝に指定された。
その弥勒菩薩の名をさらに喧伝せしめたのは、京大
生による接吻事件である。昭和35年8月18日、看視人
のスキをねらって弥勒菩薩に頬ずりしようとした京大生
がいた。そのはずみで、やわらかく折りまげられている
菩薩の右手くすり指が折れた。犯人はまもなく自首、指
も巧みに修理されて、事件は落着したが、美意識という
ものを介在させた犯罪だけに、注視を集めたのである。
広隆寺は、三条通に南面しているだけに、車の騒音や
排気ガスが遠慮会釈なくはいりこんでくる。そればかりか、
境内を通り抜ける車が、後を絶たない。うららかな日ざし
に土けむりが舞って、どことなく荒廃したすさみが、心を
痛めさせる。
自在に群れ飛ぶハト。日なたぼっこする母と子、屈託
のない昼下がりの広隆寺である。