隅田川 1
去る日のある日の事である。ぼくはおおよそ、午前中
は難し系の本を読むことにしている。例えば、哲学、宗
教、経済、政治などである。脳の働きはそのほうが快調
であり、理解も進むみたいだ。お昼を食べて満腹になる
と、軽い読み物にする。歴史、俳句、詩集、ノンフィクショ
ンなどを読んでいると次第に微睡だし眠ってしまう。一時
間ほど浅い眠りをして目覚める。脳はまだぼんやりしてい
て、ぼく自身どこにいるやら気づくのに何秒かがかかる。
一日に何も考えずに脳を空っぽにする時間を10分ぐら
いつくることを心がけている。その時は風景を見ることも
あるけど、犬とか猫、子供、行きかう人々なんかを漠然と
なにも考えずに、ただ見ているだけ。こんな時間がだい好
きなのである。だけど何か気にかかることがあったり、心
配事があると、決して脳の中が空っぽにならない、うまく空
っぽになれたら、嬉しいのだが、その嬉しい感情すら脳か
ら排除できれば最高なのである。
それからやおら小説を手に取り栞を抜いてページを開き
読みだす。最近は永井荷風、樋口一葉、坪内逍遥、森鴎
外、泉鏡花、内田百閒などをよく読む。譯はわからない。
なんとなく心地よいのである。荷風の墨東綺譚を読んだ
時など、思はず紙背のなかにのめりこんでしまった。これ
が小説なんだ、と思った。物語に出てくる人々がみんな生
きている。これでなくっちゃ、とガテンした。